第1章〜発明家との出会い〜

 校門をくぐった俺は、いつもの通学路を先程のスマートな立ち振舞に満足しながら内心ではスキップをしている気分で調子よく帰宅している。

 何事にも適当な俺は高校も歩いていける距離にあるところを選んだ。

 大切が告白に成功して春風と付き合い始めたのがちょうど一年前くらい。

 この高校に入学してからあいつらが付き合い始めるまでの数週間は3人で仲良く同じ道を歩いて帰っていた。

 カップルになると、2人の時間を造りたくなるわけで、学生にとって登下校時はそれを造り出すにはもってこいの時間なわけで、それを造り出すのに俺は不要なわけで。

 そんなこんなで2人が付き合い始めてからは俺が1人で帰るようになった。

 つまり、俺のぼっち登下校がスタートしてからも1年になる。

 今ではこの時間は足を動かす以外には本当にやることがない。

 やることがない、そう思いながらここの信号に引っかかり、青になるのを待ちながらいつものように赤くなった空を眺めながら浸っている。


 今日のご飯は何かな。

 母さんのオムライス食べたいな。

 そういえば今日ってあの番組やる日じゃん!


 と、いつも浸りながらそんな事を考えている。

 赤から緑にライトの光が変わると同時に、俺と同じ方向へと車たちがものすごい音を出して次々に俺を追い抜かしていく。

 俺自身もその車たちを横目に横断歩道を渡りきった。

 一歩一歩踏み締めながら学校からの距離をどんどん広げていく俺はこれまたいつもの光景をこの目に刻む。

 この公園では毎日元気に子どもたちが騒ぎ遊んでいる。

 この光景が1日の学業の終わりを告げてくれているように感じてどこか安心する。

 だが、俺が安心したのも束の間、ギリギリ裸眼で生きていける程度の俺の目がよくわからない光景を捉えられてしまった。

 その光景とは、どこか既視感のある、銀色のさらっと伸びた髪の毛が公園の周りを包み込む草木の中に姿を消していったのだ。

 好奇心旺盛な俺にとってその出来事はとても魅力的で、気付いたときにはすでに俺は寄り道を決意していた。

 遊んでいた子供たちが公園に侵入してきた俺に視線を移しているがそんなことは無視して先程の髪の毛が吸い込まれて行った草木の目の前に立つ。

 突入しようとはとてもじゃないが思えないほどには生い茂っている。

 小規模な森が展開されているといっても過言ではなかった。

 突入に少しためらっていると、草木の中から一本の手が伸びてきて、入ってくることを促すように手招きをしてすぐに引っ込んだ。 

 俺はそれを見て飛び込む覚悟を決めて、その手を追いかけた。

 行く手を阻む植物を退けながら、少し進むと、まるで秘密基地のような広い空間に出た。

 ありえない光景に目を泳がしていると、その過程で見覚えのある女の子を確かに捉えた。

 ドカーーンッッ!!

 その直後、女の子の辺りから小規模な爆発が起こった。

 幸い、火は上がってないらしかった。

 「うわっ!!」

 俺はびっくりして後ろに転け終わったあと、すぐに立ち上がり女の子の安否を確認する。

 「大丈夫か?」

 煙が引いて顔を見せた女の子はこう言った。

 「実験失敗みたいだね。あはは。」

 その声の持ち主はなんと隣の席の子だった。

 


 ◇

 


 状況が飲み込めなくて俺の目と鼻の先にいる女の子を見ていることしかできなくなってから数秒。

 その女の子は俺に笑いかけながら再び口を開いた。

 「さっきぶりだね、私の中にようこそ!」

 公園の植木に入った記憶はあるけど君の中に入った記憶はないよ!?

 俺はまだ状況が飲み込めずに驚いているのと、ちょっと変わった言い回しで歓迎されたせいで恥ずかしくなっているのが合わさって多分気色の悪い表情で女の子を見ている。

 「さっき鉛筆削り見せたときとはまた違う表情してる。君って楽しいねっ!」

 戸惑っている俺を置いてけぼりにして容赦なく女の子はマシンガントークを続けている。

 やっと自身の心が落ち着いてきたことを自覚した俺はやっと口を開く。

 「あ、あのここはどこなんだ? 公園の植木の奥にこんなに広い空間があったなんて身に起きた今でも信じがたいんだが。」

 素朴な疑問をぶつけてみた。

 「ん〜 簡単に言うと私の秘密基地…かな。」

 秘密基地…

 なんだそれ!めちゃくちゃテンション上がるんですけど〜〜!!

 目を輝かせた俺に追い打ちをかけるように女の子は続ける。

 「もっと細かく言うと、私が許可しない限り誰にも見えないし、触れられない、入り込めない透明なテント的なものの中。 その入り口をあの植木にしていたんだ。」

 「ということはこの空間ももしかして…」

 「そう私の発明品!!」

 女の子は食い気味で自慢げにそう言ったあと更に少し声を張り上げて、

 「名付けて、『男子禁制、私のお中』!!」

 「おいおいおい、ネーミングもうちょっとなんとかなっただろ、おい!?」

 しかも男子禁制なのかよ、俺男子だよ!?男子禁制な場所に自ら男子を招き入れちゃったよ!?

 あと、お腹?お中?どっちか分からないけど刺激的!!

 ふぅ〜

 俺は脳内で鬼のツッコミどころ全回収を終えて深呼吸をした。

 急に疲れた表情を浮かべた(ってことにしておくけど本当は刺激的すぎる作品のタイトルに照れているだけの)俺を見て、すべてを見透かしているように女の子は悪戯そうなのになぜか見入ってしまう魅力的な笑みを魅せている。

 これが小悪魔ってやつか。

 「そういえば俺がここにちょうど入ったときに起こった爆発は何だったんだ?」

 俺はこの『男子禁制、私のお中』に完全に気を奪われていて、忘れていた少し前の小規模な爆発を思い出して女の子に尋ねた。

 「あ〜、あれはね、爆発。」

 いや、それは俺も巻き込まれた人間だから分かるんだけど…

 「そうじゃなくて、なんで爆発が起きたのか聞いてるんだけど…」

 「そんなの簡単だよ。私が新しく発明しようとしてたものがちょっと失敗しちゃったんだよね。」

 ニコニコしながらさらに続ける。

 「家で取り掛からなくて良かったよ〜 めでたくホームレスデビューしちゃうところだったよ。」

 ”めでたく”の使い方が少し違う気がするのはおいといて。

 「今度は何を作ろうとしてたんだ?」

 今度はこう尋ねると、「その質問待ってました!!」と言わんばかりにその場でくるりと一回転してから女の子は嬉しそうに答えてくれた。

 「”人の夢を叶える眼鏡”、だよ!」

 ”人の夢を叶える眼鏡”か… とっても気になる。

 目がいいわけじゃない俺としてはかけてみたい… どうしてこの女の子の言葉はすべて俺の心を虜にしてくるんだろう。 

 「夢を叶えるってかなり抽象的だけど具体的にはどんな夢が叶うんだ?」

 「それはね、ひ・み・つ。」

 男を確実に落とす、まるで女神から授かった最終奥義のようなウインクを決めながらそういった。

 春風がいなかったらまじで落ちてたぞ、危ない。

 「そっか、確かに人に知られたくない物もあるよな。発明家には。 まあ、俺は発明家でもなんでもないからそういうのわかんないけどな。 ははは。」

 最終奥義ウインクの破壊力に落ちかけたのと、教えてくれなくて少し残念という気持ちを隠すように胡散臭すぎる笑いを見せながら言った。

 「あ〜そうじゃなくてね、ただ君には完成した状態で見てもらいたいというかね…」

 申し訳無さそうに喋りだした女の子の様子を見て俺は理解した。

 おそらく俺のさっきの”君のこと、よく分かってるよ感”満載の発言が的外れだったということを。

 「その… 私の発明品で驚く楽しい君をもっとみたいな。」

 最後の一文は言葉をさっきから覆っていた申し訳無さが剥がれていて、女の子は調子を取り戻したようだった。

 そしてそのまま続ける。

 「完成してない状態で君に少しでも情報を与えてしまうと、新鮮な反応が取れなくなるよね? だから、今はまだひ・み・つ…だよ。」

 なるほどよく分かった。

 つまりたった今、俺はこの女の子のおもちゃに任命されたってことだな。

 

 ……って


 ん? 待てよ?

 「ってことはつまり…」 

 俺の頭によぎったことが事実なのかを確認しようと口を開いたが、女の子がそれを叶えさせてくれなかった。 

 「だからこれからも私の発明でたくさん驚いてくれないかな?」

 そうだよな、そうなるよな。 

 俺の新鮮な反応が見たいってことは常に近くにいてあげないといけないわけで。

 それをなんの言葉も交わさずにできるほど俺たちは仲が深くはないわけで。

 つまり、女の子のさっきの発言を言い換えれば「友達になってくれないかな?」になるわけで。

 「あ、ああ。もちろんだ。」

 変に緊張して少し口ごもってしまった。

 俺に学校で喋る数少ない友達が1人増えたってことでいいんだよな! やったー!!

 「俺も君の発明品、もっと見たくなって仕方ない体にされちゃったしな!」

 春風にも引けを取らないくらい可愛い友達が新しくできて、心の奥で思い上がっているのが少し声色にも出てしまったような気がしたが気にしないことにする。

 「ふ〜ん、そんなに私のを見たいんだ?」

 「俺が見たいのは君の発明品だから!!」

 悪戯な顔をしながら、時たま見せる妙な言い回しを再発させやがった。

 いちいちドキッとするからやめてくれ。ほんとに。

 「そうだ! 早速私の新作発明品を見るために手伝って欲しいことがあるんだけどいいかな?」

 ひらめいた顔をキラキラ輝かせて女の子が弾けるように言った。

 その勢いに俺は少し圧倒されながらもうなずいてみせると、女の子がスタコラと足早に俺との距離をグッと詰めてきて、心臓の音が聞えるか聞こえないか微妙な所まで来た。

 なになに、俺今から何されるの!?

 自分の鼓動が確実に速くなっているのを感じていると、それに追い打ちをかけるように今度はスラーと両手を俺の両頬の横辺りまで伸ばしてきた。

 ごめん、春風。 

 別の人の男になったよ。

 ま、その前にすでに春風が別の人の女になってるんだけどね。

 真の男になる心の準備を整えた俺の頬をついに女の子が手で包んできた。 

 その温かい感触に俺の鼓動がさらにお祭り騒ぎし始める。

 言うの忘れてたけどさっきからずっーーーーと目も合ってるからね?

 もう一個なにかアクション起こされると心臓爆発して本当に死ぬよ?

 こっちが生と死の間を絶賛行き来中だということも知らずに女の子は普段通りに口を開いた。

 「やっぱり君、目悪いでしょ? 眼鏡持ってるよね?」

 「えっ なんで分かったんだ?」

 「人より見る力に長けてるだけだよ。 そんなことより眼鏡貸してくれないかな?」

 「あ、ああ」

 日常に気障をきたすほどではないので普段はかけていないのに目が悪いことを見破られて戸惑いを隠せなかった。

 え? 『お前授業中はどうしてるんだよ。』って?

 確かに俺は一番うしろの席だから裸眼で黒板なんて見れたもんじゃない。

 だから授業中は眼鏡をかけるしかないが、かけていたら俺が眼鏡を持っていることは女の子側からすると当てるまでもないはず。

でも、全部の授業寝てるから眼鏡を使うことはほとんどないんだよ!!

 心のなかであなた達に丁寧に説明しながら俺は制カバンから眼鏡ケースを取り出して、女の子に差し出した。

 「ありがとっ」

 そう言って俺から眼鏡を受け取ると、俺たちがいるこの空間に背景の色と同化していて今まで存在に気づかなかった”クシャクシャになって落ちている白衣”を拾い上げ、そのまま制服の上から羽織った。

 その一連の動作が新鮮でドキッとしてしまう。

 そして女の子はさっきから視界に入っていたヤバそうな大きい機械の前に立った。

 白衣のポケットから次々と工具を取り出してなれた手付きでその大きな機械をいじっていく。

 


 ◇

 


 「よし、これで今度こそ上手く行くはず!」

 女の子はそう言って電子レンジっぽいドアと俺の眼鏡ケースを開けて、取り出した眼鏡を電子レンジっぽいところに入れ、ドアを閉めた。

 さっきの小規模な爆発は眼鏡を使った実験が失敗したのか。 

 確かによく見ると元フレームだったものらしき赤や元レンズっぽい透明が機械周辺に散らばっている気がする。

 「頼むから壊すなよ?」

 ちょっと怖くなってきた。

 「大丈夫!」

 そう言ってこちらに笑顔を見せてきた後、再び機械に向き直った。

 そして、なにかのボタンを押した。


 ギュイーーーンッ


 そこそこな機械音を奏で始めると同時に俺の心も徐々にワクワクで埋め尽くされていく。

 妙な緊張感が俺と女の子を沈黙させていて、この空間には機械音だけが響いている。

 

 チーン

 

 どうやら終わったらしかった。

 電子レンジっぽくではなく、完全に電子レンジだったわ。

 女の子が少し大げさに白衣をひらひらさせながら、長い銀髪と一緒に飛び跳ねている。

 「やったー! 成功だよ!!」

 両手を広げて弾けるように嬉しそうな顔を浮かべながら俺の元へと駆けてくる。

 俺もそれに応えて、同じように両手を広げた。

 

 パンッ!

 

 2人の両手が重なると同時に景気の良い音が空間中に響き渡った。

 「俺の眼鏡は一体どんな進化を遂げたんだ?」

 俺が疑問をぶつけたときには女の子はすでに目の前から消えていた。

 「それは後で自分で試してみてよ。」

 声が聞こえた方を振り向くと女の子は後ろにいた。

 しかも、この空間の出入り口に手を掛けていて今にも出ていきそうだった。 

 「私はちょっと出てくるから眼鏡は自分で回収しといてね。それと君がここを出るときは別に『お中』は放置しといてくれて構わないからね。」

 女の子が出ていこうとした。

 「待って!」

 俺はそれを呼び止めて、ずっと聞きたかったことをついに聞く。

 「名前を! 名前を教えてくれないかな。」

 女の子は少し口を緩める。

 「ひどいな〜 クラスメイトなのに名前覚えてくれてないんだ〜」

 出た、悪戯モード。

 「そうは言ってるけどそっちも俺のこと一度も名前で呼んでくれてないよな?」

 「あっと それは…」

 誠一(悪戯モード)の攻撃、こうかはばつぐんだ!

 「私の名前は深創凪沙みつくりなぎさ。君は?」

 「俺は新並誠一だ。 よろしく。」

 「よろしくね。誠一くんっ!!」

 キラキラ光る笑顔を見せたすぐ後、女の子は出入り口をくぐって空間から消えた。

 


 ◇



 俺は今、電子レンジの前にいる。

 そのドアを開けるために右手を伸ばす。

 取っ手をしっかりと握って、唾を飲んだ。

 緊張しながらゆっくりとドアを開いた。

 中にはさっきまでと何ら変わりのない俺の眼鏡があった。

 「見た目はそのままか。性能の飛躍的進化は期待していいんだよな。あんなに嬉しそうにしてたし失敗はしていないだろうし。」

 なんか嫌なフラグを立てているような気がしたけど気にしないでおこう。

 俺はその眼鏡を手にとって、恐る恐る掛けてみる。

 

 嫌なフラグ回収どうもありがとう。

 「なんも変化ねぇじゃねぇかよ!深創さ〜ん!!」

 期待をギタギタに裏切られた俺はかなり凹んでしまった。

 でも、壊れなかっただけまだマシか。

 機械の近くに放置されていた眼鏡ケースに眼鏡を入れて制カバンに戻した。

 

 俺もこの空間を後にしようと出入り口に手をかけてもう一度空間中を見渡した。

 そして機械まわりに散らばった元眼鏡たちが再び目に写り込んできた。

 「少し掃除していくか。」

 俺は制カバンからハンカチを取り出して元レンズたちを包むようにして拾い始めた。



 ◇



 次の日の午前8時ちょうど。

 俺はいつもより早めに学校に着いてしまっている。

 理由は自分でも明白に分かっていて包み隠さず言うと、早く深創さんの発明品をこの目で見たいからである。

 今日はどんなトラブルが起こって、それをどんな風に深創さんは解決してくれるのだろうか。

 トラブルは自作自演で数十個考えてきていたりもした。

 なんかずるい気もしなくはないが、それくらい厨ニ心を揺さぶられているんだ。

 別にいいだろう。

 すっかり俺は深創さんの虜になってしまっているようだ。

 その深創さんはまだ来ていなくて、俺の隣の席は誰も座っていないけど。

 

 30分が経って、担任の兎原先生が入ってきた。

 兎原先生の登場はチャイムより正確に朝のホームルームの開始を教えてくれる。

 「はい、おはようございます。」

 簡単に号令を済ませると、兎原先生が俺を見つけて珍しそうに言った。

 「あれ、今日は目が合うね、新並。 いつもは号令の『着席!』の合図で睡眠に入るのにさ。」

 少し皮肉の効いた言い方をされたが、それでクラスから少々の笑いがうまれた。

 美人ってところだけじゃなく、こういうところも人気の理由なんだろうと思う。

 「いや〜先生ほどの美人に目も向けないで眠りにつく男子なんているわけないじゃないですか〜。」

 「お前が次寝てるところ見かけたらその時から『誠一”ちゃん”』って呼ぶからな?」

 クラスはさらに笑いに包まれた。

 兎原先生が手を叩いて高らかに鳴らしてクラスを静寂にさせた後、教室中を見渡し始めた。

 「あれ、深創はまだ来てないのか。珍しいな。」

 先生の発言の通り、深創さんはまだ来ていなかった。

 今日は休みなのだろうか。

 張り切って早く来たのに空回ってしまったようだ。

 残念な気持ちを抱きながら、遅刻して来ることを期待して待つことにした。

  

 ホームルームが終わって兎原先生は教師用の教科書を準備し始めた。

 今日は金曜日なので、1時間目は我らが兎原先生の担当する数学から始まる。

 それに習って俺も含む生徒たちが教科書とノートを机の上に広げていく。

 いつもなら準備を終わらせると俺は教科書を机の端に追いやって、すぐさま夢の中に行くのだが、今日は

『途中から来た深創さんが教室のドアを開けたと同時に「これでも喰らえっ!!」とか言いながら先生を筆頭にクラスメイト全員にピストル型の何かから放たれる赤いビームを乱射して記憶を塗り替えて、何もなかったかのように自分の席に着席する。』

 みたいなことを期待している俺は、睡眠なんてしている余裕がないくらい深創さんを待っているのでゴリゴリに起きている。

 

 本当に久しぶりに真面目に授業を聞き始めて20分程が経った。

 「じゃあ、この問題を珍しく授業に耳を傾けてる新並に答えてもらおうかな。」

 指名されたのはいつぶりだろうか。

 今はベクトルの話をしているらしい。

 クラス全員が俺に注目しているので、かっこよく正解するしかない状況まで追い詰められている。

 これくらい適当に生きてきた俺でも流石に分かるはずだ。

 肉眼でギリギリ生きていける程度の視力をしている俺はまだどんな問題なのか認知していないけどな!

 「はい!」

 と、ある程度元気な声で応えながら制カバンに手を突っ込んで眼鏡ケースを取り出した。

 ケースを開けて眼鏡を取り出して、装着。

 さて、どんな問題が俺の前に立ちはだかって来たんだ? いざ、ご対面!!

 「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 俺は机から顔を上げると顔を真っ赤に染めながら絶叫してしまった。

 「せ、先生! なんて格好をしてるんですかっ!!」

 そこには水色の下着姿で教科書を持っている兎原先生がいた。

 「うるさいぞ、新並。服装は別にいつも通りだろ。早く答えろ。」

 いやいや、どこがいつも通りなんだよ。なんで他のクラスメイトは誰もツッコまないんだよ。

 と、思いながら俺は助けを求めるようにクラスメイトに視線を移した。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 もう一度絶叫する。

 全クラスメイトが下着姿で俺の方を見ている。

 もちろん男も例外じゃない。

 とんでもない光景に頭が全く追いつかないし、追いつこうともしない。

 「何回叫ぶんだ。うるさい。」

 俺は目のやり場に困ってしまい、今度は机に目を移す。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 また叫んでしまった。

 さっきから「どんな格好をしているんだ」と、指摘している俺本人もがパンツ一枚になってしまっている。

 俺以外の全員が何事もないように授業を進めている状況から一つの説が頭によぎった。

 天国みたいな場面(男がいなければ100点だったのに)から抜け出せるかもしれない方法を冷静さを取り戻した俺は思いついた。

 それをすぐに実行に移した。

 俺は眼鏡を外した。

 裸眼で見た先生とクラスメイトたちはしっかり制服やらを着こなしている。

 どうやら昨日、電子レンジで行われた実験は成功していたらしかった。 

 

 深創凪沙〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!!!

 

 俺の眼鏡はとんでもない兵器へと改造されてしまっていた。

 消えるのが服だけで良かった。

 下着まで消えて見えていた可能性があると思うととても惜しい…じゃなくて恐ろしい。

 男の全裸なんてごめんだ。

 「新並、お前何がしたいんだ。叫びたいならバスケ部にでも入れ。毎日『ドドスコドドスコ』と叫んでるだろ。丁度いいじゃないか。」

 先生に怒られてしまった…っていうより呆れられてしまったのほうが正しいか。

 「すいません、そうじゃなくてどうやら眼鏡の度が合っていないみたいで。随分掛けていなかったので今まで気づきませんでした。」

 「そんなことでそんなに叫び散らかすやつがどこにいる。」

 「そ、それは…そうだ!」

 「今『そうだ!』って言った?言い訳ひらめいたこと自白してるも同然じゃねぇか。」

 思いついたことを言い切る前にツッコまれてしまったが、俺は最後まで続ける。

 「近くのメガネ屋さんのレンズ交換代が80000円しまして、財布が空になってしまう未来を想像して…」

 先生が俺の胡散臭いかつ、嘘くさい言い訳にため息を吐いたあと、

 「水戸すいど、新並に問題教えてやってくれ。」

 と俺の席の前に座っている水戸くんに指示をだした。

 水戸くんから聞くと『y=2x^2+6x−12を平方完成せよ。』という問題が出されているらしい。

 「かなり授業時間けずれたぞ。はい、新並。答えは?」

 考える時間を与えてくれたのか、少し間を開けてから先生はもう一度答えを求めてきた。

 「y=2{(x+2分の3)^2−2分の15}だと思います。」

 「あーうん。座れ。」

 どうやら不正解らしい。

 そして、その問題は遠くに座っている大切のところに流れて行き、さらっと正解されたのだった。

 


 ◇



 時刻は12時半を回り、ただいま昼食中。

 「あはははっ えっちょっと待って、お腹痛いよ〜、あははははっ」

 さっきまで空席だったはずの俺の隣の席でおにぎりを片手に大爆笑しているのは最近おなじみになりつつある例の女の子。

 1時間目の大騒ぎ(被害者は俺だけ)を引き起こした元凶である深創凪沙。

 大騒ぎが起こったときにはいなかったのに今は俺の隣でおにぎりを食いながら腹を抱えて笑っているのはみんなの察しの通り深創さんは遅刻してきたのだ。

 聞くと、別に寝坊したわけでも体調が悪かったわけでも直接的な表現でのやりとりはなかったとはいえ俺と友達になってしまったことがどこか恥ずかしくて登校しずらかったわけでもなかったらしい。

 じゃあなんで深創さんは遅刻したんだって? 

 冷静に推理したら誰でも答えは導き出せる。

 あの電子レンジで見事に改造されていた俺の眼鏡の新機能は1時間目に実体験して身にしみて理解したとおり、衣類を透かしてしまう。

 その機能は発明した本人はもちろん分かっていたわけで、その眼鏡を装着した俺の近くにいると下着姿をバッチリと捉えられてしまう。

 それを完璧に避けるために深創さんは登校時間をあえて遅らせて、俺が眼鏡の新機能に一通り驚かされ終わったであろう時間帯(3時間目の途中)に例の悪戯な顔を俺に向けながら教室内を歩いて着席してきた。

 俺の先程の妄想どおり先生の記憶を何らかの発明品で消し去ることはなく、普通に遅刻者カード渡してたけど。

 「いや〜まんまと私の手の上で踊らされたね〜。」

 俺は自分でも意外だったが、不機嫌そうな顔ではなく恥ずかしそうな顔で弁当を食べている。

 「改造が終わったときに手渡しもせずとっとと帰っていったときに疑うべきだったね〜。」

 「誰がそのタイミングで察せるんだよ!」

 「でも男の子の夢のひとつ、叶えられたでしょ?」

 「男まで透けなかったらな!」

 そんな都合のいいものあるわけないけど。

 ってそもそも服だけでも透けて見える時点でありえないって言葉を使う権利は深創さんの前ではとっくに失っているんだけど。

 とか考えている途中も隣でおにぎりを食べている。

 今度は笑いながらではなく、目を丸くしながら。

 「確かに同性のは透けても別に嬉しくないねっ」

 どうやら盲点だったらしい。

 盲点に気付かされた深創さんは、「勉強になった!」と新しい知識を己の身に浸透させていた。

 「どんな話ししてんだよ、誠一。」

 そこに一足早く昼食を終えた大切が俺たちの机に近づいてきた。

 「お前、どこから聞いてた!?」

 ほんの少し声を荒らげてしまった。

 「男が透けなかったら…なんとかかんとかくらいからだな。」

 「セーフだな。」

 「うん。ギリギリ誠一くんのメンツに傷が入ってない!」

 「よく分からんけど多分アウトだろ。」

 俺と深創さんの謎の意気投合に大切がツッコミを入れたあと、合間なく疑問を投げかけてくる。

 「そんなに仲良かったっけ? 誠一とええっと…」

 「私は深創凪沙!そんなに名前覚えられてなかったんだね。」

 思い出したようにしてから大切はもう一度不思議そうな顔を向けてきた。

 「仲良いのかはまだ分からないけど、喋るようになったのは昨日からだな。」

 「たった一日でここまで打ち解けられるもんなんだな。」

 大切は人間の対人能力のすごさに感心したようだった。

 「昨日はいきなり”私の中”に入ってきたしね〜」

 「第三者がいるときの妙な言い回しが一番たち悪いからやめろ! あとお前もそれを真に受けて本気で引くな!!」

 急にぶっこんでくるなこの女、油断も隙もない。恐ろしすぎる。

 誤解を解くために必死に早口で昨日の状況を大切に説明した。

 「なるほどな。すごいな深創さん。」

 発明が好きなことももちろん伝えた。

 「つまり昨日のあの鉛筆削りも深創さんの発明品だったってことか。」

 「あ〜あれね、飯塚くんもみたんだ。『棒削り型ドライいや〜ん』」

 もう無理やりじゃねぇかよ。

 あれ、そんな無理のあるネーミングしてたのかよ。

 「誠一が見せてくれたんだけどなんの説明もなく見せるだけ見せて帰っていきやがったから分からなかったけどあれドライヤーだったんだな〜。」

 大切はそのネーミングを完璧にスルーして発明品のクオリティに引き込まれていく。

 そうこうしているうちに俺は弁当を、深創さんはおにぎりを完食した。

 5時間目が移動教室なだけに教室内全体がどこか落ち着きをなくしていて、みんなが教科書やらノートやらを準備し始めている。

 俺たちも雑談を継続しながらそれに倣う。

 準備を終えて並んで歩いていた俺たちは移動先の教室のドアの前についた。

 「じゃ、今週最後の2時間頑張るとしますか。」

 ドアを開けながらそう言った大切に俺と深創さんはうなずいてから教室に入っていった。

 それにしてもついさっきまではクラスメイトって認識しかなかったのに、この数十分でよくこんなにも気軽に喋れるようになったよな、大切と深創さんは。

 教室に入ってから5時間目の開始を告げるチャイムがなるまでそう掛からなかった。



 ◇



 時刻は午後3時弱。

 6時間目の化学が終わり、担当の教員と兎原先生が入れ替わりで教室に入ってきてすぐ始まったホームルーム中。

 我らが担任の兎原先輩は長々と喋るような人じゃない。

 伝えたいことを簡潔に伝えるとすぐに帰らせてくれる、まさに神担任なのだ。

 「はい、じゃあ、来週からテスト1週間前になるからしっかりこの土日から勉強進めておけよってことくらいだな。 起立。」

 挨拶が終わるとクラスメイトたちは各々教室をあとにしていくが、1人だけは部活仲間であろう者と挨拶を交わしながらドアとは逆の方向に足を進めている。

 「結局今日は一睡もしなかったな。」

 大切が俺に話しかけてきた。

 「これも深創さんが不眠体質を手に入れられる薬でもくれたからか?」

 「私、機械は発明できても薬は発明できないよ?」

 隣の深創さんも耳を傾けていたようだ。

 「数十分会話しただけでどうやったらそんなにフレンドリーになれるんだよ、お前ら。」

 「フレンドリーになったつもりはまだないぞ? ただお前と喋ろうと思ったら深創さんと喋ってたから流れでちょっと話したくらいで。」

 「私も同じだよ。正直まだお互いよく知らないし緊張するよ?」

 なんだそういうことか。

 俺以外の全人間がとんでもないコミュ力を兼ね備えているのかって変に不安を覚えたぞ。

 「じゃあ、今日は俺から春風向かいに行くから。」

 「今日部活はないのか?」

 「今日からテスト近いからオフなんだわ。」

 ああ、なるほど。

 「じゃ、おつかれ。」

 俺の言葉に軽く手を振ったあと、大切は教室を出ていった。

 「私達も帰ろっか?」 

 「深創さんの家、どのあたりだっけ。」

 「まぁ、公園くらいまでは一緒だからその辺まで一緒に帰ろうよ。」

 俺は頷いて、2人並んで教室をあとにする。

 的確にどのあたりなのかは教えてくれなかったが、まぁそのうちもっと近しい関係になってからの方がいいのも分かる。

 いつものように校門をくぐった俺の隣にはいつもと違って隣に人がいる。

 それもかなりの美少女が。

 緊張していないと言うと完璧に嘘になるが、それを表に出さないように平然を装いながら誰が相手でも成り立ってしまうようななんでもない会話をしつつ、帰路を歩く。

 見慣れた公園の前に足を踏み入れたとほぼ同時に話題のピークが過ぎ去ってお互いの口数が確実に減っているのを感じた。

 「そういえば飯塚くんも言ってたけどそろそろ中間テストだね。準備してる?」

 「全然。」

 深創さんが新たな話題を展開しようとしてくれた。

 「っていうかそもそもテスト前に準備なんてした記憶ないわ。」

 「へ〜すごいね、勉強しなくても高得点取れるんだ〜」

 「いや、なんか勘違いしてるけど勉強しなくても点数取れるような天才気質じゃなくて、普通に毎回点数低いから。」

 「さっきのセリフって相場は賢い人が言い放つものだよね?」

 俺がボケて深創さんがツッコむ形はなんか珍しい気がする。

 喋りながら歩き続けてそろそろ視界から公園が消える。

 「じゃあ私、ここ曲がるから。またね。」

 公園の横をちょうど歩ききったところで深創さんがそう告げてきた。

 少し遅れて俺が別れの挨拶を返すと、必殺奥義の微笑みを見せたあと、右に曲がって行った。

 先程まで右耳に届いていた心地の良い声音が静まり返って寂しさを感じながら赤信号を待っている。

 少し前の会話を思い出しながら。

 もうすぐ中間テストか…

 今年も適当な点数を取り続けて終わるんだろうな。



 


 (私の家って本当は真反対の方向なんだよね…)

 誠一くんと別れてから私は家と真逆の道を歩いた本当の目的を達成しようと公園の中を昨日と同じように進んでいく。

 目的はそう、昨日誠一くんに我が発明によって自ら下着姿を晒してしまうという自爆行為を避けなければならなかったためにここに放置してきてしまった『男子禁制、私のお中』を回収すること。

 (自部屋ではないとは言え、男の子を部屋に招いたことなんて初めてだし、結構ドキドキしたな〜)

 こんなに人と接するようになったのはここ最近の話だから誠一くんたちとの接し方があれで合っているのか不安。

 思考を巡らせているうちに草木の中から目当てのものを見つけた。

 そんなことするような人じゃないと分かっているものの、念の為誠一くんに発明品を壊されていないか確認しておくことにした。

 中に入ると

 「えっ……」

 私は目の前に広がっている光景に思わず声を漏らしてしまった。

 あの日は確か一度実験が失敗してガラスが目に見えるくらいには散らばっていたはず。

 でも『お中』のなかにはガラス片一つ落ちていない。

 それどころか誠一くんが来る前よりも綺麗に片付いている。

 そもそもあまり物がない場所ではあるがその数少ない器具が綺麗に陳列されていた。

 「ほったらかしにしといていいって言ったのに…」

 私は外に出て、『男子禁制、私のお中』をコンパクトに畳んでいく。

 ポケットにしまえるくらいの大きさ、重さになった。

 それをそっとしまい込んで家の方向へと体を向けた。

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