第12話

 ダンジョンから帰りギルドへと報告すると、ギルド長と、なぜか近くにいたアレクシスが声を荒げた。


「バカな……!! アーティファクトを持って帰ってきた、だと!?」

「ウソだろ!? ルナさん、こいつら足引っ張らなかったのか!? いや……それともルナさんの力がそこまで……!?」


 なんで私たちの依頼報告をアレクシスまで聞いているんだ。もしかしてセシルを馬鹿にしようとしていたのか?


「うるさいわね、私の力なんて大したことないわよ。ほら、それよりさっさと鑑定しなさいっ! それから魔道具も早く渡しなさいよね」


 ルナは私に手柄を譲りたいのか、アーティファクトの報告をさせたがった。しかし、さすがに依頼を受けた人以外から報告を出すわけにはいかない。というわけで渋々であったがルナが窓口となって報告が進んでいく。


「あ、ああ。すまなかった。セレナ、鑑定を」

「はい」


 ギルド長は手元に持っていた黒い球体を、受付嬢のセレナへと渡した。受け取ったセレナが魔道具の鑑定を行う。


 傍目はためには持っているだけのように見えるが、おそらく鑑定スキルを使っているのだろう。


 鑑定スキル、とはセシルによればギフトによって付与されるスキルの一つ。その名のとおり、性質や使い方、効果を読みだすスキルとのことだ。


 冒険者ギルドは不明なアイテムの持ち込みも多い。受付嬢として働く人たちは鑑定のスキルが必須だとも言っていた。


 ちなみに実は私も似たようなことは魔法で行えている。魔道具に魔力を通すことで、性質や使い方、効果が頭の中で理論立てて組み立てることができるのだ。もはや頭の中に浮かんでくると言ってもいい。


 もっとも魔道具の仕組みがわかるわけではないので、作ろうと思ったら解析はしなければいけないが。


 そんなことを考えていると鑑定が終わったらしい。受付嬢のセレナが興奮気味に口を開いた。


「ギ、ギルド長! 異界の存在を召喚し使役できるアーティファクトですよ……! 名前はエクリプスの影というようです。まさかこんなものをお目にかかる日が来るなんて思っていませんでした……!」

「なっ、本当か!?」

「はいっ……!」


 ギルド長のガルドが、セレナからアーティファクトを奪い取り、アレクシスと一緒に覗きこむ。


「異界の存在か……勇者召喚の再来だな」

「おいおい、マジかよ。勇者召喚なんて国家の枠に収まるアーティファクトじゃないぞ」


 セシルを馬鹿にしていたアレクシスが、私たちが持ち帰ったアーティファクトを眺めているのが少し気に入らない。しかし、新参者である私は、彼のギルド内での影響力が分かっていない。だから何も言わずに眺めることしかできなかった。


 周囲の冒険者たちも何も言わないし、セシルも不満気な表情はしているが、意義を唱えないということは私の行動はあっているはずだ。おそらく、ギルド内でそれなりに高い地位にあって、ギルド長から認められているのだろう。


 それにしてもアーティファクトも異界の存在を召喚し使役できる、か。たしか800年近く前にあった勇者召喚でも同じようなアーティファクトが使われていた気がする。


 当時から引きこもっていたから、魔王軍と勇者召喚の戦争の結果がどうなったのかは知らない。でも、今の時点で魔王の話を聞かないということは勇者が勝ったんだろうな。


「ルナさん、依頼は達成だ。申し分ない。ありがとう。報酬の神託の水晶ギフトを調べる魔道具だ」


 ギルド長が出してきた透明な球体に、思考がさえぎられて目を奪われる。


 ついにきた。思わず頬が緩む。魔道具が壊れた時はどうなるかと思ったが、これでギフトを調べるのには苦労しなくなるぞ。


「ふん、当然じゃない」


 ルナが乱暴にギルド長から神託の水晶を受け取ると、私に向き直る。


「セラフィナ様……その、どうぞっ!」

「よくやった。ありがとう、ルナ」

「えへ、えへへ……褒めらた……褒められたわっ!」


 ルナは天にも昇るような恍惚こうこつとした表情で、だらしなく頬を緩めている。


 嬉しいのはわかるけど、口からよだれが出てるのはだらしないんじゃないかな。


 その様子にギルド長とアレクシスが、かなり引いているのが伝わる。冷めた目で見ている、と言えばいいんだろうか。


「……ルナさん、すごい喜んでいるところに水を差すのは悪いんだが……本当にこんんなパーティーが良いのか? 俺たちのところに移籍したらもっといい待遇になるんだぜ? 騙されていないか?」


「……アレクシスの言うとおりだ。僕も心配になっていたところだよ。君はセラフィナに騙されているんじゃないのか? アレクシスのパーティーなら勢いもあるしSランク昇格もすぐだろう。これを機に移籍したらどうだ?」


 二人の言葉を聞いたルナが、先ほどとは打って変わり、二人を半眼で睨みつける。明らかに不機嫌になっている。


「アンタたちなんて言った? セラフィナ様が私を騙している? はぁ!? 私がセラフィナ様に自分から仕えてるのよ。セラフィナ様の素晴らしさを知らずに語るんじゃないわっ! アンタらのパーティーなんてお断りよ、お断り!」


 鼻息荒く怒鳴り散らしたルナに、二人は少し引いている。


 私がルナを作ったとはいえ、そこまで思われているのは嬉しい。でももう少し物腰を柔らかく言っても良いんじゃないか?


「そ、そうか。残念だ。なぁ、アレクシス」

「あ、ああ、本当だな。まあそこまで言うなら俺も無理にとは言わんよ」


 ギルド長とアレクシスは顔を見合わせてる。そしてお互いの意思を確認したかのように首を振ってから、ギルド長がつづけた。


「まあルナさんの意思が固そうだし、ルナさんのことは諦めよう。それよりも依頼者へアーティファクトを渡して――」

「ギルド長、ちょっと待ってください」


 何か気になったことがあったのか、セシルが口を挟む。


「……なんだ?」

「ギルド長。私たちの受けた依頼は調査であってアーティファクトを持ち帰ることではないはずですよね? ダンジョン内で見つけたアイテムは、発見者が持ち帰るのが常識です。そのアーティファクトの所有権はパーティーのはずですよ」


「……ギフトなしの無能が頭がよく回る。ああ、確かにお前の言うとおりだ。だがな、このアーティファクトも元々は取ってきてほしいという依頼があったんだ。買い取らせてもらおう。文句はないだろう?」


 セシルに対して……というか私に対してもなのだろうが、どれだけ上からなんだよ。そもそもセシルが言わなかったらアーティファクトをそのまま持ち逃げする気だったのか?


 ルナと私やセシルとの接し方が違いすぎる。人によって立場を変えるとは信用できないやつだ。


「どうだい、ルナさん。買取させてくれないか?」

「うーん、そうね……」


 ルナが私をちらりと見てくる。たぶん指示を仰いでるんだろう。


 持ち逃げしようとしていた上に、人によって立場を変える。そんな奴に勇者召喚すらしかねないアーティファクトを渡せるか?


 答えは否。最悪、私たちに勇者を当ててくるかもしれない。まあ勇者がどれほどの強さなのか分からないが、そんなことになるくらいなら私が管理していたほうがいい。


 私は首を横に振った。


「いやよ」

「……そう、か。まあルナさんが言うなら仕方ない、か。とはいえ、そのアーティファクトは早めに手放しておいた方が良い。それほど強力なアーティファクトともなれば、狙うやからも多い」

「……たしかにそうだな。ギルド長が言うとおり、貴重な魔道具やアーティファクトを狙う連中が、ギルドの周りを嗅ぎまわっているという噂もある。気をつけな」


 ただでさえ信用ならないのに、そんな忠告をされてもな。ギルド長が信頼できないと思うとアレクシスもさらに信頼できないように見えるな。


 ま、アレクシスはセシルを馬鹿にしてた時点で信用ゼロだけど。


「アンタたちセラフィナ様を舐めてるの? セラフィナ様がそんな賊に後れを取るわけないじゃないっ!」


 ルナが反論するが、ギルド長とアレクシスが鼻で笑う。


「ふっ、まあルナさんがどう言おうが構わないが……噂が本当なら気を付けた方が良いのは確かだ。なにしろあの『奈落の瞳』が関わっているという噂もあるからな」


 ギルド長の言葉に私は眉を寄せる。また奈落の瞳、か。盗賊たちに村を襲わせ、こちらではアーティファクトを狙っているのか。なにが狙いなんだ。


 前は村を守ったり盗賊たちを傷つけないように戦う必要があった。でも今回は直接私たちを狙ってくるはず。それならば対策は簡単だ。


 隣でぼそりとルナが呟いて私の思考をさえぎる。


「……へぇ、こんなところにもいるのね……良いじゃない。潰してやるわ……」


 ……ルナ?

 やっぱり奈落の瞳について何か知ってるよね。私が盗賊を捕まえたときも何か知っている風だったし。あとで問いただしてやろう。


「忠告、感謝するわ。ま、奈落の瞳なんてのは私が完膚なきまでに崩壊させてやるから心配は無用よ」


 ルナの言葉を「いつまでも闇組織を追い詰めることができない無能」と言うような挑発として受け取ったのか、ギルド長とアレクシスがピクリと眉をあげる。


 でもルナ。そもそも噂なんだよね。奈落の瞳が関わっている『かも』なんだよ。そもそもルナはなんで奈落の瞳に対抗意識を燃やしすぎじゃない?


 私としては闇の組織とはいえ、ギフトを持っている人がいるだろうから、穏便に行きたいんだけど。


「自信は素晴らしいが、甘く見過ぎないことだ」

「ああ、そうだな。せいぜい気をつけな」


 そういうとギルド長はカウンターの奥へ、そしてアレクシスは仲間たちのもとへと去っていく。


 ルナも二人の言葉の何が気に障ったのか、二人の背中を睨みつける。


 うーん、どういうこと?

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