第26話 誘拐
アキラが市ヶ谷で二度目のお披露目をする日がやってきた。
「計画通りにやれば、絶対大丈夫だ」
江田が田島の背中をたたいた。
「し、しかし...やっぱり」
田島はここにきて、尻込みした。
「仕方ない俺がやる。でも、本当にいいのか?お前がやれば、救世主様はお前に感謝するぞ。そう、お前にだけだ。救世主様と誰よりも親しくなれるチャンスだ。こんなチャンス二度とないと思うけどな」
江田は田島をチラチラ見た。
「二度とない…」
「そうさ、二度とないだろうよ」
「分かった。やる。いや、やらせてくれ」
江田はニヤリと笑い、田島が力強く頷いた。
アキラたちは、市ヶ谷へ向けて車を走らせていた。
目黒・市ヶ谷間は、瓦礫の撤去が進み、かなり走りやすくなっていた。とは言っても瓦礫の山で見通しは悪かった。
突然、バーン、バーン、と銃声がして、タイヤがパンクし、車が止まった。
「襲撃?」
車から飛び降りて、車を盾に身を隠した。
瓦礫のかげから、銃を構えた隊員服の男たち十数名ほどが姿を現した。アキラたちは完全に包囲されていた。
「君たちは完全に包囲されている。銃を捨てて降伏せよ。」
そう言って、前に出てきたのは田島だった。
「まさか強硬手段に出にでるとは思わなかった」
目黒が田島を睨みつけた。
「どうするんですか」
アキラは目黒を見た。
「俺達が隙を作る。そしたらアキラ君とマリ君は目黒へ逃げてくれ!」
「だめだ!」「いやです!」
アキラもマリも即答した。
マリを身体強化すれば、アキラを抱えて走って逃げられるはずだ、とアキラは考えていた。しかし目黒たちを見捨てることはできなかった。
「君たちが、やつらの手に落ちれば、目黒は水を絶たれる。目黒の人のためにも逃げてくれ」
「でも目黒さんたちが、人質になれば、結局同じでは?」
アキラは目黒を見つめた。
「大丈夫、田所司令が、きっと何とかしてくれる。だから行け!」
目黒は笑って、アキラの肩を叩いた。
「分かりました。死なないでくださいね」
「ああ、君たちが逃げたら、すぐ降伏する」
アキラとマリは泣きそうになるのを、堪えて逃げる体制をとった。
「よし、合図とともに一斉射撃だ。三、二、」
そのとき、何かが目の前に落ちてきたて、辺り一面煙に包まれた。
「しまった。催涙ガス!」
一瞬で目、喉、鼻が痛くなり、呼吸が苦しくなった。
ゴホッ、ゴホッ、と咳をしたときには、ダダ、ダダーと人が近づいてくる音がして、
ガン、ドコッ、と殴る音、ぐわー、くそー、うわ、という叫び声、キャッというマリの声、そして人が倒れる音がした。
あっという間に、全員が押し倒されて縛られた。マリはスタンガンで気絶し縛られた。
煙が晴れてくると、アキラの目の前には田島が立っていた。
「救世主様、お助けにまいりました」
田島は笑顔で手を差し出してきた。
何言ってるんだ、こいつ?とアキラが思ったとき、バーンと一発の銃声がした。
目の前で田島の頭から血が噴き出して、田島は倒れた。
えっ?何?何が起こった?アキラはパニックになった。
きゃー、マリは叫んで気絶した。
「銃を捨てて手を挙げろ!」
今度は、三十名以上の隊員が銃を構えていた。
一番前には不気味に笑う江田がいた。
田島の隊員は、全員銃を捨てて投降した。
江田はアキラに近づき、その顔をじっと見たあと、破顔一笑した。
「よかったー、間に合った!お怪我はないですか、救世主様」
アキラたちは、いま目黒駐屯地の門の前にいた。
江田、縄を解かれたアキラたち、縄にしばられた田島の隊員たち、田所と目黒の隊員たちが、顔を合わせていた。
江田は、アキラたちと田島の隊員たちを乗せて、市ヶ谷ではなく、ここ目黒に来たのだ。江田に捕まったとばかり思っていたアキラたちは、状況がつかめず困惑していた。
江田はいきなり土下座して、頭を地面につけた。
「うちの田島が大変なことをしてしまい申し訳ない。まさかこんな暴挙にでるとは思ってもいなかったんだ。」
そして懐から、何かを取り出し、田所に差し出した。
写真一枚と絵が数枚。写真には金髪美少女のマリが映っていた。以前テレビ局で撮影したものだった。絵は、その写真を模して手で描いたようなもので大小のハートマークが書き加えられていた。
「あいつは、とんでもない変態ロリコンだったんだ。今朝様子がおかしいから、やつの部屋に入ったら、それがあった。あいつは救世主様を慕うあまり、自分のものにしたいと考えたんだ。急いで後を追って、間一髪間に合ってよかったよ」
田所は江田をじっと睨んでいた。
「お怒りはごもっともだ。俺たち市ヶ谷の不手際だ。犯行に加担した者は全員そちらに渡すから好きにしてくれ」
田島の隊員たちはビクっと体を強張らせた。
「だが命だけは助けてやって欲しい。こいつらは田島に唆されただけだ。罰を受けるのは当然だが、命だけは見逃してくれ!この通りだ!」
江田は、何度も頭を地面に擦り付けて、平謝りした。
「俺の指を切ってもいい。指じゃ足りないうなら左手を切ってもらっていい。同じ修羅場を潜り抜け、生き残った仲間なんだ。命だけは、どうか、どうか」
江田は号泣していた。
アキラは、大きくため息をつき、田所を見た。
「もう二度と目黒に迷惑はかけないと約束してくれるなら、その人達は釈放して構いません」
「アキラ君がそう言うなら、それでよしとしよう」
田所はうなずいた。
江田はアキラに向かって土下座した。
「やっぱり救世主様はやさしいお方だ。おまえら、救世主様に感謝するんだ。わかったか!」
「はい、ありがとうございました」
田島の隊員たちは涙を流しながら頭を下げた。
江田は何度も頭をさげながら、市ヶ谷に戻っていった。
「はぁー、大変な一日だった」
アキラは、心底疲れたので、早くお風呂に入りたいと思った。
「田島って、やっぱり変態だったのね」
マリは身震いして、アキラに寄り添った。
女の感ってすごいな、とアキラは感心した。
「目黒、話がある」
田所は目黒を呼んで、何やら話しながら去っていった。
その頃、市ヶ谷に向かう車の中では、江田が上機嫌にタバコをふかしていた。
「兄貴、おっと大隊長、計画通りうまくいきましたね」
「ああ、田島はいなくなり、やつの戦力は俺のものだ。あとは三島をうまく利用して…」
江田はニヤリと笑った。
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