第13話

 今回の功績でSランク入りしたルナの事務手続きを終えると、私たちはセシルお勧めの宿へと来ていた。


 そして宿に入ったとたん、ルナが口を開く。


「セラフィナ様! 奈落の瞳をつぶしましょう!」

「ええ、ルナさん!? なにがどうなったらそんなことになるんですかっ!?」


 困惑した様子で声を荒げたセシル。だが私はそれよりも先にルナに聞きたいことがあるのだ。


「ルナ、奈落の瞳をつぶす前に聞いておきたいことがある」

「……? なんでしょうか?」

「奈落の瞳について、どこまで知っている?」


 自慢じゃないが私はなにもわからない。けどルナはどうも知っていそうな気配を醸し出していた。


 たぶんルナは私が引きこもっている間にも、外の世界のことを調べていたんだと思う。だから奈落の瞳についても何か思い当たることがあったんだろう。


「え!? えーっと……そうですね。セラフィナ様の知っていることくらいは、私も知っているつもりですけど……」


 沈黙が場を支配した。


 私が知っていることくらいは知っているって、なにも知らないってことなんだけど。そんなことは絶対にありえない。


 もしかして私、試されてる?


 いやいや、でもホムンクルスたちはずっと私に忠誠を勝手に誓ってきていた。そしてルナも同じように忠誠を誓っているはず。それはここまでの旅の中でも、先ほどのギルドでの発言でもわかる。


 でも、もしも外の世界を見たことでその忠誠がおかしいと思い始めていたら……?


 さっきのギルド長とアレクシスの会話は、今の一般常識からすれば正しい判断だと思う。なにしろ、私はギフトなしと判定されたのだ。


「あ、あのセラフィナ様っ!」


 沈黙に耐え切れなくなったルナが声をあげる。


「……なんだ」

「その、申し訳ありませんでしたっ!」


 私はいったい何で謝られているんだろう。それも理解できてないんだけど。たぶん今の私の目は点になってると思う。


 まあルナとセシルがいる手前、表情を引き締めてはいるんだけど目だけ点になってるに違いない。


 謝られてる理由はわからない。でも、その理由を聞くなんて私の立場からしたら絶対に聞けない。つまり、私の回答は……


「よい、気にするな」


 これだ。完璧な受け答え。これなら謝られてる理由はわからなくても問題ない。


「し、しかしセラフィナ様……私自身が許せませんっ! セラフィナ様の計画に私情を挟むなどっ……!」


 私が良いっていってるんだけど!?


 ルナが納得するかしないかじゃなくて、私の意見を聞いてくれ!


 なんて答えればいい?

 私はなんて答えれば謝られてる深い理由を知らずとも回避できるんだろう。ここまででわかってるのは、少なくともルナは私情を挟んでたってこと。それだけだ。


 ……そうだ、ルナの私情を応援するのはどうかな。別に私としてはルナが私情を挟んでいても、男に戻るためのギフトさえ見つかればいい。


 それにもしかしたら、応援することで何をしようとしていたのか、もっと深く聴けるかもしれないし。うん、そうしよう。


「良いと言っているだろう。それよりもルナ、私はむしろその私情とやらを応援してやりたいとすら思っている」

「え……!? お、応援ですか? セラフィナ様の計画には……その、必要がない……と言うことでしょうか?」


 もう訳が分からない。どういうこと!?


 私の計画に必要だったの!?


 私の計画っていったいなんなの!?


 そりゃ、ルナがSランク冒険者として、人脈を広げてくれて、ギフト探しを手伝ってくれたら嬉しいと思うけどさ。今の私の立てれる計画なんてそれくらいなんだけど!?


 どうしよう……計画……計画かぁ。まあ、私がいま立てた即興の計画を進めてくれるように言ってみようかな。


 ほら、ちょっと濁しつつも、前から立ててましたよ風に言っておけば通じ合えるかもしれないし。


「……計画、か。必要か必要でないかと言われれば……あったほうが良いだろう。だが強制したいわけではないのだ」


 ど、どうだっ!

 私の渾身の一撃!


 ルナは目を見開いて驚きを隠せていない。そんなに、そんなに驚かないといけないことなの!?


「……そう、なのですか……」


 でも納得しかけてる。ここは押し通す、私のやり方で道をこじ開けるんだ。


「ああ。ルナが頑張った結果、私に寄与するならそれほど嬉しいことはない。しかし、だ。私はルナの意思も大切にしたいと思っている」


「私の……意思……」


「そうだ。例えば外の世界を見たく、有名になり、そして人脈が広がった結果……目的を達成することができた、というのもなかなか素敵ではないか?」


 ルナの眉間にすごいしわが寄ってる。あれ、そんなに考えるようなことなのかな。うーん、やっぱり私の思っている計画とルナの思っている計画に違いがあるから……まあそうだよね。


「あのぉ……セラフィナさん、ルナさん。私、何の話か全く付いて行けないんですけど、どういうことですか?」


 奇遇だな、セシル。実は私もよくわかってない。これは墓穴ぼけつを掘ったか。ルナだけじゃなくてセシルにも答えを用意しないといけない。


 ルナ、早くセシルに答えてやってくれ。ほんの数秒だったかもしれないが、私には数分に感じられるほど長かった。


「……有名……つまり……そういうことでしたか。セラフィナ様! わかりました! 私は……すべて理解しました」


 ……なんか私の求めていた答えと違うな。なにを理解してしまったんだろうか。その辺りを少し詳しく教えてくれないかな?


「あ、ああ。そういうことだ」

「えっ、セラフィナさん? どういうことなんですか? 私にもわかるように教えてくださいよっ! 私だけ仲間外れなんてひどいです!」


 早く答えろとでもいうように、セシルが目の前に立ちふさがる。この状況はかなり不服であるが、私の背が小さいからゆえに壁が立ちふさがったような気になる。


 それに少し待ってほしい。これからセシルにもわかるように説明する。ルナが。


「ルナ、お前が理解をしてくれたのは嬉しい。だがそれが私の考えていたことと同じか、答え合わせをしようではないか」

「答え合わせ……ですか」

「そうだ。もしルナが勘違いして理解してしまっていては、ルナにやってほしいことも正しく伝わらない。ほら、ルナとエルミナが勘違いして素材を取りに行ってしまった事件、覚えているだろう?」


 あれはたしかルナとエルミナが決定的に仲が悪くなった事件だ。


 事の発端は私があいまいな指示を出して、ルナとエルミナがお互いに「私の命令を無視している」と思い込んだのが原因。


 それが起きたのがおよそ200年ほど前。それから今までルナとエルミナはずっと仲が悪い。


 私も悪かったし、いい加減に仲直りしてほしいところだけど……二人の気持ちを考えると難しいんだろうなぁ。いろんな意味で。


「セラフィナ様の口から、ここでエルミナの話が出るなんて――いえ、まさか、そういうことでしたか……! いつまでも仲たがいをするのではなく……いい加減に協力しろ、とおっしゃいたいのですね」


 あれ、いや違うんだけど?

 私は説明をしてくれって言っただけで、エルミナの話は具体例で出しただけなんだけど?


 まあそりゃ、仲直りしてくれたら嬉しいけど、そうじゃないんだよなぁ。


「非常に、非常に辛くはありますが、エルミナと協力できるように頑張ってみます……! そしてセラフィナ様のお役にっ……!」


 言い終わると私が止める間もなく、ルナは部屋から出て行ってしまった。


 ……なんなんだよ。私は説明してって言ったんだけど?


「セラフィナさん……ルナさんどうしたんですか? それにいつまでも私を仲間外れにしないでくださいよ」

「……仲間外れもなにも私にもわからん」


 セシルの目が点になる。


「えっ、で、でもセラフィナさん、わかってる感じだったじゃないですか」

「それは、そのルナの前でわかってない感じを出すと私の威厳と言うものがだな……」


 いや待て、セシル。その顔はなんだ。愛くるしい小動物を見るような顔で見るんじゃない!


「そうだったんですね。背伸び、してたんですね」

「せのっ、違う! 違うからな!」

「はいはい、セラフィナさんは本当に可愛いですね」

「ええい、頭を撫でるんじゃないっ!」

「良いじゃないですか、ルナさんたちはセラフィナさんをすごい人だって思ってますもんね。それを隠すために威厳を……うう、可愛すぎますっ!」


 ああ、もう!

 ルナが何を考えていたのか聞きたかっただけなのにどうしてこうなったんだっ!


 私はセシルが頭を撫でるのを必死で振り払い続けるしかないのだった。

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