第15話 ゴキブリ百匹
翌朝、目黒、朝比奈ユミ隊員、アキラ、マリの4名が高機動車に乗り込み横浜へ向けて出発した。
横浜駐屯所と横浜国立大学にある魔石を回収するためだ。それは表向きの理由であり、本当はアキラたちが横浜の家に帰るのに同行するため、そして連れ帰るためだった。
もし横浜の家が無事なら留まることを希望するだろう。しかし高校生二人だけでは危険な目に会うかもしれない。目黒駐屯地にとってアキラの水は貴重だ。できるだけ目黒駐屯地に戻るように説得するのが、目黒に与えられていた任務だった。
まずは多摩川の浄水場をめざした。
上下水道が機能していなので、多摩川周囲とくに浄水場周辺には集落が出来ている可能性が高い。どれくらいの人が集まっているのかを調べ、川の水がどれだけ減っているのかも確かめる必要があった。
午前七時に出た。しかし瓦礫で通行できないところが多数あり、迂回に迂回を重ねて、浄水場についたのは、二時間後だった。
「やっと着きましたか。時間的に歩くのと変わりなさそうですね。」
朝比奈がため息交じりにつぶやいた。
「ヘリが壊されたのは痛かったな」
目黒も同じくため息交じりにつぶやいた。
「思ったほど人がいないな」
「そうね」
アキラとマリが不安そうに周りを見た。
「話を聞いてくる。お前たちは、浄水場を見にいってくれ」
目黒が、そう言って車から降りた。
「わかりました。お気をつけて」
朝比奈はアキラたちを連れて、浄水場へ向かった。
浄水場の中に入っても人はいなかった。ゴミが散乱していたので、人が生活していたのは確かだった。電気がないので、当然浄水機能は停止していたし、貯水池は空だった。
「水がなくなって、川の方に移ったのかしら」
朝比奈がつぶやいた。
「最近は日照り続きで、どこもかしこも似たような有様なんでしょうね」
朝比奈は目を細めて貯水池を見ていたが、アキラの方を向いて、
「でも、あなたのおかげて、私たちは助かったわ。本当にありがとう」
朝比奈がアキラにすり寄り、ウィンクした。アキラは一瞬どっきりし、顔を赤らめた。マリはそれを見逃さなかった。
マリがアキラを睨んだ。
「ア・キ・ラ!」
アキラはどもった。
「せ、青春なんかしてないよ」
「何バカなこと言ってるのよ」
マリが怒っていた。
「まあ、仲がいいのね。さて、隊長のところに戻りましょう」
朝比奈は微笑みながら踵を返した。
目黒が車のところで待っていた。
「この周辺には千人ほどいたそうだが、五日前 近くにダンジョンが出現したため、ほとんどの人が逃げていったそうだ。彼らは他に移る気力がなく、諦めて留まっているんだと。話では、多摩川の水位は通常の三分の一以下だ。」
朝比奈が報告した。
「貯水池はダメでした。川の水に頼るほかないでしょう」
「やっぱりか。どの道厳しいことには変わらないが」
目黒が難しい顔をして、アキラをじっと見つめていた。
「五日前…」アキラがつぶやいた。
五日前というと、明治神宮のダンジョンが現れたのと同じ日だ。世界中にまたダンジョンが出現しているかもしれない。アキラはそんなことを考えていた。
そして目黒がアキラを見つめていることに、気がついた。
「ダンジョンを消滅させましょう」
「お願いできるか?ダンジョンがなくなれば、安心して人も戻ってくるだろう。その人たちは、川の水があれば生き延びられる」
目黒は少し安堵した表情になった。
四人は案内されて、ダンジョンのところに来ていた。
「生まれて間もないダンジョンか」
目黒と朝比奈は、興味深々にダンジョンを見つめていた。
目黒が尋ねた。
「たしかに第一層目しかないんだよな?」
「はい、そうです。」
アキラが答えた。
今度アキラが尋ねた。
「確かアメリカ合衆国の研究では、三か月で新しい階層ができるんですよね」
「そう発表されていた」
目黒が答えた。
「どんな魔物なのかな?」
「入ってみりゃ分かるさ」
目黒がマリを見て懇願した。
「マリ君、君の実力を見たいから、前衛で戦ってくれないかな?我々は盾で防いでいるからさ。だめ?」
マリはきっぱりと断った。
「嫌です」
しかし目黒は、食い下がった。
「一回だけでいいから。お願いだ。危なくなったら、すぐ代わるからさ」
目黒は、マリが第三層でも十分で戦えると予想していた。第一層ならただ立って腕を振るだけで魔物を倒すことが可能だとも。しかし本人が魔物との戦闘を嫌っているから、少しでも慣れていたほうが良いと考えていた。
「マリ、オレからも頼むよ」
アキラが目黒に助け舟を出してた。
「ひどい!恋人のことは心配してくれないの?」
マリがアキラを睨んだ。
「えっ、こ、恋人…」
アキラはその言葉にドギマギして固まってしまい、顔を赤らめた。
言ったマリ本人もビックリしていて、真っ赤になっていた。
朝比奈が小さくつぶやいた。
「あらま!青春ね」
アキラも小さくつぶやいた。
「青春きたー!」
目黒が、さらに追い打ちをかけた。
「もう青春とは縁遠いオジサンのため、お願いします」
マリは顔を手で覆い、ただただ首を横に振っていた。
アキラ、目黒、朝日の三人で盾を構え、その後ろでマリが銃を構えて、ダンジョンに入っていった。結局マリは折れて、了承した。
第一層目の真ん中に、虹色に輝くダンジョン・コアが浮いていた。明治神宮の時と同じだ。
あれ?魔物はと思った瞬間、地面の黒い絨毯のようなものがザワザワっと動いて、こちらに飛んできた。
盾で防ぐと、ゴツンと音がし、小さな黒い物体が床に落ちた。
ゴキブリ!
マリが
「いやーっ、こないでー」
大声を出して、銃を乱射した。目をつむって乱射してる!危険極まりない!
バァ、バァ、バァ、バァ、バァ、バァと銃声が虚しく鳴りひびいた。
「マリ、ストップ!」
アキラは、そう言うや否や、マリから銃を奪い取った。
そして、ポケットから魔石を取り出しファイアをゴキブリに浴びせた。
数分もせずに、すべて小さな魔石になっていた。かぞえたら、百個だった。
「ゴキブリホイホイがあれば楽勝かな?」
アキラは呑気なことを考えていた。
マリは座り込んで泣いていた。
「もう、いや。こんなの、いやー!」
目黒とアキラは、申し訳ないという気持ちで、マリを見ていた。
朝比奈がマリの頭をなでなでして慰めていた。
「恐かったね、よし、よし」
その光景に、恥ずかしいやら、情けないやら、微妙な気分のアキラだった。
マリが泣きやむまで、目黒にさっと、これからの流れを説明した。報告書を読んでいるから、これから起こることは理解していると思うが、念のためだ。
そして目黒とアキラはダンジョン・コアの前に並んで立った。
「目黒さん、目を閉じて触ってみてください」
アキラが指示すると、目黒が目を閉じて、手を伸ばしてダンジョン・コアに触れた。
何も起こらなかった。
次に朝比奈にも触れてもらったが、やはり何も起こらなかった。
ダンジョン・コアに入るには魔力か魔力操作が必要なのだ。しかし魔力や魔力操作を扱えるようなるには、ダンジョン・コアに入らないといけない。つまり、普通は絶対無理ということになる。
しかし、アキラとマリは入ることができる。
あの新宿一番ダンジョンの崩壊がキッカケだったのは間違いなかった。
アキラはゆっくりと、ダンジョン・コアに手を伸ばしていた。
そのとき、目にも留まらぬ速さで、マリがアキラの腕を捕まえた。
「触らないって、約束したわよね」
マリの憤怒の威圧に、みんな驚いた。
「ご、ごめん。自然と体が…」
アキラは、唾を飲み込んだ。マリを怒らせるのは、止めようと目黒、朝比奈は思った。
あとはダンジョンを壊すだけになった。
もしかしたら壊したときに、ダンジョン・コアに触れていれば中に入れるかもしれない。
だから目黒、朝比奈には目を瞑ってダンジョン・コアに触ってもらうことにした。
「では、いきます。三,二,一,えい!」
ダンジョン・コアは光となって、みんなを包みこんでいった。
四人はダンジョンのあった場所に立っていた。
「光に包まれたけど、何も起きなかったな」
目黒はつぶやき、朝比奈も頷いた。
アキラとマリは、前回同様様々な魔法陣を見た。
やはり、魔力が絶対条件なのは、確かだとアキラは思った。
そして、今のところアキラとマリの二人だけしかできない(たぶん)。そこには何か大きな意味があるのかもしれない。アキラは、そんなことを考えていた。
四人は魔石を拾い、居残っている人たちに、ダンジョンが消滅した事を伝えた。
今回も、魂の魔法陣を見つけることができなかった。しかし、他に重要な情報を持つ魔法陣に触れることができた。
一万人に一個、ダンジョンが出現する!
つまりダンジョンは、人類をターゲットにしているのだ。しかも滅ぼそうとしている。これは、逃れようのない事実だ。そのことに、アキラは重暗い気持ちになった。
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