第2章〜テスト勉強はサボります。〜
家に帰った俺はベッドに寝転びながら天井と挟むようにしながらスマホをいじっている。
帰っている途中は気づかなかったが、大切からLINEがきていた。
大した内容ではなかったが、LINEのアイコンに赤い数字が表示されているとどうも落ちるかないタイプの俺は未読スルーをすることはほとんどない。
適当に返信してスマホをベッドの端の方に軽く投げるように置く。
目を腕で覆いながら疲れた体の一時的回復を試みる。
腕で覆った事により、もちろん俺の視界は真っ暗になっている。
けして、今日の1時間目に目に飛び込んできた教室にいた女子たちの下着姿をもう一度瞼の裏に広げているわけじゃない。
我がクラスの学級委員長は意外と大胆だった、なんて全然思ってない。
馬鹿なことしてないで風呂にでも入るか。
「母さん。先に風呂はいるから〜」
リビングに一瞬顔を出して母にそう伝えるとそのまま風呂に向かう。
風呂に入っている途中も今日の1時間目のことを思い出してしまっていた。
年頃の男子にあんな経験をさせてきた深創が100%悪い。
見事な開き直りを見せた俺は、風呂を出てからも眠りにつくまでずっとピンク脳という難病を患ってしまっていた。
◇
「せいちゃ〜ん、起きて〜」
土曜日の朝、聞き覚えしかない声で叩き起こしてきたのは俺の母、
「今日は休みなんだから別にいいじゃん。眠いよ。」
超絶嫌そうな顔と声で眠気を訴えてみたが、
「みんなでお出かけするのよ!お出かけ!」
と言いながら掛け布団を引き剥がして、俺の体全体をあらわにしてきた。
これ早朝にされて嫌なことランキング1位だよね。
「俺は行かないよ。めんどくさいし、テスト勉強あるし。」
「どうせせいちゃん、テスト一週間前でも勉強しないでしょ?」
「こ、今回はするつもりなんだよ。」
確かにテスト勉強なんてするつもりはないが、外に出るのは本当にめんどくさいので口実に使わせてもらう。
「ほんとに?ゲームする気満々のようにしか見えないけど?」
母の目線は俺が昨日寝る前に充電しておいた絶賛コンセント接続中のゲームを捉えていた。
言い逃れのしようがない決定的証拠を提示してきやがったな、この新並弁護士。
「それにお父さんが『夜ご飯はそのまま外で焼肉でも食うか。』って言ってたのよ?」
かなり痛いところを突いてきた新並弁護士はさらに追い打ちをかけて新並被告人を追い詰めていく。
焼肉だと? ずるい、大人ってずるい!
焼肉好きだし、食べたいし、行くしかないじゃん。
勝負あり! 勝者、新並!!
新並の勝利により新並は渋々ベッドから降りて、出かける準備をする。
別にファッションにすごいこだわりがあるわけでもない俺は準備にそれほど時間は掛からない。
普通のブランドで買ったTシャツを着て、誰でも持ってそうな軽いジーパンを履く。
最近の若い世代は男子でも化粧をするらしいが正直全くどうでもいいのであとは、靴下と靴を履いてしまえば準備終了である。
1番出かける決心をするのが遅かったはずの俺が、母よりも父よりも早く外出準備を終わらせてしまった。
すこし遅れて準備を終わらせた父が俺の部屋に訪ねてきた。
「車、鍵開けるからお前ももう降りてきていいぞ。」
「分かった。」
俺は父の背中を追いかけるように階段を降りて、玄関で靴を履く。
履き終わるタイミングで奥のドアが開いて顔が化粧でゴリゴリに出来上がった母が出てくる。
化粧なしで十分若く見えるのにケバくすることでいつも逆に無理に若作りしてる30代後半の女性が出来上がってしまっているのはここだけの話だ。
ちなみにノーメイクのときは20代後半か30代なりたてくらいには若く見えるが、実際は40歳を超えている。
3人で父の愛車に乗り込むと、すぐに活気の良いエンジンの音を駆り立てて生気を取り戻した。
「しゅっぱ〜〜つ!!」
俺の斜め左前、つまり助手席に座っている母の声をきっかけに車は動き出した。
◇
「うめ〜〜〜〜〜!!!!!」
そう言いながら我々がどんどん口の中に肉を吸い込んでいくのと同じスピード感で運ばれてきた新参者を受け取り、再びスムーズに網という名のベッドに優しく乗せる。
本当にめちゃくちゃ美味いな。動物や生産者さんはもちろん、人類で初めて肉を焼いて食べた古人にも感謝しなくては。
「あ、俺のも頼む。」
親父が隣で追加のご飯をタッチパネルで注文したのが見えてすかさず俺も便乗した。
これも焼き肉の楽しみ方の一つだよな。
来てよかったわ、ほんと。
◇
腹を十分に満たした俺を含む新並一家は同じ道順を逆戻りする形で帰宅をしていた。
行きの車内とは違う音楽を耳に入れながら座っていると、満腹になった腹と車が織りなすどこか心地の良い揺れは俺を夢の世界へと誘い込んでくる。
「ねえ、あなた。あれ見て?」
父さんが信号待ちで車を止めたタイミングで母が左側の建物の前に出ていた看板を指差ししてみせた。
もちろん、父さんだけじゃなく、俺もその看板に視線を送るとそこには。
”ユニークな発明品展示会” と大きく書かれていた。
「 ”ユニ展” か…面白そうではあるな。」
初めて見た固有名詞をいきなり略したのは置いておいて、全然スルーしても後悔などしなさそうなものにしっかり食いつくので俺の好奇心は父親譲りなのだと実感させられる。
「せっかくだしちょっと寄ってみるか。」
そう言って父さんは信号が青になるやいなや直進する予定だった車のハンドルを安全を確認しながら左方向に回すと、見事車線変更に成功した。
展示会をやっている建物を少しスルーするとパーキングを見つけたのでそこに車を止めて徒歩で建物の入口まで歩く。
建物の自動ドアをくぐるとそこには多いとはとても言えないが先客がちらほら展示物を見ては感想を言い合っていた。
どうやらこの建物はいわゆるレンタルスペースというやつらしい。広くもないが狭くもない。
こういうイベントを開催するにはうってつけの場所だろう。
他の客に習ってフロアを一周していく。
すべての展示物に小さく説明がされているのだが、結構な割合で小学生の作った発明品が顔を出す。
それらはもちろん実用性はないが、小学生ならではのユニークさが存分に発揮されていてなんだかとても微笑ましかった。
「やっぱり大人とは違う感性を持っているんだな。」
「そうね。どれもとっても面白い。」
思わず漏れてしまった声に母さんも共感する。
「誠一、お前にもこんな感性があった時期があったんだぞ。」
そう言った父さんは遠い昔を思い出しているような顔をしている。
「あれは、そうだな。ちょうど小学3年生のときだったか。プールの授業がある日に水筒を持って行くのを忘れて、何を思ったのかそのプールの水を飲み干して水分補給してたんだもんな。」
「全然関係ないし、そんなことしてねぇよ!俺はカー◯ィかよ!」
「あのときは本当にびっくりしたわね。もう二度とせいちゃんに会えないと思ったらもう…」
「俺、1回死んだのかよ!」
こういうやり取りが当たり前なんです、びっくりでしょ?たのしそうでしょ?。
こんな話をしながら色んな発明品を見て回り、触ってみてもいい発明品には実際に触れてみたりして正直に言うと楽しかった。
今のところ俺が一番興味を惹かれたのは小学6年生の作品 ”先生にこれ以上手間を掛けさせない!テスト中の落下物拾いくん” というものだ。
学生のよくあるトラブルに目をつけ、もっとこうなったら便利なのにっていうものを発明品という形で表現している。
造りは単純だが、それが逆にいい味を出していて俺は好きだった。
「もう大体見たな。あとあの辺を見たら帰るとするか。」
父さんの意見に反対するやつは誰も出てこなかったのでまだ見ていない最後の一角に足を運ぶと…。
「あ、」
俺は呆気に取られた。
両親の反応は他の発明品をみたときと同じだった。
それもそのはず、造りこまれ具合は他より圧倒的に優れているが、素人目からするとこうして並べられると別に目立ちはしない。
内容としてはどんなに消せないペンや、鉛筆などの濃くて太い線でも綺麗さっぱり消し去ってくれるらしい。
大事な書類を書いているときにとても役立ちそうで作品自体は素晴らしいのだが…
俺が気にしたのはこの発明品のタイトルと作成者の名前だった。
タイトル: “濃いのが、でたぁ。全部飲んであげるね♡ ”
こんな頭のおかしいタイトルをつけるやつに心当たりがある。
作成者:深創 凪沙
いや、同姓同名で奇跡的に頭もおかしい可能性がほんの僅かに天文学的確率であるという線がまだ消えていない。
年齢: 16歳 職業:高校2年生
はい、確定。
この深創さんは俺の席の隣に居るあの深創さんだ。
「人に見せるときぐらい少しはマシなタイトルをつけやがれ!!」
なんなら今までで1番ひどいまであるぞ、これ。
っていうかなんでこれでまかり通るんだよ!頼むからこのイベントの主催者含む関係者のうちの誰かは否定してくれよ。
ツッコミはこの辺にしておいて議題を発明品のクオリティに移そう。
そこに関してはやはり誰にどう聞いても全員が「素晴らしい」と口を揃えるだろう。
隠しテントのような発明品に比べると規模は小さいが、実用性は申し分ない。
触ってみても問題ない展示物だったので実際に使ってみるとはっきり言ってかなり感動した。
文字通り飲み物を飲み干すかのようにインクを消していき、消しゴムとは違って力をほとんど加えなくても十分に活躍してくれた。
ペン用の消しゴムのようなものはたくさんあるだろうが、書き物全てに対応しているだけじゃなく消し去った跡もまったくなく、まるで紙を洗濯したかのような仕上がりになっている。
両親も俺が試しに使った物の隣にあった別個体で同じように使用感を確かめているが、思わず感嘆の声が漏れてしまっているくらいだ。
◇
深創さんの発明力に再び驚かされたそのあと、予定通り新並家一行は自家用車に乗り込んで家へ帰った。
がっつり時計を見ていなかったので曖昧だが家についたのは大体午後3時半頃だったと思う。
いつもなら少しお菓子をつまみたくなる時間だが、昼ご飯の焼き肉がまだ胃の中で暴れまわっているので今日はいらない。
食いすぎた、この感じだと夜ご飯すらもちゃんと食べれるか怪しくなってきた。
まだ張ったお腹がもとに戻らないなか、一日が終わるまで時間があるので昨夜から今朝にかけて充電しておいてゲーム機に手を伸ばし、起動する。
あっもうこの感じ、自分のことだからよく分かる。
多分今日は勉強しなさそうだな。
◇
あの後結局風呂、トイレ、食事以外のときはずっとゲームをしてしまっていたらしい。
まだ寝ぼけている頭を覚醒させ、よく考えると自分が寝ていた場所から一番近い位置にゲーム機が置いてあったことからだいたい想像はできる。
昨日は本当に何も勉強しなかったので、さすがに俺でもほんのちょっと焦っている気がする。
明日の1週間後にはテスト本番1日目が始まっていると考えると気が滅入ってしまって歩くスピードが遅くなってしまっている。(歩くスピードに関しては夏が迫ってきていて普通に暑いのが原因かもしれないが。)
ここで皆の疑問を解こう。
俺は現在家の中をウロウロするという奇行に走っている訳じゃなくて、普通に外に出かけている。
もちろん、勉強道具なんて1つも持ってきてなどいない。
この時期に高校生が街に赴く理由としては、「おしゃれなカフェで勉強したい。」もしくは「来週末が明けたらテスト?まじで?初耳なんですけど〜。ま、なんとかなるっしょ。そんなことよりプリ撮ろ?」
の2択だろう。
だが、俺の目的はこのどちらにも属さない。
俺はそう、たった今たどり着いたこの場所 ”科学館” に来ていた。
昨日立ち寄った小規模な展示会とは違い、しっかりとした設備が整っており、専門家たちが難しい顔をしながら行っている研究を我々みたいなバカにでもわかりやすく、そして楽しく展示している場所だ。
なぜそんなところに来ているのかと言うと、あの展示会で色々な発明品を見ると俺持ち前の好奇心が仕事しすぎて居ても立っても居られなくなってしまい、本格的な技術に触れてみようと思ったからだ。
目の前のど迫力な建物が中の展示品のクオリティの高さを物語っていて思わず感嘆の声を上げてしまう。
いよいよ入場できると体が実感し始めたのかワクワクが最高地点へと昇った感覚があった。
普段なら気にせずくぐる自動ドアも科学技術の賜物であるとこの場所が気づかせてくれる。
建物内は涼しい風に囲まれながら子供たちでも楽しく触れられるように工夫された科学の結晶たちが歓迎してくれた。
あと、受付のお姉さんも。
入場料を払いを得ると、こういう場所に一人で来ることに慣れていないので1階フロアを目だけが彷徨ってしまう。
立ち尽くしていても仕方がないので目的もなく歩いてみる。
他の客の波に混ざると無駄な動きなく一通り展示品を見ることができるだろうと考えて一定の間隔をあけて近くにいた一家と同じ順路で回ることにしてみる。
「わぁ〜〜〜〜〜」
その一家の娘であろう女の子が展示品を見て感心している声を2つ前の展示品の前で聞いている状態になっている。
この間隔を維持しながらさきほど女の子が思わず声を漏らしていた展示品の前までやってきた。
「・・・・。」
ここでは雨の仕組みを超小規模に抑えて説明していた。
雲に見立てた模型の中は水蒸気で埋め尽くされていてある程度の年齢になってきていつの間にか理解していたつもりの雲というものを改めてわかりやすく可視化されるといよいよ雨の本質を理解したかのように錯覚させられる。
だが、
昨日の発明品たちを見たときほどのワクワク感は得られなかった。
おそらくユニークさが昨日の発明品にはあったが、今日の展示物はもうすでに見たことあるものを誰にでも楽しく理解してもらおうという学問的な部分が見え隠れしているからだと思う。
当然ながら科学的に優れているのは今見ている展示品の方だ。
でもやっぱり俺が得たかった成分とは少し違う。
そう思ってしまいながらもせっかく入場料を払ったので全部のフロアを回らないと損でしかないのでもう少し学問に付き合ってみることにする。
大きな科学館のことだけあって天気、人体、力学、波、地学などありとあらゆる科学分野を網羅している。
回り終わった後の満足感はきっと文句なしだろう。
回り始めてから2時間くらいが経ったときいよいよ最後のコーナーにたどり着いた。
そこで俺が目に入れたのは科学者たちが夢見る未来の街並みと1人の女の子。
”こんなことができるようになる未来がすぐそこまで来ている!”と題して今の常識を考えるとできなそうでできそうなことが万人にわかりやすく示されている展示とそれを見る見覚えしかない女の子。
そう、この子は最近俺に干渉してきては訳のわからないタイトルをつけたオリジナルの発明品を見せてくる頭のおかしい女の子。
学校では俺の席の隣で同じ授業を受けるクラスメイトの女の子。
深創凪沙がそこにいた。
見なかったふりをしてとっととこの場から退くとしよう、うん、そうしよう。
抜き足、差し足、忍び足。
抜き足、差し足、忍び足。
・・・・。
「あっ!新並くんだ!!」
知ってた。
この状況で見つからず帰宅できるラブコメ見たことないし。
「よ、よう。深創さん。」
「奇遇だね。こんなところで何してるの?」
「そっちこそ何してるんだ?もうテスト間近だろ。大丈夫なのかよ。」
「あたかもこの場所にいる可能性が私より高いみたいな口ぶりだけど、どう考えても新並くんの方が縁のなさそうなんだけどね。ここは…」
正論をぶち込まれて狼狽してる俺に野生の深創凪沙はさらに追い打ちをかけてくる。
「それにテスト大丈夫じゃなさそうなのも私よりあなたの方な気がするし。」
俺の何気ない返答を倍以上の攻撃力で返してこないでほしいな。
特にテストに関してはよりダメージがでかい。
「ま、それはそうとして本当になんでこんなところにいるの?もしかして私をストーキングしてたりするのかな?」
「そんな訳ないから、してないから。」
「実は奇遇じゃなかったんだ、怖い…」
「やめろ!やめろっ!!周りの視線が痛すぎるから!」
俺がここにきた経緯を話すとそれなりに長くなるんだけど(文章が)。
っていうことで深創さんにはここに居る理由を説明しました。
「へ〜あの展示会観に来てくれたんだ〜。ま、私の作品目当てじゃなくてたまたま立ち寄っただけなんだもんね。それでも嬉しいけど。」
ここまで嬉しそうにされるとあのやばすぎるタイトルに文句言ってやろうかと思っていたのにそんな気じゃなくなってしまう。
「うん、すごかったよ。深創さんの作品も。うまく言えないけどすごいユニークだった。」
「ほんと?すごかった?タイトルが??」
「俺の気遣いを返せ!」
満足したのか深創さんは悪戯っぽい表情をもとに戻した。
「で、もっといろんな科学に触れてみたいっていうあまりにも単純すぎる思考回路から今に至るんだね。」
全然満足してませんでした。
「ま、そういうことだな。」
「どうだった?科学館は。」
「そうだな。つまんなかった。」
「え?」
俺の素直すぎる返答に深創さんは流石に戸惑う様子をみせた。
だが、別に取り繕う理由もないと判断した俺の口から発されたセリフ。
これは本当に嘘偽りなく正直な意見だった。
「いや、科学力に驚かされたのは確かなんだけど俺が見たかったのはこういうのじゃなくてもっとワクワクする変な物が見たかったんだよ。だからもっとすごくなくていいし、くだらなくていいんだよな。」
深創さんはとても驚いたような表情を浮かべたまま俺の話に耳を傾けて。
「………。」
あ、やばい。
科学好きの深創さんに言うのは間違いだったかも知れない。
ってか絶対間違いだ、取り繕えよ、数秒前の俺。
「なんかすごく嬉しい。」
だが、深創さんの反応は俺が予想したものとは違っていて、なぜか嬉しそうだった。
「だってさ、それって昨日の展示会の方が良かったってことだよね。新並くんが惹かれたのは先人たちが築き上げた科学より私が創りたいって思える自由な物に魅力を感じてくれたってことでしょ?」
「ま、まあそうなるな。」
ごめん、先人たち。
「私の作品の虜になってくれたんだよ?すごく嬉しいに決まってるじゃん!」
「そこまでは言ってないけど……。」
深創さんがどうして嬉しそうな顔をしているのか分からないという顔をしている俺を察してその理由を明かしてくれた。
俺は言葉ではそう言ったものの実際は深創さんの作品の虜になっているのかも知れなかった。
いや、たった今深創さんにそう言われて虜になっていることを自覚した。
「い〜や、もう新並くんは私の と・り・こ ♡」
「そうやって隙あらば俺をからかうのはやめろ。」
「もちろん、タイトルたちも肯定してくれるよね?」
「その点に関しては俺の精神状態がどんなに悪くても良いと思えるときはないから!!」
例の悪戯モードで一通りいじめられた後、表情を少し真面目にして再び口を開いて俺に提案してきた。
「ねえ、新並くんこの後暇?」
「え、もうここも見終わったし暇だけど。」
「じゃあ、ちょっと付き合ってよ。私の作品に対する向き合い方もう少し詳しく聞いてほしいな。」
俺も深創さんの想いを聞いてみたくなったので少し遅めの昼食を取りながら話を聞くために近くのカフェに2人で入ることにした。
◇
「アイスコーヒー2つとホットドック。後はえーと……」
「私は、サンドウィッチで。」
ランチの時間にギリギリで食い込んだ俺達は少しお得になった昼ご飯と飲み物を頼んでいた。
時刻は午後1時半。
店員に窓際のテーブルへと案内された俺達は向かい合うようにソファー型の椅子に座っている。
今いるカフェは大通り沿いに店を構えていて、外を見ると車が通らない時間は一時もなく、決して田舎ではないが、俺の家の付近と比較しても交通量は多い。
あまり外に出ない俺にとっては当然初めて入るお店なのでどこか落ち着かない。
ソワソワしながらも深創さんと世間話を繰り広げて十数分後。
頼んでいた物を運んできた店員がそれらをテーブルに置き終わるやいなや俺と深創さんは互いに一口アイスコーヒーを飲んでついに本題へと入る。
「で、私の作品に対する想いなんだけど。」
世間話をしていたときとは少し違う表情に変化した深創さんの顔は可愛らしい女の子でありながらどこか己の妄想に想いを馳せる少年のようにも思えた。
「きっかけは本当に些細なことだったの。新並くんもちっちゃいときに見たことないかな? “ウキウキさん” 。」
「あ〜あの2チャンネルの。」
”ウキウキさん” とはなんの動物がモデルになっているのか全くわからない謎のキャラクターと番組のタイトルにもなっているウキウキさんが折り紙や紙コップなどの身近なもので面白いユニークなおもちゃを工作する子供向け番組のことだ。
その番組は知っていたし、なんならよく見ていた。
「あれずっと見ててさ、番組が終わり次第毎回材料を家中走り回って探して真似してたの。」
「俺は作ったことあったかな…」
「家のどこにも材料がなかったときは駄々をこねてお母さんを困らせていたんだって。」
「そんなに好きだったんだな。」
思い返してみると確かに身の回りに普通にあるものがウキウキさんの手によって今まで見たこともない姿に大変身するのだ。
面白くないわけがなかった。
「あの番組がきっかけで私は工作とネーミングに目覚めた。」
「真面目な顔で言う真面目なセリフの中に余計なものを混ぜ込むな!!」
真面目な空気のなかに突如放り込まれた爆弾にツッコミが遅れそうになったが、なんとか対処した俺は生まれた疑問を深創さんにぶつけてみた。
「でも ”ウキウキさん” はあくまできっかけに過ぎないんだよな?今の無くても問題ないけど有ったらちょっと嬉しいものを “発明する” ようになったのはいつからなんだ?」
「それはね〜」
よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの表情を浮かべて説明してくれた。
「3年生だったかな。小学生のころの夏休みの自由研究でみんなよりもすごいもの作っちゃおうって思ったんだよね。」
「自由研究であの秘密基地みたいなすごいものを発明しちゃったのか?」
「いやいや、いきなりそんなもの作れないよ。そのとき作ったのは防犯ブザーだよ。」
「防犯ブザー?」
俺が聞き返すと深創さんはすぐに解説をしてくれる。
「そう、簡単なものなんだけどね。確かちょうど防犯ブザーが壊れちゃってて。当時は防犯ブザーの音の効力をあまり理解できてなくてね、小3の私の中で1番怖い音が怒ったお母さんの怒号だったからそれを録音して搭載したの。」
「よく、許してくれたな。お母さん。」
その提案を許容できる深創ママの器の広さに驚きつつ、俺は深創凪沙の発明の1ページ目の話を聞けて満足していた。
「それで完成品をまず家族に見せたら、皆すごく褒めてくれて。学校に持って行く日になって持っていくと一時期クラスのヒーローになっちゃってさ〜。」
深創さんの話に嘘はないだろう。
この世で1番怖い音が流れる防犯ブザーを手作りしたんだ。
その反響がクラス内で収まっていたのかすら怪しい。
「いいな、それ。俺も同じ小学校だったら聞けたのかな。その防犯ブザー。」
「あ、それは多分無理だったと思うよ。お母さんに外では鳴らさないでね。って言われちゃってたし。」
「 ”外で鳴らしてはいけない防犯ブザー” か。なんか皮肉が聞いてるみたいで面白いなそれ。」
本来なら外で鳴らしてこそ効力を発揮するはずのものが外での使用を禁止されていたことにおかしくなってしまう。
「ちなみにその発明品のタイトルは〜……」
「あ〜もう良いから!そこまで聞いてないから!!」
嫌な予感がしたので深創さんの口の動きを停止させようと試みたが。
「新並くん、当ててみてよ!」
続きを言わせてしまったし、まさかのクイズ形式。
新しいパターンだった。
「嫌に決まってるだろ!考えたくもないわ!!」
「当てられたらコーヒーとホットドックは奢ってあげるよ?」
「うっ、じゃ、じゃあ… ”外じゃなくて中じゃないと嫌なんだからね…防犯ブザー” とか……?」
「ぷっ、ぷぷっっ」
「み、深創さん?」
「あはははははははは、当時の私小学3年生だよ?小3がそんな頭のおかしいタイトルつける訳ないじゃん。あははははははは」
「確かにそうだよな、当時小3だもんな!健全なんだもんな!!」
深創凪沙に完全に嵌められた上にめちゃくちゃ笑われた俺は自分の発言に人生で1番の後悔を感じていた。
っていうか自分のネーミングが頭おかしいこと自覚してたんだ。
一通り笑ったのか目に薄っすらと浮かんだ涙を手で拭ってから答え合わせをしてくれた。
「正解はね、なし。タイトルなんて付けてませんでした〜」
どうやら奢るつもりなど最初からなかったらしい。
完全に手のひらの上で踊らされたってことか、俺は。
「でもその名前いいね。明日からあの発明品は ”外じゃなくて中じゃないと嫌なんだからね…防犯ブザー” に決定!!」
ケラケラと笑ってはいながら今日からではなく明日からに設定したことによって「今日からってことはたった今俺の答えは正解に変身したから奢りだよな?」というみっともない反論の余地までしっかり遮断されていて深創さんの抜かりのなさが窺える。
カフェに入り浸った1時間弱のほとんどの時間深創さんに遊ばれていた気がするが不思議と嫌な気分は感じられず、むしろ発明を初めたきっかけについても聞けたし有意義で楽しい時間を過ごせたような気がした。
しっかり各々が自分の注文した分のお金を払い会計を済ました俺達は店を出るとまだ外は全然明るいが、駅を目指した。
2人の最寄り駅は同じであるため電車の中でも一緒だった。
他愛もない会話を人様に迷惑をかけない程度に交わしながら時間を潰した。
◇
電車を降りて、改札をくぐり駅を出るとそこには見慣れた街並みが広がっていた。
地元まで帰ってきたと実感すると今までなんともなかった体に一気に疲れが襲いかかってくる気がした。
「もしかして新並くん、家まで送ってくれるかっこいい男の子だったりする?」
お得意のいたずらっぽい表情を作って問いかけてくる深創さんに男としての本能が考えもなしに肯定してしまう。
電車の中での会話を再開させながら深創さんを家まで送り届けた。
その後、俺はまっすぐ自宅を目指して歩みを進めた。
◇
帰宅して数時間後の夜。
明日の学校の準備も済まして今はもうベッドの上だ。
眠気が順調に襲ってきて居るが夢の世界に入る前に部屋の天井を見つめながら最後にボソッとつぶやいてしまう。
「深創さんの家、意図せず覚えてしまった……。」
俺のとなりの発明品 如月倫音 @bakabocchan
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