第10話

 セシルが私とルナの方へと、疲れた様子でやってきた。


「やりました……やりましたよ……!!」

「セラフィナ様がせっかく私を頼ってくれたのに……ルナ、もう少しピンチになりなさいよ」

「ルナさん無茶言わないでくださいよ! 私も必死だったんですから!」


 やはりセシルはそれなりに成長していた。それに自信も少し出てきている。私はその様子に嬉しくなり、小さく笑った。


「セシル、やるではないか」

「はい! セラフィナさんのおかげです!」


 私のほうに振り返ったセシルは、満足げに笑っている。ミノタウロスを倒したことでギルドでの出来事も吹っ切れていれば良いんだけどな。


 やや疲労が見えたセシルを案じて、その場で少し休憩をし、再び迷宮内を進み始める。


 魔物が何匹か現れ、自身がついたのかセシルとルナでほふる。するとすぐに三層の階段が現れた。


 三層への階段を降りながら、私は一つ気になったことをセシルへ投げかける。


「セシルは魔法の素質は悪くないようだが、なぜギルドであそこまで馬鹿にされているのだ? ギフトがないからとはいえ少し不可解な気がしてな」

「……それはセラフィナさんがおかしいんです。普通、魔法ってギフトがないと使えないんですよ。それなのに魔力操作を私に教えて――魔法が使えるようにまでなった。だから今の常識ではセラフィナさんこそ非常識なんです」


 少し納得がいった。確かに捕まえた盗賊たちも、誰一人として魔法は使ってこなかった。


 だとすると、今の魔法ってかなり貴重なのかな?


「ふむ……とすると、魔法はそう簡単に使えない、ということか」

「そうですよ! 魔法を使うには魔力操作とか、魔法使い、大魔道といった魔法に関連するギフトを持っていないと普通は使えないんです。だからその常識をくつがえすセラフィナさんはすごいんですよ!」


 すごい、と言われても私は当たり前だと思っていたんだよなぁ。正直、そう言われたところで実感がわかない。まあ魔法は一般的じゃないってことくらいは心にとめておこう。


 気が付けば降りる階段も終わり三層に到達した。


 足をとめ周りを見渡してみると、少し雰囲気が変わったように感じる。たぶんその違和感は壁に古い文字が刻まれているせいだろう。


 警戒しつつ進むものの、魔物の気配が全く感じられない。


「どうやら魔物たちも、セラフィナ様の偉大さが分かったようですねっ!」


 ルナが私に振り返りながら、鼻息荒くそんなことを言ってくる。絶対にちがうと思うけどね。


 私の予想では、おそらくボス部屋が近い。セシルも同じことを思っていたのか、かなり緊張したように見える。


 そして歩いて数分もしないうちに、私の予想が的中したことを示す扉が鎮座していた。インプの顔が二つ付いた、少し悪趣味な石の扉だ。


「ボス部屋、ですかね」


 セシルの声が少し震えている。緊張しているのかな。


「なかなか頑丈そうな扉じゃない。セラフィナ様! セラフィナ様が使う部屋の扉にしたら良さそうではないですか!?」


 悪気のなさそうな声でルナがダンジョン内に木霊するほど大きな声で私に聞いてくる。


 絶対にやらないで欲しい。それ嫌がらせだからね。


「絶対にやらないでくれ。趣味が最悪だ」

「ええ、そうですか? 私は可愛いと思うんですけど」


 ルナが扉についているインプを眺めながら答える。いつからルナの感性は壊れちゃったんだろう。少なくとも500年くらい前は、そんなおかしくなかったと思うんだけど?


「ダメだ、却下。絶対にやるんじゃない」

「そうですかぁ。セラフィナ様が言うなら仕方ないですね……」


 可愛いのに、と呟きながら扉をツンツンしている。インプって悪魔だからね、牙とか生えてるし可愛くないよ。


「そんなに気に入ってるなら自分の部屋の扉にしたらどうだ?」

「え、えええ! そんな恐れ多いですよ! 王! って感じの扉が私の部屋につくなんて……」


 ……理解できない。なんで私はよくてルナの部屋はダメなの?

 そもそも王って感じ微塵も感じないからね。むしろ悪役のボスって感じだよ。


「ルナ、お前の言いたいことは分かったが、この先はおそらくボスがいる。準備はいいか?」

「あ、そうなんですね。私はいつでも大丈夫ですよっ!」

「セシルは大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫です」


 二人の確認をとって、私は扉に手をかける。するとギギギギと音を立てながらゆっくりと扉が開かれた。


 冷たい空気が私たちを包み込み、視界に広がったのは真っ暗な闇。うごめく巨大な影だった。


「なんだ、これは。魔物か?」

「シャドウファントムっ! 闇の最上位モンスターです! まさかこんな三層に出るなんて! そんな魔物じゃないですよ!」


 目の前にあるのは影の塊。形は持たないが、周囲に不気味な魔力を放っている。まるで空気そのものが歪み、暗闇そのものが生き物になっているかのような感覚だ。


 それなりにダンジョンに潜ったことはあった。そんな中でも今まで出会ったことのないタイプかもしれない。口角を少し上げて呟いた。


「少しは楽しめそうだな」


 その言葉に反応して、闇の中で何かが動く気配を感じる。次の瞬間、無音の影たちが私たちに迫ってきた。


 なかなか速い。でも対処できないほどではない。


 私は指先を振り魔力の壁を作り上げる。おそらく魔力の身体を持っているだろう魔物が、魔力の壁に激突すればただではすまないだろう。


 すると予想通り、私の魔力の壁を感知したのかピタリと影が止まる。


「なるほどな。二人とも、私のそばから離れるなよ」

「は、はい!」

「わかりました」


 影の集合体は魔力の壁の隙間すきまを探すように一定の距離を保ちながら、ゆっくりと私たちの周囲を回っている。


 魔物が何周目か、私たちの周りを同じような動きを繰り返す。目の前の獲物が、いつ動き出してもいいように。


 そのとき、不意に影がセシルに向かって襲い掛かった。


 私の魔力の壁に穴はない。もしかしたら魔物がしびれを切らしてアクションを起こしてきたのかもしれない。どちらにせよ、これを見逃さない手はない。


「ルナ」


 短く名前を呼ぶと即座に反応してセシルの前に出る。魔物がルナに向かう。でもそれは悪手だ。魔物はルナの射程範囲へと、自ら飛び込んできたのだ。


「はい! ディストーション!!」


 効果範囲ギリギリでルナが能力を使い1秒の時差を作り出す。その1秒は魔物にとって致命傷になった。


 私は指先を軽くひねり魔物の周りに魔力の檻を作り出す。1秒が経過したときには既に檻の中。閉じ込められたと理解した影が、激しく動きまわった。


「やれやれ、私の魔力だぞ。逃げられるはずがないだろう」


 この程度の魔物の魔力では私の魔力を破ることは絶対にできない。魔力の地力が違う。


 檻を徐々に狭めていくと、影は逃げ場を求めるように激しく暴れた。無数の触手のような影を伸ばしてみるが、折に触れると同時に消滅する。なんの意味もない。


 まあ最後は一思いに消滅させてやるか。


 私はそんなことを思いながら檻の中で魔物を押しつぶすのだった。

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