第32話 習志野の牛
数日後、習志野駐屯地から使者がやって来た。彼らは、救世主と呼ばれる水を出す少女と、魔石を生み出すダンジョンに驚いて帰っていった。そして二日後再び市ヶ谷にやってきて、田所と会談し帰っていった。
司令官室に、いつものメンバーが集まっていた。
田所が口を開いた。
「習志野が来たことは知っていると思うが…」
目黒がじっと田所を見つめた。
「習志野から何か要求されたのですか?アキラ君たちのことで」
田所が何か言う前に、アキラが先に釘を刺した。
「習志野で水魔法のお披露目はしませんよ」
「お披露目ではないんだ。習志野のダンジョンを消して欲しいと言ってきた」
「うーん、ダンジョンか」
アキラは唸った。ダンジョンの件なら断れないと思った。
「ダンジョンが近くにあるのが不安なのだ。魔石製造機のことも話したが、彼らにとって魔石は利用価値がないから、消してくれる方がありがたいらしい」
田所はさらに話をつづけた。
「今日牛二頭と餌を持ってきてくれた。消してくれたら追加でさらにくれるそうだ。ぜひ考えて欲しいと言われた」
「牛!」「牛肉とミルク!」「「やります!」」
アキラとマリは目を輝かせて即答した。
目黒は呆れた顔で二人を見た。
「おい、おい、先日のことを忘れたのか。また罠かもしれないんだぞ」
アキラとマリは、ハッとしてお互いを見つめ合った。
田所は困った顔をした。
「習志野の司令官は立派な人だから大丈夫とは思う。しかし江田のような者がいないとも限らないからな」
アキラは決意のこもった目で田所を見た。
「ダンジョンなら、放置できません」
「アキラ君がそう言うなら、万全の対策を考えるとしよう」
二日後アキラたち一行は習志野へ向かった。
作戦はこうだ。
アキラとマリは習志野駐屯地から離れた場所で待機。目黒たちが習志野駐屯地に入り、ダンジョンの所まで案内してもらう。ダンジョン周囲の安全を確認したら信号弾を打ち上げる。アキラとマリが飛行してダンジョンに入り、消したら即飛行して帰還する。というものだった。
「目黒さんたち、遅いわね」
「そうだね」
アキラとマリは、信号弾が上がるのを待っていた。しかし待てども暮らせど何も起こらず、時間だけが過ぎていた。
「あっ、目黒さんたちが帰ってきたわ」
「何かあったのかな?」
アキラたちが目黒のもとに飛んで行った。
「何かあったのですか?」
目黒は不満そうな顔をしていた。
「遅くなってすまん。ダンジョンの件は白紙撤回だ」
「ダンジョンは牧場にあるのだが、そこの牧場主と揉めている」
「ダンジョンを消すことについて、話し合いとかしてないんですか?」
アキラもマリも、ダンジョンを消すことを喜んでもらえると思っていたので、揉める理由が分からなかった。
目黒がお手上げだと両手を挙げた。
「お互いに水と食料のことで以前から揉めていたらしく、お互いが信用できないみたいだ。自衛隊がダンジョンを消すからと言って、いきなり牧場を占拠したから、一発触発の状態だ。」
マリが呆れた顔になった。
「何かぐだぐだね」
アキラが目黒にお願いした。
「場所だけ確認したいので、近くまで案内してくれます?」
「それは構わないが、確認したらすぐ帰るぞ」
「はい」
アキラたち一行が牧場に着いたとき、バーン、バーンと銃声が聞こえた。
目黒が焦った。
「うそだろう!衝突してしまったのかよ」
マリが憤慨した。
「どうして手を取り合えないの?争いをするの?」
「アキラ、争いを止めましょう!」「うん」
「えっ?ちょっと待て、マリ君、アキラ君」
目黒が止めるのを聞かずに、アキラとマリは飛んで行った。
自衛隊と牧場の人々がもみ合っていた。その中心にマリは飛び込んだ。
「ウィンドシールド」
マリが広範囲にウィンドシールドを展開し、周りの人々を吹き飛ばした。そして上空に飛んで止まった。
「レイン!」
マリが大雨を降らした。いきなり突風に吹き飛ばされ、急に雨が降ってきて、誰もが驚いて固まった。
「争いは止めて下さい」
マリが大声を上げた。その声に誰もが空を見あげた。そして少年少女が空に浮かんでいるのを見て、さらに驚いた。
「争いを止めて下さい。私たちはダンジョンを消すためにやってきました」
アキラとマリはダンジョンに近づき、マリは、魔石をダンジョンの傍に置き、ダンジョンを覆うようにウィンドシールドを展開させた。そしてアキラとともにダンジョンに入っていった。
みんな何が起きているか理解できず、ただ見ていることしかできなかった。
急にダンジョンが光りだした。光が消えると、さっきの少年少女が立っていた。
「ダンジョンが消えた」「本当に消えた」「ダンジョンがなくなった」
歓喜の声が沸き上がった。
目黒がやってきた。
「無茶しやがって。心臓が止まるかと思ったぞ」
アキラは頭をかき、マリはしおらしく頭を下げた。
「すみません」「私は、もう争いなんて見たくなかったんです」
「まあ無事目的は達成したから、帰るとするか」
目黒がそう言ったとき、牧場の男たちがやってきた。
「すみません。雨を降らせたのは、そちらのお嬢さんですか?」
「はい、そうです」
マリが優雅にお辞儀をすると、男は手を合わせて懇願した。
「雨を、水を出していただけませんか」
「ええ、構いませんよ。その前に話し合いをしましょう」
マリは笑顔で手を差し伸べた。
その数日後、赤坂離宮にアキラたちはいた。
マリは感慨深く庭を見ていた。
「ここが牧場になるんですね」
アキラは目黒に尋ねた。
「牛はいつ連れてくるんですか?」
「二・三日後らしい」
「牧場主が移住してくるんですよね?」
「ああ、そうだ」
「よく決心されましたね」
「マリ君の水魔法に感動したんだと。水は偉大だよ」
「これで牛肉と牛乳が安定して食べれるようになるのね、楽しみだわ」
マリはアキラを見て笑った。
「それにしてもダンジョンの魔物が牛だったのは、驚いたわね」
「オレは予想してたよ。」
「ええ、そうなの?」
アキラは自慢げに答えた。
「ダンジョン・コアはダンジョン周辺の動物を元に魔物を作ってるんだ。だからスライムとかゴブリンとか空想上のモンスターはいない」
「しかし崩壊の時は、化け物みたいなのが、一杯いたぞ」
「それはいろんな魔物が合体したキメラだと思います。」
「なるほど、そう言われればそんな気もするな」
アキラの言葉に目黒は納得した。
こうして市ヶ谷の食糧事情はさらに改善していった。
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