第9話 あの日
花とアリスと分かれた後も、俺は電車に乗り続ける。
黙々と小一時間乗っていれば、目当ての駅に着いた。
よく知った、しかし様子の違う駅の構内を抜けて外に出る。
ここは、前世で俺が住んでいた場所だ。
「…結構変わってるな」
それもそうだろう。
俺が死んだ時から20年も経っているんだから。
生まれ変わってからすぐにカレンダーで確認していたことだが、俺は死んでからすぐの時間軸で生まれ変わったんじゃなくて、未来に生まれ変わっていたらしい。
だから街並みもだいぶ変わっていた。
よく行っていたファミレスも、コンビニも、ゲームセンターも見当たらない。
どこか寂しい気持ちはあるけど、当たり前のことだと思うのでそれほどじゃない。
そんな中でも、変わらないものはあった。
俺が死んだ交差点だ。
「……」
俺は交差点近くの店の外壁に寄りかかり、そこから見える交差点をただ見つめる。
あそこで俺は死んだのか。
まだあの瞬間のことは覚えている。
後ろを見ながら走るんじゃなかったという後悔が俺を苛む。
車の運転手の引き攣った顔が、佐藤の叫び声が、全身を襲った衝撃が、この交差点にいると鮮明に蘇ってきた。
「…」
俺は信号のふもとに小さな花束を置く。
そして手を合わせ、黙祷する。
花束は途中に買った物だ。
ここに来た目的もこれ。何となく、前世の俺を弔ってやろうと思ったのだ。
あまり人通りの多い場所でもないので、変なことをしていても奇異な目でこちらを見てくる人も多くない。
何となく。そう、何となくだが、少し気が晴れた感じがする。
自己満足だ。
だけど、その自己満足が必要だった。
…よし。
帰るか。
そう思って駅の方に体を向けた時だった。
「——あ」
母と、すれ違った。勿論、前世の母だ。
歳を取っているけど、その面影は見知った母その人である。
随分とやつれた感じだ。
向こうは俺のことなど気づかない。
むしろ、気づかれたら怖い。
だから俺も声はかけない。
ただ黙ってすれ違う。
だけど—
「……ありがとう」
すれ違いざまに、母が確かにそう言った。
信号に供えられた花束を見て言ったのかもしれない。だけど、もし———
あり得ないことを考えながら、俺は帰路を行く。
空には星が光っていた。
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