第9話 あの日

花とアリスと分かれた後も、俺は電車に乗り続ける。

黙々と小一時間乗っていれば、目当ての駅に着いた。

よく知った、しかし様子の違う駅の構内を抜けて外に出る。


ここは、前世で俺が住んでいた場所だ。


「…結構変わってるな」


それもそうだろう。

俺が死んだ時から30も経っているんだから。

生まれ変わってからすぐにカレンダーで確認していたことだが、俺は死んでからすぐの時間軸で生まれ変わったんじゃなくて、未来に生まれ変わっていたらしい。

だから街並みもだいぶ変わっていた。

よく行っていたファミレスも、コンビニも、ゲームセンターも見当たらない。

どこか寂しい気持ちはあるけど、当たり前のことだと思うのでそれほどじゃない。


そんな中でも、変わらないものはあった。

俺が死んだ交差点だ。


「……」


俺は交差点近くの店の外壁に寄りかかり、そこから見える交差点をただ見つめる。

あそこで俺は死んだのか。


まだあの瞬間のことは覚えている。

後ろを見ながら走るんじゃなかったという後悔が俺を苛む。

車の運転手の引き攣った顔が、佐藤の叫び声が、全身を襲った衝撃が、この交差点にいると鮮明に蘇ってきた。


「…」


俺は信号のふもとに小さな花束を置く。

そして手を合わせ、黙祷する。


花束は途中に買った物だ。

ここに来た目的もこれ。何となく、前世の俺を弔ってやろうと思ったのだ。

あまり人通りの多い場所でもないので、変なことをしていても奇異な目でこちらを見てくる人も多くない。

何となく。そう、何となくだが、少し気が晴れた感じがする。

自己満足だ。

だけど、その自己満足が必要だった。


…よし。

帰るか。


そう思って駅の方に体を向けた時だった。


「——あ」


母と、すれ違った。勿論、前世の母だ。

歳を取っているけど、その面影は見知った母その人である。

随分とやつれた感じだ。

向こうは俺のことなど気づかない。

むしろ、気づかれたら怖い。

だから俺も声はかけない。

ただ黙ってすれ違う。


だけど—


「……ありがとう」


すれ違いざまに、母が確かにそう言った。

信号に供えられた花束を見て言ったのかもしれない。だけど、もし———


あり得ないことを考えながら、俺は帰路を行く。

空には星が光っていた。






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