第27話 謀略

目黒駐屯地の司令官室で、田所と目黒が話し合っていた。


田所は現場の意見を尊重タイプだった。

「目黒、今回のこと、どう思う?正直に話してみろ」


「正直言って不可解な点が多いです。田島の単独犯なのは間違いないでしょうが、江田が現れたタイミングが良すぎます。犯行を事前に知っていたのではと、勘ぐりたくなります。それに田島を殺す必要はなかった。田島を捕まえることは簡単にできましたから」


さらに目黒は続ける。


「江田は貪欲なやつです。絶対アキラ君を狙っていたはず。今回は絶好の機会だったのに、それをしなかった。そこが一番の疑問です」


田所が別の意見を出した。

「江田は最近習志野にご執心のようだ。それに田中先生の手前アキラ君に手を出すつもりはないのではないかね?」


「そうかもしれません。だから江田が何を考え、何を狙っているか検討もつかなくて正直困ってます」

目黒が、お手上げですと両手を挙げた。


「分かった。とりあえず習志野の要請は断る方向でいこう」

「そうしていただけると、助かります」


「今日はご苦労だったね」


田所はふぅーと一息ついた。目黒はやれやれと言った感じで部屋を出ていった。



市ヶ谷に戻った江田は、三島に呼ばれた。


三島は、ため息をつき、腰を下ろした。

「習志野は憤慨して帰っていったよ」


江田も腰を下ろした。

「まったく田島の変態ロリコンのおかげて、とんだ醜態だ」


「田島は変態ロリコンなのか?で、その田島は?」

「殺した」


三島の顔色が変わった。

「殺した?殺す必要があったのか?」


「救世主様に手を出したんだぞ。水を貰えなくなったらどうする?殺すしかないだろ?」

江田が抗議するように声を荒げた。


「ふむ、わかった」

三島はいまいち納得がいかなかったが、仕方ないとも思った。三島が生きていれば救世主は安心していられないだろう。


長い沈黙の後、江田が腰を上げた。


「田島の部隊は俺が預かる。今後こんな事がないように徹底的に教育してやる」


「ああ、それは構わん。しかし習志野はどうする?今後の交渉は難しいぞ」


「習志野は、俺と田中先生で謝りにいってくる。また水を手土産にしてな」


三島は面倒くさそうに返事をした。

「そうしてくれ。俺にはもう無理だ」


江田はニヤリと笑いながら去っていった。


翌日、田中が血相を変えて江田の所に走ってきた。


「江田君。田島君の話は本当なのかね?」

「ええ、本当でさあ。田島は救世主様を自分のものにしようとしたんです。不貞なやつです」


「そ、そんなはずはない。彼は敬虔な信徒だったはず」

「彼は信徒なんかじゃないですよ。ロリコンだったんですよ。救世主様を厭らしい目で見てたんですよ」


「ばかな!」

「先生、やつが救世主様を誘拐しようとしたことは事実ですよ」


「あああ、何という事を!救世主様になんとお詫びをしたらよいのか」

「救世主様は市ヶ谷のこを、もう信用しないでしょう。先生のことも」


田中は大声を上げて泣き崩れた。

「そんな、そんなー...」


それを見た江田はニヤリと笑った。

「先生、まだ救世主様をお救いする手立ては、ひとつだけあります」


すがるような面持ちで、田中は江田にしがみついた。

「ほんとかね、江田君。どんな手なんだね」


「習志野の司令官を使うんです。たしか田所の上司だったはずです」

「ああ、そうだね。それで?」


「市ヶ谷に彼と田所を招待して、救世主様のお披露目を行い、その場で田所が救世主様を脅迫しているこを発表するんです。そして彼から田所に命令させるんです。救世主様を解放するように」


「しかし証拠はあるのかね?」

「ええ、証拠はつかみました。成功すれば、先生は救世主様の恩人です!」


「救世主様の恩人…」

その言葉に、田中の顔は正気を取り戻した。


「先生が習志野の司令官を説得さえできれば、うまくいきますよ」

「わかった。なんとかしよう。いや、絶対説得してみせる」


江田と田中はすぐに習志野へ向け出立した。


翌日、田中が田所を訪れた。そしてアキラに会うこともなく帰っていった。


アキラは安堵の息をはいた。

「会わずにすんで、助かった」


朝比奈が不思議がった。

「先生どうしたんでしょうかね?挨拶せず帰るなんて」


目黒が面白がった。

「こりゃぁ、雨が降るかもな」


マリが素っ気なく言った。

「雨が降るなら、ちょうどいいんじゃない?」



その後、一同は田所に呼ばれた。


「田中先生、やけにあっさり帰りましたね」

「先日の襲撃の件で、アキラ君に合わせる顔がないと言って帰っていったよ」

目黒が尋ね、田所が答えた。


アキラは苦笑いした。

「いつもあんな風なら、たまに握手してもいいんだけどなあ」



すると田所がいきなり頭を下げた。

「アキラ君、すまん。市ヶ谷で魔法のお披露目をしてくれ。これが本当に最後だ」


目黒が驚いた。

「断ると仰ったではないですか?」


「実は市ヶ谷に司令官みずからやって来て、私とも話がしたいらしい」

「それは、また大事ですね」

朝比奈が驚いた。


田所はただただ頭を下げて懇願していた。

「司令官の護衛は大掛かりなものになるから、市ヶ谷も下手な事はしないはずだ。だから、これを最後にする。どうか引き受けてほしい」


「仕方ないですね。一度引き受けたことですから。これで本当に最後にしてください」

アキラはほとほと困ったといった顔になっていたが、了承した。


マリがため息をついた。

「アキラって、ほんとお人好しなんだから」


「マリちゃんは、そんなアキラ君だから好きなんでしょ?」

朝比奈がからかった。


「えっ、そ、それは…」

マリは一瞬で顔を真っ赤にさせた。

アキラも顔を赤らめた。


「うぶな青春だな」

目黒がつぶやくと、アキラとマリはいっそう顔を赤らめた。


アキラとマリが同時につぶやいた。

「もう、からかわないでください」



そして、みんな笑顔になった。



市ヶ谷お披露目の前日夜、江田が三島を酒に誘った。

三島が江田の部屋に入ると、江田と部下が銃を構えて、待っていた。


「な、どういうつもりだ、江田!」

「明日オレたちは救世主様を目黒から奪い取る」


「何を血迷ったことを!」

「今から計画を聞かせるが、断ったときは監禁させてもうらう」


計画を聞き終えて、三島は考えていた。


「計画は分かった。習志野は本当に来ないのだな」

「ああ、習志野は一週間後と約束し直した」


「しかし救世主の反感を買ってしまうだけじゃないのか?」

「救世主様の恋人を人質にするから大丈夫だ。絶対に言うことを聞く」


江田は三島の反応から脈ありと判断した。

「お前が田所を抑えれば、ここも目黒の自衛隊も、お前がトップになる。なんなら習志野も水の力で手に入れらるかも」


「習志野は別にいい。しかし田所に負けを認めさせられるのは、痛快だろうな。わかった。話に乗ろう。ただし軍の指揮は私がとる」

「ああ、当然だとも。よろしくな、三島」

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