第10話 クイーンオブダークネス

「おはよー」

「おはよ。相変わらず早いねポム」


朝、教室に入ると扉近くのポムが挨拶をしてくる。いつも朝早くから学校に来てラノベを読んでいるらしい。


「何読んでるの?」

「ん、BL小説」

「そっか…」

「シュンも興味あるでしょBL? あるよね!?」

「いやー、私はそーゆーのあんまりかな」


流石に元男として、男同士がイチャイチャしてるのを見るのは嫌かなぁ…。


…ん?

ポムのおかげである重大な事実に気がついた気がする。


「なに難しい顔してんの?」

「ああいや、ちょっと考え事をね」

「ふーん」


めちゃくちゃポムに訝しまれているけど、とりあえず無視だ。

席に着き、肘をついて考える。

さながらエヴァで司令官なポーズで。


俺は、身体は女性、精神は男性の状態だ。

だけどそこに葛藤はないからこのままで問題ないし、この身体も色んな意味で大好きだ。


だけどここで問題になるのが、付き合う、さらに言えば結婚するとなったとき、相手は男性女性どっちを選ぶべきなのかということだ。


正直、女性と結婚するのはアリだと思う。

結局のところ、性的趣向は男の頃とそれほど変わらないからエッチな女性は大好きだ。

例えばポム。

彼女はグラビアモデルもやっている、面白くてエッチな女だ。

性的に見ることがないとは言えないし、前世の俺だったら絶対に好きになってると思う。

だからポムに「付き合って!」って言われたらオーケーするだろう。

だけど、結婚するとなったら?


〝結婚する〟

それは即ち一生寄り添って生きていくということだが、それが同性でも俺的には大丈夫だ。

しかし結婚となると子供の問題が出てくる。

正直に言って、俺は子供が欲しい。

弟の成長を見守るのであれだけ楽しいんだから、自らが産んだ子供を育てるのは比にならないくらい楽しいだろう。

それに、妊娠っていう体験もしてみたいし。

そう考えると、同性だと養子縁組とか、知らんやつの精子で人工授精とか、そーゆー方法でしか子供を得られないと思う。

人工授精も嫌だが、養子縁組で出来た子供を愛情深く育てられるかと考えると、正直無理だと思うのだ。

もちろん、愛情があるように振る舞うことはできる。だけどそれは本心からの行動じゃないから、絶対にどこかで綻びる。


そうやって考えてみると結局男と結婚するべきなのか、という結論に辿り着くわけだが、

何度も言うが俺の自己認識は男だ。

今の所、男に性的興奮を覚えたことはない。


……うーん、これはやっぱり難しい問題だな。

簡単に答えが出るものじゃない気がする。

今後もこの身体で行きていく中でじっくり考えていけばいいかな。


そんな感じで結論付けた時だった。

いつの間にか隣の席に座っていた女子が、声をかけてくる。


「……貴様、何か悩んでいるな?」

「え、うん、悩んでたけど……」


そういえば初日も昨日も右隣の席は空いてたな。

この子がこの座席の主だったか。

なかなか、いや、めちゃくちゃヤバ目の子だ。

背はそれほど高くないだろう。

黒いパーカーを制服の上に着て、フードを深々と被っている。

さらに黒マスクと黒サングラスをつけ、両手はパーカーのお腹の辺りにあるポケットに突っ込んでいる。

そんな子が、椅子に座りながら机に突っ伏し、顔だけをこちらに向けて話しかけてきた。


「ふふふ、やはり悩んでいたか。我が魔眼を以てすれば貴様の考えていることなどお見通しなのだよ!」

「…じゃあ何考えてたか当ててみてよ」

「ふははっ、笑止笑止! そのようなこと呼吸をするかの如く簡単に為せよう。ズバリ—」


ごくり。


「——昨日の夜、風呂場で眺めた自分の胸が小さかったのを悩んでいたな!」

「違います」


それに俺の胸はそこまで小さくない!


「……ズバリ、昨日の夜、風呂場で眺めた自分の胸が小さかったのを悩んでいたな!」


あ、そーゆー感じ?

まあいいだろう、ここはノッておこう。


「な、なんで分かったの!? くぅぅ、恥ずかしぃよぉぉ〜」

「ふははははっ! どうだ、我が魔眼に見通せないものはないのだ!!」


めちゃくちゃわざとらしくやったのに、どうやら本人は気に入ってくれたらしい。


速攻で察したが、少し感動している。

高校で、それも女子校でここまでの厨二病と出会えようとは。


「時に貴様、名はなんと言う?」

「藤宮春だよ」

「そうか藤宮。貴様は我、そう、闇の女皇クイーンオブダークネスの第一の下僕としてやろう!」

「あ、ありがとうございます…!!」

「ふははは!光栄に思うがいい!」


めちゃくちゃ面白いじゃんこの子。

さっきからずっと体勢変わってないから威厳もクソもないのに、なぜか凄みを感じるぞ。

めちゃくちゃシュールだけど。

俺だったらこんな演技、周りの目を憚ってとても出来ない。


「ところでふじみ—」

神咲しんざきさーん、いますかー?」


完璧なタイミングで担任が廊下側の窓からヌッと顔を出してクラスを見回しながら言ってきた。


「あっ、はい!」


担任が出現するなり、異様なほど俊敏な動きでピシッと立ち上がった闇の女皇クイーンオブダークネスは素早い動きで廊下に出て行った。


「いたいた。あれ、またそんなの着ちゃって。ダメって言ったよね? パーカーはいいから、サングラスとかは外しなさい。そしたらついてきて」

「ごめんなさい…」


なるほど、女皇様も教師には敵わないらしい。

めちゃくちゃしょんぼりしている。


そうして1人の厨二病患者が連れ去られ、再び教室には静寂が戻った。

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