第4話

「セシル! セラフィナ様に近付きすぎなのよ!」


 盗賊のアジトへ向かっている道中、ルナがわめきだした。

 なんでこんなことになってるわけ?


 たしかにセシルは私に強くなりたい、と教えを乞うために近付いてきていたけど……そんなに神経質になる必要はないんじゃない?


 だいたい、そんなことを言うルナも横にぴったりとくっついて歩いているから、私はだいぶ歩くのに苦労してるんだけどね。


 人のことばかり言ってないで自分のこともちゃんと見て欲しい。


「なっ、ルナさん、人のこと言えるんですか? セラフィナさん歩きにくそうですよ?」


 それはセシルも同じなんだけどね。私がそのことを指摘する前にルナが反論する。


「それはアンタも同じでしょ! だいたいアンタはね、あのイケ好かないヴァンパイアと同じ匂いを感じるのよ! あいつは今、別の任務で外に出てるから独り占めできるチャンスだと思ったのに! アンタさえいなければ……」


 そこまで言ったところで、頭を叩いた。


 ルナが必死になって私についてきたかった理由は分かった。完全に私情である。もはや疑う余地もないくらい私情だ。


 たしかにルナとエルミナはいつも喧嘩していたし、仲がいい方だとは思っていなかったけど、まさかここまでだったとは思わなかった。


「あいたっ、セラフィナ様!? なんで叩くのですか!?」


 なんで、じゃないよね。わかってるよね?


「セシルはギフトを教えてくれ、調査にも協力してくれているだろう。対してルナはどうだ?」

「……う、それは……そうですけど……でも! セラフィナ様のことを馴れ馴れしく呼びすぎです! 許せません!」

「セシルは客人でもあるんだ。それに私はルナもセシルのように接してくれた方が嬉しいんだがな」


 ホムンクルスたちは勘違いしてるけど、私はそもそも、威厳をたもてと言われても難しい。

 今までは研究で引きこもってたからなんとかなったけど、外に出るようになった今、どこでボロがでるかわかったもんじゃない。


 だから意識改革ができるなら今のうちに……


「そ、そんな……セラフィナ様にそのような態度は滅相もありません……!」


 無理そうだ。まあ長年しみついてしまってるし、もうしょうがないか。


「ならば、ルナ。セシルは客人でもある。少しは見逃してやれ」

「うう……わかりました……」


 まあこの辺りが妥協点か。ルナが納得しても他のホムンクルスたちが納得できないかもしれないし。


 私はルナをたしなめ終えたので、今度はセシルに向き直る。


「さて、セシルは強くなりたい、だったな」

「はい、そうです。私は強くなって……見返してやりたいんです」

「見返す?」

「はい」


 セシルの眼の奥には燃えるような何かが眠っているような気がした。私はセシルの何かを知りたいという気はいまのところないが、少なくとも借りはあると思っている。


 ギフトの可能性を提示し、さらに私が案内してくれ、ということに対して素直に従ってくれた。


 それなら私もセシルに誠意を見せた方がいいと思う。これは交換条件。

 最初は面倒だと思ったけど、なにかを教えてもらって、セシルになにもしてあげない、というほど私も薄情はくじょうじゃない。


「わかった、良いだろう。私が鍛えてやる」

「え! セラフィナさん、本当ですか!?」


 興奮した様子でセシルが近づいてきて、その豊満な胸が私の貧相な胸に当たる。近すぎる。

 男のときだったら嬉しかったかも知れないが、女になって500年近く――なにも感じないのが悲しい。


「ああ、君には借りがある。もっとも私がどこまで期待に応えられるかはわからないがな」

「や、やった……! ありがとうございます!」


 よほど嬉しかったのか、私に力強く抱き着いてきた。

 苦しい……。ホムンクルスたちは、私に敬意を払ってか、そこまで強く抱き着いてくるということはなかった。


「こ、この……セシル!? アンタくっつきすぎよ!」

「良いじゃないですか。小さくて可愛いセラフィナさんは、ルナさんが独占していいものないと思うんです」

「なっ、ち、ちいさ……」


 絶句した。今の私が性別をのぞいて、もっとも気にしていること。それは背の高さだ。

 なんと、私は小さい。それもかなり小さいほうだ。ルナはホムンクルスたちの中では小さい方だが、それでもルナの頭に手を乗せようとすると背伸びをしないといけない。


 そしてセシルはルナよりも少し背が高い。つまり――私はセシルの頭には手が届かないくらいには小さい。


 男だった時代はむしろ背が高かった方だと思う。だから余計に背が低いことに対して引け目を感じ、気にしてしまうのだ。


「いきなり現れたアンタに独占がどうこうなんて言われる筋合いはないわ! だいたい、小さくて可愛いなんてセラフィナ様なのだから当然よ!」


 うすうす気づいていたけどやっぱりそんな風に思っていたのか。敬っているはずの私の頭を撫でたがるのものだから、気づかない方がおかしい。


「でもルナさん、私はセラフィナさんから客人だと言われていますよ? 少しくらい小さくて可愛いセラフィナさんを私にも……」


 このっ、気にしていることを何度も何度も。


「ええい、お前たち! 私を小さい小さい言うんじゃない!」

「で、でもセラフィナ様の可愛らしさはそこもポイントかと……」

「セラフィナさん、小さいの気にしていたんですね。そこも可愛いですね」

「だまれ! うるさい! 私を小さいと言うな! セシル、そんなに言うならなにも教えないからな! それからルナ! お前も帰ってもらうからなっ!」


 そう宣言すると、ようやく二人は静かになったのだった。







 そんな道中もありつつ、ようやくアジトにたどり着いた私たちは、アジトの入り口が見える草陰に隠れていた。


 なぜアジトが分かったのか、それは簡単だ。ここがアジトですよ、とでも主張するかのように見張りが二人もいたからだ。


 これなら正面突破でも問題なさそうだな、と思っていると先ほどまで私を小さい小さいと楽しそうに言っていたセシルが目を伏せている。


 どうにも先ほどと違い元気がない。私に小さいと言っていたことに対して反省したのかな?


「あの……やっぱり私も行かないとダメですよね……?」


 少しは反省してほしいところだが、小さくない私はセシルから理由を聞き出す。


「セシル? なにかあるのか?」

「……その……私はギフトも持っていないですし、冒険者としても最低ランクなので……今のままでは足手まといかなって」

「ふーん。引き際が分かっているわね、セシル。分相応で相応しいわ。あなたは待機よ。さあ、セラフィナ様、私と一緒に乗り込みましょう!」


 本人が気にしていることに塩を塗り込むようなことをするんじゃない。私はそんな思いをこめてルナの頭をぺし、っと叩いた。


 さっきまでやられていた小さいと言われていたとはいえ、私は意趣返いしゅがえしをするようなおとこじゃない。


「セラフィナ様!?」


 ルナの言葉を無視してセシルに語りかける。


「セシル、お前が引け目を感じていることは分かった。だがそれをどうにかしたいという思いで私を尋ねてきたのだろう。そこまでしたのだ、ここは逃げるべき時ではない。私と共に来い」

「そう……ですね。わかりました」


 私の思いにセシルは納得したように頷いた。私を探してまで強くなりたいと思ったのだ。セシルの思いはきっと本物だ。


 私はセシルに少し微笑んで、


「よし、では行くぞ」

「え、え? 行くって?」


 セシルの驚いた声に、


「決まってるだろう。正面突破だ」


 そう告げた。

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