第5話

 宣言通り、私一人でそっとと草むらから出て、二人の見張りの方へと歩く。音もなく現れたはずの私に見張りはすぐに私に気づいた。


 どうやらボンクラではないようだな。


「おいおい、なんだよ、可愛い姉ちゃんが散歩か?」

「おいおい、べっぴんじゃねえか! へへ、ついてねぇなぁ。こんな森の中じゃ助けも来ないぜ……」


 じろじろと舐めまわすような視線に、下種なセリフ。気持ち悪いな。

 しかしこんなやつらでも、私の求めるギフトを持っている可能性がある以上、死なせるわけにはいかない。


 私が足をならしたとたん、地面から生えるように檻が現れ、逃げる間もなく二人を閉じ込めた。


「な!? なんだこりゃ!?」

「おい! ふざけんな! どうなってやがる!? 出しやがれ!」


 ずいぶんと煩い。このままでは私の存在がバレるのも時間の問題か。

 ならここはやはり眠っておいてもらおう。


 私は静かに二人に魔法をかけると崩れ落ちるように眠りに落ちた。

 これくらいの人数なら、わざわざアーティファクトを使うまでもない。


「さすがセラフィナ様ですっ!」

「……やっぱりすごい……」


 様子を見ていたルナとセシルが草むらから、にょきにょきと生えて私に近付いてきた。


「話は後にしろ。行くぞ」


 見張りの交代時間でバレる可能性もある。こういうときは手早く行くべきだ。

 私は短く二人に伝えると、中へと入っていく。


 中には見張りらしい見張りがいない。どうやら見張りはあの二人だけだったらしい。


 最奥へと進むと、松明でほんのりと明るい中で、盗賊たちが集まっていた。しかしどうにも様子がおかしい。何をするわけでもないのだが、どうにも落ち着きがないように見える。


 なんだろう、なにかを待っているのかな?

 そんなことを思っていると、盗賊団の中でもひときわ巨漢な男が怒鳴り散らし始めた。


「おせえ……! あいつら何してやがる!? 十分な人数で行ったはずだろ!?」


 あいつが親玉かな?

 怒鳴り声で周りの連中も怯えてる。


「クソが! このままじゃ俺らも命がねぇ……! やはり一気に行くべきだったぜ……! このままじゃの連中が俺らを殺しに来る……!」


 奈落の瞳?

 私は引きこもっていたのでまったく聞き覚えがないけど、盗賊団も世知辛いんだな、ということはわかった。


 かなり切羽詰まってるらしい。


 そんなことを考えていると、ルナが何かを知っているかのように呟いた。


「……そういうことだったんだ」

「ルナ、なにか知っているのか?」

「…………………………いえ、なにも知りません、セラフィナ様」


 いや、その間はおかしいんじゃない?

 絶対なにか考えてたよね。


「セラフィナ様、あの村を襲うなんて許せません。ここは一気に壊滅! 一網打尽に捕まえてやりましょう!」

「最初からそのつもりだが」


 私はそこで言葉を切った。

 さっきまでルナの機嫌があまり良くなかったのに、盗賊団の話を聞いてからやたらと上機嫌なのは絶対になにかある。


「さあ、行きますよ! セラフィナ様!」

「なっ、ま、待てルナ!」


 私が問いただす前にルナが盗賊団の前におどり出て行った。


 せっかくここまで見張りにバレずに来たというのに。これじゃ何のためにバレずに潜入したんだよ。ちょっと考えて欲しい。


 私がルナに与えた能力は補助向き。戦闘向きじゃない。一人で集中砲火を受けてはルナもただじゃすまないかもしれない。

 仕方なく私も、盗賊団の前に出て行く。


「な!? 誰だ!? 見張りはどうした!? か!? まさかもう殺しに来たってのか!?」


 盗賊の親玉が怯えるような目で私たちを見る。まあ私は奈落の瞳なんて知らないから、そんな目で見られても困るんだけどね。


 とはいえ相手が勘違いしてくれて固まっているなら、これほど楽なことはない。先手必勝って言うしね。私は瞬く間に盗賊たちを閉じ込めていく。


 しかし怒鳴り散らしていた盗賊の親玉らしい巨漢の男はそうもいかなかった。すぐに気を取り直したのか、意外にも素早い動きで私の魔法を避ける。


「クソッたれ! だがな! そんなスピードじゃ俺を捕らえられねぇぜ!!」

「そのようだな」

「良い気になってんじゃねえぞ! てめぇの魔法のスピードは見切った! どうやらが出てこねぇなら、奈落の瞳も大したことがねぇんだなぁ!? 二人とも俺の慰み者にしてやるから覚悟しなぁ!!!」


 巨漢男が脇に置いてあった巨大な剣を拾い上げ、振り下ろす。剣から放たれる魔力の波動が一瞬、空間を震わせる。


 早い。巨漢ながら私の魔法を避けるだけある。そのまま受け止めるのはちょっと痛いかもしれない。自分から痛いことをしに行くほど変態ではないので、避けられる痛みは避けたい。


 私はルナを呼ぶ。


「ルナ」

「はい! セラフィナ様!」


 ルナがまるで私の盾になるように前に出る。でもこの位置こそ、彼女の魔法がもっとも強力に作用する位置。

 私がルナに与えた固有能力。それは時間操作。


 ルナが手を前に出して叫ぶ。


「ディストーション!」


 巨漢男の動きが鈍る。剣がゆっくりと空を裂き、私は顔の数センチ前で軌道を変える。


 ——1秒。


 剣の勢いが戻り、地面に激突する音が響くと、深くえぐれ、破片が舞い上がる。


「なかなかの威力だな」

「な……なんだ!? 今のは……!!」

「大したことではない。1秒間、時間を遅らせた。それだけだ」

「……は……?」


 巨漢男が口を開けている。


 初めて時間操作を受けたら、確かに驚きもするだろう。でもこの能力、汎用性は高いが、効果時間も1秒と短く、ホムンクルスたちの能力の中ではそこまで凄い方じゃない。


「そ……そんなことあり得るはずがねぇ……!!! なんかの間違いだ!!! クソが!!!」


 巨漢男が否定の言葉を全て剣に乗せて振り下ろす。


「何度やっても同じ! ディストーション!」


 ルナが再び手を前に出して叫ぶと巨漢男だけ、まるで世界から切り離したかのように遅くなる。


 そして私はゆっくりと、剣の軌道を変えた後に彼の魔力をかき乱す。


 ——1秒。


「おいおい、俺には効かね……な!? なんだ……力が……抜ける……?」


 無意識なのか、魔力を練りこみ直そうとしてくるのが伝わってくる。だが相手が悪い。外部から魔力を乱されるのが辛くなってきたのか、片膝をつき始めた。


 魔力を他の人に乱される、というのはかなり辛いはず。この巨漢男はなかなか根性があると思う。


「クソ! 何をしやがった!? ふざけるな!! 俺は、こんなところで……!」


 最後の一撃、とばかりに片膝をついた状態で剣を再び振り上げるが、巨大な剣の重みに耐えられなかったのか。

 巨大な剣を落とし――音が虚しく洞窟内に広がる。


 これで終わりかな。でも魔力を乱していたのに抵抗するとはとは思ってもみなかった。


 私は賞賛の意味を込めて、目の前まで出向いて声をかける。


「魔力をかき乱されながらも、ここまで抵抗するとは。筋は悪くなかった」


 表情が畏怖いふと絶望に染まる。


 うん? なんか変なことを言ったかな?


「まさか……魔力を直接かき乱すなんて、英雄譚えいゆうたんに出てくる伝説の魔法使いぐらいしかできないはずだ! 不可能だ! 俺だって剣に魔力を込める程度はできるが、そういう次元じゃねえ……!」


 不可能だ、と言われてもね。現に私はやっているし、そもそも難しい技術だったっけ。

 それとも私の感覚がおかしいのかな。500年という年月がそんな感覚にさせているのかもしれない。


「ふむ……まあ英雄になったつもりはないが、現にお前は魔力を練れていないだろう? わからないか?」

「……だまれ……! そんなはずねぇんだ……!」


 まだ立ち上がろうとする巨漢男の精神力に拍手したくなった。


 でも大人しくして欲しい私としては、今その精神力を発揮されるのは厄介だ。


 どうすれば良いかなぁ。魔力は知っているようだけど……魔法の心得があるかは怪しい。なにしろ一度も魔法を使ってきていないのだ。


 うーん、どうすれば黙らせられるかなぁ……わかりやすいのは視覚的に恐怖を覚えさせること。安全かつインパクトがある……そうか。


 一つの結論に思い至った私はトントン、と二回地面をならす。すると背後に無数のゴーレムが創られる。


 無数のゴーレムが現れて恐怖する盗賊たちを前に、私はゴーレムの一体に命令を下す。するとゴーレムが壁を強く殴る。するとまるで洞窟自体が揺れているかのような巨大な振動が生まれた。


「や、やめろ! やめてくれ! 生き埋めにするつもりか……!? それにこのゴーレムの量……な、なんなんだ、おまえは……!」


 生き埋めか、それも悪くないかもしれない。それにしても、巨漢男もなんか額に汗浮かべてるし予想以上に怖がってない?


 まあ大人しくなってくれるなら良いんだけどさ。


「私かね? 私はしがない旅人さ。それよりも、男。これ以上逆らうのであればお望み通り生き埋めでもいい。さて、どうする?」

「わ、わかった! わかったからやめてくれ! 降参だ」


 こうして巨漢男を檻に閉じ込め――ウィロウ村を執拗しつように襲っていた盗賊団を壊滅させたのだった。

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