絶縁札
アスタさんはギターが趣味なのだが、ここ最近になって新しい機材が欲しくなった。しかし彼は大学生とはいえバイトの給料日まではまだ遠い、そこで彼は中古のジャンク品を漁ることにした。ジャンク品でも最近では初期不良は対応してくれたり、店舗独自の動作確認済みの製品がある。それを狙って探すことにした。
早速休日にジャンクショップに向かうと結構な数のエフェクターやアンプがあるのだが、動作確認の取れているものは軒並み高い。安いものは動作未確認だったり動作不能品だったりと自分で修理が必要なものだった。
後ろ髪を引かれつつ帰ろうとしたところで、ふとジャンクの箱が目に入った。こんなところにとは思ったが、念のためその箱を漁ると千円という破格のエフェクターが入っていた。この値段なら最悪動作しないとしても懐は痛まない。
そこで早速千円でエフェクターを買い、帰宅した。そこで問題として専用の電源が付属していない。昔なら一苦労だが、規格を某通販サイトに入れると互換品が出品されている。値段も千円と少しだ。本体より高いのかと思うと少し気が引けるが、他のものに流用できると考えるとありだろう。
翌日にはACアダプタが届いた。最近主流の小さな半導体を多用したものではなく、古式ゆかしいトランスが入ったタイプの大きなアダプタだ。こちらの方が音が良いと思っているのだが、変わらないと主張する人も居る。人によりけりだが、たぶんこちらの方が音が良いだろうと思っている。
届いたら繋いで問題ないか確かめて電源を入れてみる。問題なく通電して使えそうなので、ギターのシールドを挿した。それからアンプに繋ぐとコードを弾いてみた。いい音が鳴ってくれた。これが千円で買えるなんて異様な安さだし、全部で二千円と少し、これは良い買い物をしたと、近所に配慮しつつ昼間に暇があればギターを弾いた。
それから数日後、問題は起きた。ACアダプタが焦げ臭い臭いを放っているので大急ぎでコンセントから抜いた。電源まわりが焼けたのはマズいと思い、アダプタを引越祝いの入っていた金属の箱に入れベランダに出す。それからギターとアンプを直結して音が鳴るか確かめる。音の質は変わっていない。最近繋ぎっぱなしにしていたので久しぶりに聞いた音だった。
それからACアダプタが修理できるか確かめるために分解をすることにした。修理がしやすいようにという配慮ではないだろうが、各所を止めているねじは普通のプラスねじだった。
そこで早速分解をしてみたのだが、ねじを外してカバーを外したところ中にシールが貼ってあった。どうやら安全対策の絶縁体のように思える。そこでそれを剥がす。微妙な焦げ跡と読めない字が書いてあった。梵字のように見えるが実際のところは分からない。故障自体は単純なもので、電解コンデンサの破裂だった。
容量を調べ、出来るだけ近いものを探しそれを付けなおした。きっとモダンなスイッチング電源だったら修理できないだろうが、設計が古いことが幸いした。
そして梵字らしきものの書いてあったシールは焦げていたので、ここが臭いの原因だろうと、よく見るとわずかにむき出しの電源線が触れているところだった。そこでホットボンドで徹底的に絶縁をした。これで完璧にショートしないはずだし、あの不気味なシールは必要無い。くしゃっと丸めてゴミ箱に捨てた。
「さて、これが問題だったんですよ」
大いなる前振りからアスタさんは困った顔を浮かべた。
「修理したらごく普通のエフェクターになったんですよ。たぶん電源が変更されたからだと思うんですよ。理由は分からないんですが、あのシールが音に良い影響を出していたと思うんです。だからアレからACアダプタを通販でたくさん買っているんですが、アレと同じものにはまだあたらないんですよ」
心底困った顔をするアスタさんに、私はそれが無い方が良いものではないだろうかという単純な助言をしていいものか迷っていると、彼は私の謝礼を受け取り近くのコンビニに入っていった。見るとはなしに見ていると、彼がレジに通販サイトのプリペイドカードを持っていっているのを見て、もしかしたら何かに取り憑かれたのでは無いだろうかと邪推したくなった。
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