飲み干す

「済みませんね、コンビニを探していたら少し遅れました」


 そう言ってミズタさんは話の場の喫茶店に入ってきた。


「何か買い物でも?」


 私がそう聞くと彼は苦笑して答えた。


「いや、ゴミ箱がちょっとね」


 ゴミ箱だけに用があったというのだが、それが今回の話に関わることらしい。


「さて、どこから話しましょうかね……遡れば小学生の頃からの話なんですが……」


 彼は現在大学生なので多少遅くなっても構わないという。少し図々しいがそれなら全部話して欲しいとお願いした。


「子供っていうのは残酷なものです」


 彼がまだ子供だった頃、飲み終わったペットボトルを虫かご代わりに使って一人で遊んでいた。ダンゴムシや小さな芋虫などを飲みきってからになったペットボトルに入れて収集していた。今思うと蠱毒も同然のことだったが、当時はそんな言葉知らないし、命の重みなんて気にしたこともなかった。


 そうして集めた虫は、持ち帰ると怒られるので、帰り道にある橋の上でペットボトルを逆さにして振り、全てを川に流して捨てた。そして空になったペットボトルをしれっとした顔で持ち帰ってゴミ箱に入れていた。当然水生昆虫を入れたりしてはいないので川に流した虫がどうなるかは明らかだ。


 しかしその遊びはやめられなかった。なぜか取り憑かれたようにその残酷な遊びを楽しんでいた。ペットボトルは透明なので、中で虫がぐちゃっと押し込まれているのを見て楽しんでいた。時折振って柔らかな虫が壊れるのさえ楽しんだ。


 当時は別に何も問題無かったのだが、中学に上がってからが問題の始まりだ。中学生にもなるとそんな遊びをしていたことなどしれっと忘れて普通に勉強をしていた。あるとき、ミネラルウォーターを買って、少し飲んでから学校で残りを飲もうと口を閉めて鞄に放り込んだ。それから学校に着くと少し汗をかいていたのでペットボトルをとりだした。


 そこで小さな悲鳴を上げた。水が入っているペットボトルに虫の死骸が数個浮いていた。当然そんなもの飲むわけにいかず、中身をトイレに流してからペットボトルはゴミ箱に捨てた。それからは何かペットボトルを買う度開けてから放っておくと僅かな時間でも中に虫が浮くようになった。


 時折ペットボトルの口より大きい昆虫まで入ってきたりすることまであった。そんなことがあればまともに飲むことなど出来ずすぐに捨てるようになった。


 数回そういう目に遭ってから、二本のペットボトルを買ってきて、一本は口を開けて締め直す、もう一本は未開封のままキッチンのテーブルに置いて少しその場を離れた。


 それから再びボトルを見ると、締め直した方の中には昆虫が数匹浮いていた。未開封の方はただの水のままだった。


「そこで未開封なら虫が入らないと気が付いたんです。だからペットボトルは買って開けたらその場ですぐに飲み干すようにしているんですよ」


 だから空きペットボトルを捨てる場所が必要なのだと彼は言う。今困っているのは、2リットルのペットボトルの存在だ。友人がたまに暑い日など気を利かせて家に来るとき買ってきたりするのだが、開封したら飲み干さなければならないので扱いに困るものなのだそうだ。


 そして現在では、物価高騰の煽りを受けて飲み物が値上げされ、相対的に2リットルボトルの方が経済的になっていることが悩みの種だそうだ。

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