第11話 憧れの昼休み
「——では予習してきてくださいね」
4限の終わりを告げるチャイムが鳴り、つまらなくて仕方のない国語の授業が終わった。
教師が立ち去るなり、みんな近くの友達と悪口を言い合い始めるあたり、あの人が嫌われてるのが分かって面白い。
「ねえねえ、みんなでお昼ご飯食べようよ」
「いいねいいね」
花が後ろから声をかけてきた。
待っていた言葉だ。
前世ではクラスの一軍女子が固まって昼食を食べているのを羨ましく眺めていたものだ。
教室の隅っこ界隈の俺とは無縁の世界だと思っていたが、とうとうこの時がきた。
「昨日はミカちゃんとかが忙しくてみんなで食べられなかったからね〜。今日こそみんなで食べよう」
「そうだったね。実は私も楽しみにしてたんだよ」
「そっかそっか。おーい、こっち来てよー」
ポム、ミカ、アリスが花の声のもと俺たちの所にお弁当を持ってやってきた。
さて、ここで問題になるのが椅子の数が足りないことだ。
まず俺と花は椅子がある。俺の前の人は別のところで友人とお昼を食べているのでもう一つ椅子はお借りできる。
ん、女皇様もいないな。さっきまで机の横に引っかかっていた弁当袋が消えているので彼女もどこかに行ったのだろう。
よし、これで4人分の椅子が揃った。
「椅子1つ足りないし、アタシは立って食べるよ。みんな座って」
「いえいえ、ワタクシが立ちますので皆さん座ってください」
ポムが気を利かせて提案するが、アリスがそれを遮る。
よし、これは俺の出番だな。
「—じゃあさ、ミカ私の膝に座りなよ」
「…ん、ええ!?」
思いもしなかったであろう方向から飛んできた俺の言葉に、分かりやすく戸惑うミカ。
俺は前から思っていたんだ。
この4人の中ならミカが1番落としやすそうだなって。
「ほらほら。私脚長いから座るスペースはあるよ〜」
ぽんぽんと太ももを叩きながら蠱惑的に微笑んでみる。
「おっ、いいじゃんいいじゃん。座っちゃえ〜」
「ほら、シュンがこう言ってるんだから座っちゃえよミカ」
「じ、じゃあお言葉に甘えて…」
花とポムの援助射撃もあり、空を飛ぶミカは俺の太ももへと撃ち落とされた。
恥ずかしそうにしながら俺に背を向け、ゆっくりと俺の太ももに座る。
同時に確かな重量を感じ、1人の人間が座っているのだと実感できる。
別に重くはないから問題ないし、むしろ適度な重さが生々しくて少し興奮する。
…そうだ。
今日は攻めていこう。
「重くない…?」
心配そうに顔をチラリとこちらに向けながら訊いてくるミカ。
天使の如き笑顔で俺は答える。
「うん、全然重くないよ」
「ならよかった」
安心したような顔で一息つくミカの横で、椅子を近くから借りてきたアリスとポム、そして花はすでに弁当を食べ始めていた。
「ほういえはは、ひんなはふかふひめは?」
「そういえばさ、みんなは部活決めた?だって」
「え、今の聞き取れたんですか?」
「なんとなくね。アタシは感覚がするどいから。そもそも口に物入れたまましゃべんないでよ」
ほんとに良く聞き取れたな。
「アタシとミカは吹部、アリスが手芸部でシュンが水泳部だったよね」
「そうですね」
「あってる」
「…うん」
「はるほほへ〜。ははひははへいはふいひはよへっひょふ」
「なるほどね〜。わたしは家庭科部にしたよ結局」
うんうん、と激しく頷く花。
この翻訳機械優秀すぎやしませんかね。
「質問なんだけどさ、今日見学に行った部活って、明日は変えられるの?」
「うん、確か変えられたと思うよ。ま、大体の人が同じところに2回とも行くと思うけどね」
「ワタクシも変えるつもりはありませんね」
「ははひお〜(わたしも〜:ポム訳)」
「なるほど。じゃあ私も水泳部一筋でいこうかな」
さっきから自分の膝の上に乗せたお弁当を黙々と食べているミカはどうなのだろうか。
もしや、恥ずかしがってるのかな。
よし、ここはさらに仕掛けよう。
俺は手に持っていた弁当箱を机に置き、ミカの腰に両腕を回す。バックハグだ。
そしてミカの顔を横から覗き込むようにして尋ねる。
「ミカはどうするの?」
「…ミカもみんなと同じで変えないかな」
「じゃあみんな同じか」
近くだから分かる。
サラサラの長い黒髪からチラリと見えるミカの耳がだいぶ赤みを帯びているのが。
そして俺の違和感に気づいたのだろう。ようやく食べ物を飲み込んだ花が聞き取りやすい言葉を喋る。
今まで何をそんなにもぐもぐしてたんだ。
「…今日のシュン、なんか違くない?」
「アタシも思った。なんかあったの?」
「ワタクシも気になります」
俺は依然としてミカの腰に両腕を回したまま
自然な感じで答えた。
「えー? 私は元からこんな感じだよ。もっとみんなと仲良くしたいから出来る限り素な感じで行った方がいいかなーと思って。ミカ、嫌なら言ってね?」
「別に嫌じゃ、ないけど…」
「きゃー!ミカちゃんが照れてるー!」
「割と冷静なミカが照れてるー!」
「確かに照れてますね」
「へー、照れてるんだミカ〜」
「うぅ、やめてよみんなぁ…」
もはや顔を手で隠し始めるミカ。
俺は左腕は腰に回したまま、右手でミカの横髪を前から掬い上げて耳の後ろに流し、右耳が見えるようにする。
案の定、めちゃくちゃ赤かった。
「ははは、めっちゃ赤ーい!」
「めったに見れないよこんなミカ。やったねみんな」
俺もつくづく悪い奴だとは思うけど、花とポムも大概だな。
アリスはただニコニコしている。
案外1番怖いかもしれない。
そんな悪い人間たちに囲まれ、とうとう我慢の限界がきたミカは涙目になっていた。
「うぅぅ、みんな酷いよ〜。せっかく冷静キャラでやってたのに皮剥がさないでぇ〜」
「あはは、そうだったそうだった。ごめんね〜」
「まあまあ、そう怒らないでよ。ほら、シュンもそんなの気にしてないよきっと」
「うんうん。こーゆーミカも好きだよ」
「うぅぅぅ〜〜」
とうとう悶絶し始めたのでミカをイジメるのはこれくらいにしてあげよう。
いやしかし、黒髪清楚系美女を恥ずかしがらせるのはドS心がくすぐられるな。
いや、そもそも俺はコレがやりたくて女子校に入ったのではなかったか。
別にこーゆーやり方でなくとも、女子を口説き、俺に惚れさせるという夢があったではないか!
うん、やっぱり今後はこのスタイルで行こう。こっちが素なのは事実だし、今まではどこか遠慮しているところがあったしな。
心を開いて接した方がみんなとも仲良くなれるだろうし。
それはそうと、1つ引っかかるところがある。
それは花の発言だ。
ミカが冷静キャラを作っているのをまるで以前から知っているような口ぶりだったぞ。
「ところで花、さっき『そうだったそうだった』みたいに言ってたけどアレはどういう意味?」
「ん、あ、そんなこと言ったっけ…?」
「言った」
「あ、あはは…そうかな〜」
花がポムの方に視線をやると、ポムが短くため息をついて答えてくれた。
「はぁ。シュン、怒んないでほしいんだけどいい?」
「え? うん、怒んないと思うけど」
なんか思ってたとの違うな。
まあ聞こうか。
「この前女子会やったでしょ。あの時、花がアタシたちを勧誘したみたいな流れになってたけど、実はアタシたちみんな中学以来の友達だったんだよ」
「え、そうだったの!?」
「うん。花が、可愛い子見つけたからみんなで仲良くなりにいこう!っていうからアタシたちはみんなで初対面を装ってシュンを誘ったってわけ。ほら、シュンも始めから出来上がってるグループには入りにくいでしょ?」
「それは、うん、そうかも」
なるほど彼女たちなりの気遣いだったわけだ。
別に怒るも何も、ただびっくりしただけでそんな内容じゃなかったな。
むしろ気遣いを嬉しく思う。
「全然それは怒らないよ。むしろ気遣ってくれて嬉しいよ」
「そっか〜! なら良かった〜」
花が安心したとばかりにデロンと机に体を預ける。
「まあ、つまりただ仲良くなりたかっただけなんだよ。悪く思わないでね」
「もちろん。結果的に私もみんなと知り合えたし良かった」
いい感じに話がまとまったが、俺は1つだけ気になることがある。
俺って〝可愛い〟のか?
〝かっこいい〟じゃなくて?
流石に「私って可愛いの?」とか聞くとやばそうだから聞かないけど、これは由々しき自体だ。帰ったら親とか弟とかに聞いてみよう。
* * *
その後も雑談が続いた昼食は、予鈴が鳴ると共に終わりを迎えた。
俺はその間、ずっとミカの腰に腕を回していた。
最初の目標はミカだ。
着実に距離感を縮めていって、いつか落としてやる!
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