第7話 魔法

夜空には星が輝いていた。新月なのだろう月はなかった。天の川が見たこともないほどに美しかった。それほどハッキリ見えるのは星以外の光がなかったからだ。新宿のど真ん中のはずなのに街の明かりが消えていて、静まり返っていた。


二人は新宿一番ダンジョンがあったところに座っていた。ダンジョンはなかった。昨日泊まったホテルが見えた。明かりはなく半壊していた。周りを見ると、ほとんどのビルが倒壊または半壊していて、辺りは瓦礫の山だった。大災害が起こったのは確かだ。


周りには大小さまざまな魔石が落ちていた。魔物が外に出てきたのだ。そして戦闘が起こった。きっと阿鼻叫喚の地獄絵図だったに違いない。両親が手を振っていた場所を見つめた。考えたくなかったが、考えずにはいられなかった。


マリはうつむいたままだった。


これからどうしたらいいのか?そんな事をぼんやり考えながら、アキラは近くに転がっていた魔石を拾って眺めていた。すると指の先から光の線が伸びて魔石に絡みついたように見えた。えっ?と思った瞬間、魔石の表面に魔法陣が現れて、魔石が光り、突然水の玉が飛びだした。


「うわっ!」


ビックリして声を上げて、魔石を落としてしまった。魔法陣は消えていた。慎重に突いてみたが何も起こらなかった。


マリが驚いたような顔でこちらを見た。

「どうしたの?」


「ウォ、ウォー、ウォーターボールだ!」

「夢でも見てたの?これだから男の子って…」


マリが呆れた顔をしていた。

いや、自分の顔なんだけど、アキラは無性に腹が立ってきた。


「ちゃんと見てろよ!」


さっきの魔石を拾って数メートル先の地面に向かって手を伸ばし、意識を集中し同じようにやってみた。するとサッカーボール大の水の玉が勢いよく噴出し、地面は水浸しになった。


「どうよ!」


自慢気に胸を張った。豊かな胸が上下してドキッとした。しかし自分でも驚いていた。いとも簡単に成功したからだ。マリは大きく目を見開いていた。オレの目なんだけど、まあ悪くないかとアキラは思った。


マリは驚いていた。生まれて初めて魔法を見たからだ。テレビの中の話ではなく、現実世界でだ。


小さいころ、魔法少女に憧れて、夢中になった時期があった。アキラといっしょに魔法少女ごっこ遊びをよくしたものだ。

いま目の前で、金髪の少女が魔法を使った。憧れていた魔法少女が、現実の世界に現れのだ。


マリは、しばらく呆気に取られていたが、

「す、すごい!どうやってやったの?私にも教えて!」

とアキラにグイグイせまった。


アキラは、その気迫に、ちょっとたじろいだ。まあ、マリが元気になったのは、いいことだ。

九条アキラの顔が近くに迫る。改めて見てもイケメンじゃない、アキラは少し残念に思った。


それからアキラは、丁寧に何度も教えたが、ダメだった。


どうやら光の線というのが分からないらしい。



夜が明けてきた。

これからどうしようか?水の心配はなくなった。なら、食べ物だ。


二人は目を合わせ、そしてホテルを指さした。

「行こう」

「うん」



二人は歩き出した。


アキラは、瓦礫の隙間にリュックを見つけた。手を伸ばして、それを引き出した。瓦礫の隙間から骸骨が見えた。アキラは、気分が悪くなり、うずくまった。


「どうしたの?アキラ」

マリが心配そうに近づいてた。


「来るな!」

アキラは大声を出し、マリはビクッとして立ち止まった。マリも、何かを察して、目をそらした。


リュックの中には、ノート、ボールペン、お菓子、水筒、ティッシュ、財布、スマホが入っていた。アキラは財布とスマホを取り出して。瓦礫の隙間に投げ入れて、手を合わせて黙祷を捧げた。


振り返ると、マリが震えていた。アキラがマリの手を取り

「行こう」

と言ったとき、


「パパ、ママ…」

マリが泣き出し、アキラに抱きついた。両親は死んだに違いない。考えたくなかった事実を、否応なく突きつけられた。アキラも涙がでてきた。


しばらくして、

「とにかくホテルに行って、食べ物を探そう。最上階まで行けたら行って、周りがどうなってるか調べよう」

アキラはマリの手を引いて、ホテルに向かって歩き出した。



ホテルの中は悲惨だった。瓦礫が散乱し、あちこちに服と骨の欠片が転がっていた。できるだけ考えないようして上を目指した。


幸いなことに、階段は思ったほど壊れいなかった。おかげで何とか最上階に着けた。


昨日見た景色とは、まったく違った世界になっていた。多くのビルが半壊倒壊し、新宿一帯が瓦礫に埋まっていた。新宿だけじゃない、東京全体が焼野原のように見えた。


時々遠くから犬の鳴き声が聞こえた。鳥が飛んでいるのが見えた。しかし、人の姿は見えなかった。魔物もだ。


とにかく今は食べ物だ。アキラとマリは辺りを探し回った。


ラウンジは、ほとんど無傷に近かったが、結局食べ物、飲み物はなかった。

ただ、お風呂、トイレ、ベッドは使えそうだったので、少し安心した。


アキラは、拾っておいた魔石をテーブルに床に広げた。

魔石はどれも黒色をしていた。


マリが尋ねた。

「どうしたの?」


「いや、さっきのウォーターボールの魔石はどれだったかな、と思ってね」

「これだと思うけど」


マリは拳大の魔石を指さした。


「早くシャワーを浴びたいわ。もう汗だくよ」

「そうしようか」


取り合えず、魔石を持ってお風呂場に向かった。


魔石を握って、光の線が指から出るのをイメージした。すると魔石の表面に魔法陣が現れ、ウォーターボールが出た。


マリがウォーターボールに手をかざして、水を飲んだ。


「美味しい!アキラって、本当に魔法使いになったんだ。いいなー」


マリは次々に出てくるォーターボールに目を輝かせていた。


「ほら、こうやって光の線をイメージして、魔石に繋げるとできるんだ」

とマリに説明した。


マリは残念そうにつぶやいた。

「光の線なんて私には見えないし、わからないわ」


「トイレに行ってくる」

マリは風呂場から出ていった。


しばらく水ため作業をしていたら、マリの大声が聞こえた。

「アキラ来て!早く来て!今すぐ来て!」


何事かと、声のする方に行ったら、今にも泣きそうな顔の下半身丸出しの男が便器に座っていた。


「アキラ、どうしたらいいの?わかんない!」


半べそ、下半身丸だしの自分の姿に、アキラは情けなくなってきた。


アキラはため息をついて、ペニスを指さした。

「それを指で下に向けて、普通にオシッコをすればいいんだよ」


マリが叫んだ。

「無理、無理」


仕方ないなあと思い、アキラはペニスを握った。


きゃっと、マリが叫び、オシッコが勢いよく出た。

アキラの手とマリの股間がオシッコまみれになった。


マリはアキラの顔を平手打ちした。


「変態!バカ!」

「何すんだ!」


すごく痛くて、アキラも、思わずマリの顔を殴り返した。


マリが泣き出し、アキラは黙って出て行った。


お風呂場に行って、手を洗った。それは白く華奢なマリの手だった。胸がズキンとした。


「謝らなくちゃ」


アキラは、桶に水をすくって、マリのところに向かった。


マリは無言のまま、座っていた。


「さっきは、ゴメン。悪かった。これで手を洗って」

アキラがそう言っても、マリは無言で動かなかった。


「いまから水で洗うから。冷たいけど我慢して」

アキラはタオルを水に浸し、マリを拭いた。


マリはビクッと体を震わせたが、無言のままだった。


「ベッドで休んでいて、オレは風呂に水を貯めてくるから」


そう言って、アキラは風呂場に向かった。


アキラは水貯め作業を続けていた。

ファイアが出せたら、温かいお風呂に入れるのに、ぼんやり魔石を眺め、炎を思い浮かべた。そしたら頭の中で別の魔法陣が見えたような気がした。その瞬間、魔石の表面に新しい魔法陣が現れ、炎が噴き出した。


おお、凄い!ファイアを習得したのだ。


魔法陣を、光の線で操作(魔力操作)すると術式が起動し、魔石に蓄積された魔力を魔法として放出する。真偽のほどは定かでないが、あながち間違ってはいないとアキラは思った


ダンジョンの中で見た、いろいろな魔法陣を思い出して、使ってみたら、いろんな魔法が使えるようになるかもしれない。


先ほどの沈んだ気持ちは吹き飛んで、アキラはワクワクしだした。


マリはベッドに横たわって、心の中で叫んでいた。

「アキラのバカ、バカ、バカ」


アキラがやってきた。

「お湯が沸いたから、入っていいよ。」


えっ、お湯?水じゃなくお湯?

マリは、驚いて尋ねた。

「お湯?ほんとに?」



「炎の魔法ファイアが使えるようになったんだ」

アキラが、自慢げに答えた。


マリはベッドから起き上がり、アキラの手を引っ張った。


「お風呂に入る。いっしょに来て」


えっ?混浴?と一瞬焦ったが、自分の裸を見ても、何の感情も湧かないから別にいいか、と納得した。



暖かい湯に全身浸っていると、疲れが取れて、気分が晴れてくる。

目隠しがなかったら、もっと良かったのにと少し残念に思った。

実はお風呂にはいるとき、マリから目隠しをするように懇願された。

仕方ないと諦めて、マリの言うままに従っていた。


マリは小さな声で謝った。

「さっきはゴメンなさい」

「オレも悪かった。ごめん」


仲直りできて良かったと、アキラはほっとした。


マリがゆっくりと、アキラに背を押し付けてきた。

しかも容赦なく、グイグイと迫ってくる。

ちょっと待った!圧迫感がすごいんですけど、とアキラは焦った。


急いでお風呂から出て、体を洗うふりをした。


マリも出てきた。

「私が洗ってあげる」


「お願い、目を瞑って、見ないで欲しいの」

マリは、そう言ってアキラの体を洗い始めた。


マリがむせび泣いた。

「元の体に戻りたい」


「必ず元に戻すから」

「うん」


「がんばろう」

「うん」


二人は、またお風呂に浸かった。

ゆっくりと時間が流れていった。

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