シャワーのみ
ユキオさんは風呂に入らないと公言している。といっても不潔なのではなく、湯船には決して浸からないということだ。どんなに寒くてもシャワーで済ませてしまうらしい。幾人かが何故湯船に入らないのかと疑問を口にすると、嫌そうな顔をして話をはぐらかされる。
そんな時コージさんはその理由に興味が湧いた。そこでユキオさんとサシ飲みをして酔っぱらったから泊めてくれと頼んだ。
「やはり何かあったんですか?」
私がそう聞くとコージさんは多少狼狽えてから答える。
「……ええ、そりゃ湯船に浸からないはずですね」
そう言ってから、彼の家で何を見たかを聞いた。
コージさんの家に着くなり、そこまで来るときに買っていた酒を開封し居て二人で飲んだ。自分は少なめに、ユキオさんは多めに飲ませた。すると彼は酔い潰れて寝てしまったので、早速風呂場の真相を確かめるべく向かった。
ユニットバスだが、とくに何かあるようには見えない。なぜあんなことを公言しているのか不思議だったが、試してみれば分かるだろうと、蛇口をひねってお湯を出し、タイマーをかけて部屋でスマホを見ていた。
得に何も起きていないようだが、アイツが大げさなんじゃないだろうかと思いつつしばしログボを収集しているとスマホのタイマーが鳴ったので風呂を見に行った。風呂場のドアを開けて中を見た時点で固まる。中には湯気がいっぱいになっているかと思ったのだが、実際は湯気が湯船の上で固まっていた。
それは湯気のはずなのだが、固体状になっており、湯船から上がったものが人相の悪い男の形をとっていた。
「ヒィッ!」
思わず逃げだそうとした、振り返るとユキオが立っていて、『見たろ?』とニヤニヤしながら言う。まるでイタズラが見つかった子供のような顔をしている。彼が言うには湯を張るとああなるからシャワーで済ませているらしい。
ユキオさんは風呂場に入ると、湯気に構わず浴槽の栓を開けて、流しつつ、冷水を入れて湯気を早く消した。男は何の抵抗もせず姿を消したので『何だよアレ!』とユキオさんに食ってかかった。
「知らねえよ、湯をはるとああなるからシャワーですませてんだよ。別に実害なんて無いんだしいいだろ?」
軽くそう言って湯気がでなくなったら、冷水を止めて浴槽からお湯を全部流した。
「なあ……俺って酔ってるのか?」
一縷の望みをかけてそう言うと、『俺も酔ってるがアレは毎回だよ』となんでもないように答える。
あの男の影が一体なんなのかと聞いたが、ユキオさんはここが瑕疵物件であることと、家賃の相場が結構安いことを伝えた。だから引っ越す気は無いんだよと言う。
「まったく、迷惑なもんだよ、湯船になんてつかれりゃしない、まあ、家賃の相場が安いから時々銭湯に行ってもそれ含め安いんだがな」
綺麗にお湯が流れきった浴槽を見て彼はそう言った。今のところ引っ越すつもりは無いそうだ。
なお、瑕疵物件ということは聞いたが、何があったかは聞いていないそうだ。『わざわざ知りたくないだろ?』というのはユキオさんの談だが、あの時見た幽霊の腹のあたりがまるで切ったようにグニャグニャと歪んでいたことは出来るだけ考えないようにした。
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