第18話

「エルミナ様……!」

「来て下さったのですね……!」

「黙りや」


 エルミナが振り返りもせずに言った瞬間、二人は口を閉ざす。どういうことだ。まるで、この二人の親玉かのような口ぶりじゃないか。


「うちの組織に立てついて、ただで済む思たらあきまへんよ」


 エルミナが好戦的な笑みを浮かべながら私を睨んでくる。敵である二人を、ルナを傷つけた二人を庇うエルミナ。


 たしかにルナとエルミナは仲が悪かった。でもこんな殺し合いをするほど仲が悪かったのか?


 それにあの二人は魔物暴走スタンピートも、まるで自分たちが起こしたかのような口ぶりだった。その二人を庇うように立っているエルミナも一枚噛んでいる可能性が高い。


 胸の奥でモヤモヤとした気持ちが膨れ上がり、背筋に冷たい汗が伝う。


「……お前の言う、うちの組織とは何のことだ?」

「この場で答える必要はありまへんなぁ」


 エルミナは私の問いに答える気はないらしく、意地悪そうな笑みを浮かべている。


「覚悟しておくれやす」


 静かにそう続けるとギルド長ガルドとアレクシスの血がエルミナへと流れていく。


「エ……エルミナ様!? なぜ……!?」

「うがああああ!!」


 二人が苦しみの声をあげる。もしかしてヴァンパイアの眷属けんぞくにするつもりか。でも二人を庇いに来たんじゃないのか。行動の意図が読めずに余計に混乱する。


「ふぅ、まずい血やなぁ」


 全ての血が抜けると、ギルド長ガルドとアレクシスはすっかりと赤い目に変わっていた。


 その様子を見ていた周囲の冒険者も驚愕きょうがくへと変化する。そしてすぐに絶望の顔色を浮かべた。


「まさか……ヴァンパイアだと……!?」

「しかも始祖のヴァンパイアじゃないか! 国を一つ乗っ取ったという伝説の……」

「お、終わりだ……! 魔物暴走スタンピートが可愛く見えるぜ」


 たしかに私がエルミナに与えた能力は旧来のヴァンパイアの能力だった。今では始祖ヴァンパイアなんて呼ばれているのか。


 エルミナはホムンクルスたちの中でも特に眷属けんぞくを作る能力に長けている。と言っていたが、組織を組むのであればエルミナは打ってつけだ。


 もっとも、それがかなり悪い方向に倒れている気がするけど。


「さて、処分も終わり。二人とも、やりなはれ」


 ギルド長ガルドとアレクシスが襲いかかってくる。私もエルミナに事情を聴かないままやられる気はない。


「消えろ」


 襲い掛かってくる二人を一閃し、吹き飛ばす。その一撃で二人は壁にめり込み動かなくなる。


「さすがやなぁ。魔物暴走スタンピートをほぼ一人で止めはっただけのことはありますわ」


 ぱちぱち、とまるで煽るかのように手を叩く。やっぱり魔物暴走スタンピートはエルミナが黒幕なんじゃないか?


「何か知っているなら話せ」

話すつもり、ありまへんよ。ほな、うちも行かせてもらいましょう。ブラッドレイン!」


 話を聞く気も、する気もないらしい。エルミナは腕を振るって、私の周囲に雨粒のような血を無数に散らす。もちろんただの血じゃない。一つ一つが鉄の刃のように鋭く、地面をえぐるほどの威力があるのだ。


 一つ一つはそこまで早くもないし、威力も高くない。しかし量が面倒だ。ルナの方をちらりと見ると、治癒魔法を使ったのが効いているのか、既に立ち上がっていた。


「いけるか?」

「させまへんよ」

「もちろんですっ! ディストーションっ!」


 全てを伝えずともルナは私が欲しいものをわかっていたようで、すぐに能力を発動した。1秒間、周囲の速度が遅くなりその隙に私は血の雨の周囲から抜け出す。


 そして次の瞬間、ズドドドドと言う音と共に地面が深くえぐれていく。


「時間操作……やっかいやなぁ」

「あんたのヴァンパイアの能力も、ね」

「うちはあんたに言うたんちゃいまへんよ。さあ、続き、やりましょ」


 ブラッドレインで降らせた血をエルミナは再び操作し、今度は槍の形にし投げ込んでくる。その槍を私は避けつつ、エルミナの懐へと入り込む。そして強烈な蹴りをぶちかました。


 膨大な魔力を乗せた蹴りはすさまじい威力だったらしい。エルミナが街の外へと吹き飛んでいく。彼女はあれでもヴァンパイアの身体だ。たぶんこれくらいでは無傷だろう。


 エルミナにはどうして魔物暴走スタンピートを起こしたのか問いただす必要がある。まずは無力化からだ。私はそう考え、真意を問いただすべく彼女を追いかけた。


 エルミナを追いかけるのは楽だった。何しろ人型がずっと残ってるのだ。街を出て一番近い森。そこを進んでいった先にエルミナが立っていた。


「戦う気はない……か?」

「まさか、セラフィナ様に本気で敵対するわけありまへんよ。あの場では計画上、敵を演じただけですわ」


 さきほどまでの声色とは違う。親しみがこもった声色に私はさらに困惑する。


 エルミナも私の為に何かをしようとしていたってこと?


 ……わからない。いやもう話もできるんだ。これはすべてエルミナに吐いてもらおう。


「なるほど……ではエルミナ。その計画とやら、全て話せ」

「……はて、この件はてっきりセラフィナ様は全部ご存じやと思ってましたわ。うちはルナから聞いたんですけどねぇ」


 私が全部知っているだと……?


 それにルナから聞いた?


 はぁはぁ、と息をあげながら追いついてきたルナを見る。


「え、どうしたんですか? そんなに見つめられては……はっ、結婚……?」

「違う」


 魔物暴走スタンピートの計画はエルミナが黒幕だと思ったが、ルナの方だったのか。たしかに宿の部屋で意味深なことを言ってた。彼女が元凶であれば、全て辻褄もあう。


「エルミナ、私はルナから何も聞いていないし、計画のことは何も知らない。説明しろ」

「……え?? あの、セラフィナ様、どういうことでしょう……?」


 ルナが私の顔を見て目を白黒させている。一方のエルミナはルナをすごい形相で睨んでいる。うーん、これはまた一波乱あるかもしれない。


「ルナ、どういうことやの?」

「わ、私が聞きたいわよっ! あの、セラフィナ様? 知らないなんてことあるわけないですよね。え? あれ……? だってセラフィナ様は、私たちの行動一つ一つを全て予期する、全知全能のまさに神たるお方ですから」

「ふん、ルナもええこと言うんやな」


 待って、待ってほしい。私に対する偏見よ。しかも圧倒的に高すぎる壁のような偏見を持たれているんですけど。


 ホムンクルスたちの行動を全て把握なんてできないからね!?


 ああ、でもこんなふうに思われていて……何も知らないから全部説明しろって言おうものなら、二人の気持ちは……いや、それもそうだが、私が今まで培ってきた威厳が全て崩れ去りそうだ。


 ……うん、それは避けなければ。もし威厳が崩れてしまったら、きっとホムンクルスたちのマスコットにされる。それだけは、それだけは絶対に避けないといけない。


「ルナ、エルミナ。良いか。お前たちの考えが、私の考えに及んでいたのか。それを知りたいのだ。だから説明せよ、と言っているのだ」


 二人が目を見開く。いや、これに騙されるんだ。私の信頼ってすごいね。なんか他人事っぽいけど、本当に他の人のことを見ているみたいだよ。


「セラフィナ様は、うちらを試してはるってことですか?」

「そ、そうだったのね。セラフィナ様はあえて私たちに説明させて、考えが一致しているのか確かめてるのですね」

「さすがセラフィナ様……そこまでお考えだなんて流石やわぁ」


 ……うん、もうそれで良いよ。それで良いから、早く話そうか。


「あ、ああ。二人ともよく気が付いたな。では二人の説明をしてみたまえ」

「もちろんです、セラフィナ様。ではまず魔物暴走スタンピートの経緯からお話しさせていただきましょう」


 やっぱり魔物暴走スタンピートに噛んでたんだね。真顔で話し始める二人を見て、どっと疲れが押し寄せるのだった。

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