第15話:視点【エルミナ】

 エルミナは、薄暗い部屋の窓辺に立ち、外の風景を眺めながらイライラを募らせていた。彼女の長い銀髪はかすかな風に揺れ、赤い瞳には怒りと焦燥しょうそうが宿る。


 それもそのはず。奈落の瞳とはエルミナがセラフィナ様のために、と長い年月をかけ築きあげてきた闇の組織。


 この組織を利用し、セラフィナ様の家――もとい聖域からもっとも近い村をセラフィナ様の傘下にするつもりだった。


 だが、その計画はルナによって妨害された。


「あの女狐め……」


 エルミナは拳を強く握りしめ、悔しさを押し殺す。仲が悪いとはいえ、まさか身内に妨害されるなど夢にも思わなかったのだ。


 だが、全てが無駄になったわけではない。


 クラリス――セラフィナ様に使える最古参のホムンクスルの話によれば、使った盗賊たちは、セラフィナ様の命令により再教育を施され、軍事力の一つとして利用できる形にするらしい。


 だからこそ、エルミナとしてはまだ許せる範囲だった。


 しかし――これは違う。


「「エルミナ様、ただいま参りました」」


 ドアの開く音がしたかと思うと、部屋に入ってきたギルド長ガルドとアレクシスが、エルミナの前で膝をつく。


 ギルド長、そしてギルドのエースとして活躍する二人。だがそれはあくまで表の顔。奈落の瞳の幹部でもあったのだ。二人の手の甲には、奈落を象徴する黒い太陽がえがかれている。


 二人の顔には緊張と不安の色が濃く浮かんでいた。エルミナの怒りを肌で感じ取っているのだろう。


「呼んだ理由、わかってるんか?」


 エルミナの声には怒気が含まれる。昨日、ルナが伝えてきた彼らの失態を思い出すと、再び怒りが湧き上がるのを感じた。


「い……いえ……! も、申し訳ございません」


 二人は焦り、頭を床に擦り付ける。その様子を見てもエルミナの怒りは収まらなかった。今すぐにでも断罪してやりたい。しかし、セラフィナ様には、有効利用せよ、と言うお達しがあったのだ。


(セラフィナ様のお言葉に逆らうわけにはいかへん。でも、こいつらがセラフィナ様に無礼を働いたことは許されへんわ……)


 エルミナは冷ややかな瞳を二人に向け、静かに言葉を発した。


「……そんなこともわからへんなんて、ほんまに無能やなぁ……ええか? 二人とも、魔物暴走スタンピート準備をしなはれ。そうやな、理由は……ルナの持っているアーティファクトを狙ってる、ってことにしとき」


「ス、魔物暴走スタンピートですか!? なぜ……!? この街にも危害が及ぶのでは……!?」

 

 アレクシスが意見をする様子を見て、エルミナはさらに怒りを加速させる。イライラした様子で足をトントンと鳴らしながら、睨みつけ、


「うちに意見するんか?」

「い、いえ……! そんなことは……!」


 アレクシスはエルミナの冷たい言葉にたじろぎ、慌てて首を横に振った。


「なら、さっさと準備しい」


 アレクシスにとりつくしまも見せず、命令するエルミナを見て、ギルド長ガルドがたまらず声をあげた。


「エルミナ様! 愚かな私が意見することをお許し下さい! 我々も幹部として末端の連中に指示する必要があります! なにとぞ理由だけでも……!」


 もはや意見をする、しないの話ではない。セラフィナを絶対とするエルミナにとって、既に取返しが付かない状況なのだ。


(セラフィナ様は有効利用せよとおっしゃったけど、こいつらはほんまに使えへんな……こんな者らが幹部やなんて……どうしてこうなったんや)


 彼女は深く息を吐き、底冷えするような声で告げた。


「黙りや」


 エルミナは底冷えするような声、そして冷徹な目で二人を見る。その様子に二人が息を飲み、冷や汗を流す。


「もうすべて遅いんや。ええか? せめてうちの役に立つ姿くらいは見せなはれ。そしたら……そうやな、少しは許したげるわ」


 エルミナの言葉を受けて、アレクシスとギルド長ガルドは顔を見合わせた。二人は頷き合い、「この怒りを鎮める方法が見つかった」と互いに感じ取った。


 そして、その頷きには「これに失敗するわけにはいかない。全力を尽くそう」という決意が込められていた。


 しかし、エルミナの真意は違う。二人を処分するつもりだったのだ。全く使えない者として微塵も許さずに処分するか、少しは役に立ったと感じてから処分するか。


 エルミナの心の持ちようの違いだけであって、もはや二人には助かる道がなかった。


 けれども、そんなことは二人は知らず――ただこの怒りを収めるために、と答えるのであった。


「エルミナ様……! わかりました。必ずや魔物暴走スタンピートを成功させます。その暁には、ぜひ理由をご教授ください……!」

「ふん」


 エルミナは鼻を鳴らし、思考を巡らせる。


(あんたらが自分で気ぃつかんことをうちが教えるん? この組織をなんや思ってんの? これで幹部やなんて……任せっきりにしたんがあかんかったんやな……これからは、うちもちゃんと監視せなあかんわね)


 彼女の考えと裏腹に――二人はそれを肯定と受け取ったのだろう。


「「必ずや成功に」」


 そう言うと、二人は出口へと向かうのだった。エルミナが、どう、落とし前を取らせせようか考えているとも知らずに。

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