第16話

 朝起きると、ルナは戻っていた。


 昨日のうちにルナが戻ってくることはなく、仕方ないのでひとしきりセシルに撫でられた私は魔道具の解析を。


 そしてかたわらで、非常に不服であったが約束した以上は守ってやろうということで、セシルに魔法操作について教えて時間をつぶした。


 まあ私もセシルも、悪くない時間を過ごしたのだが――どうやらルナも同じだったようで、ずいぶんと機嫌がいい。


 うーん、あのあとなにがあったんだ?


「セラフィナ様、今日は楽しみですね」


 どういうことだ?


 お楽しみだったのは昨日のことじゃないのか?


 魔道具の実物が手に入っているということもあり、街の住人たちのギフトでも解析しようかと考えていたところではあるが。


「私もぬかりなく準備してきました。とっても良い一日になるはずですよ」


 ニコニコと笑うルナが楽しそうに続けた。


 でもぬかりなく準備をしてきたってどういうこと?

 私のために、なにか準備をしてたってこと?


 昨日の一方通行の話もそうだったし、ルナはなにを考えてるんだろう。


 私がそんなことを考えていると激しい足音が聞こえてきた。足音は私のドアの前で止まったかと思うと勢いよくドアが開く。セシルだ。


 なんだろう、ずいぶんと焦ってる様子だけど。


「セラフィナさんっ! 大変ですよ! 街が魔物に襲われています……!」

「え……?」

「来ましたねっ!」


 私の呆けた声にルナが待っていたとばかりに声をあげる。


「見てください!」


 セシルに連れられて窓際まで行くと、眼下で人々が慌てて逃げまどっている姿が見えた。それだけじゃない。空は不気味に赤く染まり、黒い影が街に迫っている。


「セラフィナさん、まずいです! このままでは街が……! 私たちも助けましょう! せっかく手に入れたギフトを調べる魔道具も人がいなければ使えませんよ!」

「……ああ、そうだな」


 私はセシルに言われ力強く頷いた。ギフトを探す第一歩である魔道具を手に入れたというのに、調べる対象がいなくなってしまっては意味がない。


「さあ面白くなってきましたよっ! 私も頑張った甲斐かいがあるというものです」


 どういうことだ。頑張った甲斐かいがある?

 まるでこの事態を引き起こしたような言い方。もしかして機嫌がよかったのは街が襲われることが分かっていたからか?


 でもいったい何のために?

 私が困る姿を見て喜んでいるのか?


「どういうことだ、ルナ」

「ええ、私を試さないでくださいよっ! 私もセラフィナ様と同じ思いです。私たちの悲願、その第一歩が大きく動き出すときがきたんですよっ!」


 どこか夢を見るような表情でルナは力を込めて話す。


 私たちの悲願ってなんだ。私が男に戻るということだろうか。でもそんなこと一回も言ったことないんだけどな。


 視界のはしに魔物に襲われそうになっている人が見える。今はルナの話に付き合っている場合じゃないな。


「話はあとで聞く。ともかく私たちも下に降りよう」

「はい、セラフィナ様」

「はいっ!」


 急いで外に出ると、被害はさらに大きくなっているように見えた。空が赤かったのは魔物に襲われ建物が燃えてしまっているところがあるのだろう。


 視界の端に見えた人を急いで助ける。


「あ、ありがとうございます……!」

「気にするな」


 助けた女の子は立ち上がると、魔物の群れとは反対の方へと走って逃げていった。


 私たちは逃げまどう人々とは逆向きに合間を縫いながら、そして出会う魔物を切り裂きながら進む。


 幸いにもこの辺りは魔物が少なかったらしく、逃げる人たちもあまり襲われていないようだった。


 さらに人の流れに逆らって進んでいると、途中から人が途切れ始めた。この先は――逃げ遅れた人たちが多くいる。


 ある程度覚悟を決めながら、進むと赤黒い液体がそこかしこに散らばっていた。この辺りからはダメか、と思ったところで悲鳴が聞こえた。


「いくぞ」


 私が短く声をかけるとルナとセシルが頷いて声の方向に駆ける。少し走った先で、6歳くらいの少女が数匹のヘルハウンドに囲まれているところにたどり着いた。


 どうやら間に合ったらしい。少女がヘルハウンド越しに私たちを見つける。


「た、助けて……! ママが、ママが大変なの!」


 人の形をした何かが、ヘルハウンドに踏みつけられていた。その下には真っ赤な血の池を作っている。


 本当に気分が悪い。


 気づいたら駆けだしていた。そしてヘルハウンドに向かって手をかざす。


「消えろ」


 魔力が指先からほとばしり、眩しい光が周囲を包む。瞬間、獣たちは苦痛の咆哮ほうこうをあげ、黒焦げになって跡形もなく消え去った。


 邪魔な獣を始末し、私はすぐにヘルハウンドに踏みつけられていた人に駆け寄る。


 まだ辛うじて息はある、か?


「マ、ママ! ママっー! ねぇ、お姉さん、ママはママは治るよね? 大丈夫だよね……!?」


 お姉さんと呼ぶんじゃない、と心の中でつっこみを入れつつ、泣きながら迫ってくる少女に、


「わからん。だが頑張ってみよう」

「う、うう……おねがい、おねえさん」


 悪気があるわけじゃない、悪気があるわけじゃないんだ。よし、息があるかはわからないが、ともかく治癒はしてみよう。


 そうして治癒魔法をかける。傷は何事もなかったかのように消え去り、服こそ赤い血にまみれてはいるが、完全に治っていた。


 しかし女性は目を覚まさない。


「マ、ママ……? ねえ、起きてよ。ママ!」


 ダメだったか、そう思ったときだった。女性がゆっくりと目を開けて起き上がる。なにが起きたのか理解できていないかのようにきょろきょろとしている。


 間に合ったか。良かった。


「ママ、ママー! 良かったよぉ……! この人たちが助けてくれたんだよ!」


 直前の状況と子供の言葉。そして私たちを見てなにがあったのか察したらしい。


「あ、あの……もしかしてあなたが助けて下さったのでしょうか……?」

「そうだ」

「あ、ありがとうございます!!」

「おねえさん、ありがとう! 本当にありがとう! ママ、良かった!」


 少女はまだ少し目に涙が残っているが、嬉しそうに女性に抱き着いている。でも、ここにいてはまだまだ危険だ。


「早く逃げろ。向こうに逃げれば魔物はいないはずだ。私たちが始末してきた」

「は、はい! ありがとうございます! 行くよ、レーナ」

「うんっ! おねえさん、本当にありがとう!!」


 そう言って、二人は私たちが進んできた方角へと駆けていく。


 二人が走って行った方向と逆の方を見ると、再びヘルハウンドが私たちの目の前に立ちふさがっていた。


「……元を絶つ必要があるな」


 駆けながらヘルハウンドを切り裂いて進む。切り裂かれた魔物は子犬のような悲鳴を上げながら、光の粒子となって消えた。


 駆けながら門の方へと向かっていると、ルナと私にしっかりついてこれていなかったセシルが、後ろの方から大声で引き留めてくる。


「セラフィナさん、止まってください! 戻っちゃってますよ! 門はこっちです!」


 そんな馬鹿な、私はまっすぐ進んでたはずなのに。どうして戻ってるんだ。いや、それよりもルナはこれに気付いてたのか?


 半眼で睨むと、ルナは気まずそうに目を逸らした。


「えーっと、ごめんなさい、セラフィナ様。気づいていたんですが……違う方向に進むセラフィナ様も可愛くて」


 ……かわ……いや、今はこの騒動をしずめる方が先だ。落ち着け。


「……ルナ、お前が先導しろ」

「わ、わかりました」


 私ににらまれたルナは申し訳なさそうにセシルと合流して、門の方へと一緒に向かったのだった。

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