6 音楽に胸ぐらをつかまれる


音がない世界に

ただの空気の震えと思っていた

だけど、その震えは

言葉を失った後の叫びにも似て

目には見えない指が

心の奥深くを掴んだ


音符が降り注ぐ

黒と白の大地を踏みしめるたびに

足元から溢れ出す旋律は

まるで地球の悲鳴のように

響き渡り、揺れ動く


楽器たちは互いに呼び交う

管弦の吐息が冷たい風を切り裂き

ピアノの鍵が押されるたびに

時空の壁を越え

過去と未来が出会う場所へと誘われる


弦が悲鳴を上げるたびに

私の心臓は鼓動を忘れる

リズムに縛られ、

全てがその支配下に置かれる

波打つ心の湖に

突如として投げ込まれる石のように

波紋が広がり

逃げ場はどこにもない


音楽は容赦なく、

私の胸ぐらを掴んで離さない

感情の濁流に巻き込まれ

私はただ、無力な漂流者

リズムという名の波に乗りながら

どこへ流されるのかもわからないまま

旋律の荒海を漂う


そしてその先に待つのは

静寂――しかしその静寂さえも

音楽に支配された

余韻の残骸


胸ぐらを掴まれたその瞬間から

私の存在は音楽の一部となり

どこかへと消えゆく

響きの中で生き、

響きの中で消えていく


音楽が放つ暴力的な優しさに

私はただ

無言で答えるだけ

その支配に逆らうことなく

震える指先で

見えない胸ぐらを解かれ

音がすべてを飲み込むまで

黙って従う


音楽の残像が、今も私の内側で

静かに燃え続ける

胸ぐらを掴まれたその記憶が

永遠に消えないように

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