第3話

 私が手をかざすと、放たれた魔力が空気を裂き、まるで嵐が村全体を飲み込むように広がっていった。

 またたく間に、空が暗雲におおわれ、雷鳴らいめいが響き渡る。


 その光景に盗賊たちが、恐怖で目をみひらく。


「ああ、セラフィナ様! 偉大なるお方の魔法が見れるなんて……!」

「す……すごい……」


 あれ、これで凄いんだったかな。たしかにかなり魔力を注ぎ込んではいたけど、驚くほどかな?

 500年ぶりで、加減がよく分からなくなってるみたいだ。


 少し冷静になって周囲を見渡してみると、みんな私の魔法を見て固まってる。それならこの魔法を放ってしまっては、もしかしてかなりまずいのでは?

 盗賊とはいえ、私の求めるギフトを持っている者がいるかもしれないからね。


 考えた末、私は一つの結論に達した。


「死にたいものは前に出ろ」


 これだ。

 これなら誰も傷つける必要はないはず。


「逃げたヤツは殺す!!」


 あれぇ? 思ってたのとかなり違うなぁ。

 なんでリーダーは、わざわざ退路を断つようなことを言うの?

 私は逃げてもいいと思うんだよね。いのちをだいじに。


「俺たちに逃げ場はねぇ! わかってるはずだろ!?」

「……私としては死なれては困る。君たちが貴重なギフトになり得るかもしれないからな」

「だまれ!! 俺たちの命はのモンだ!」


 そういった瞬間に、おたけびを上げ、全員が突っ込んできた。


 みんな固まってたのに、どういうこと!?

 が誰なのか分からないけど、死ぬよりも怖いってこと!?


 そんな風に思うものの、盗賊たちは私を目掛けて、どんどん迫ってくる。

 どうする? どうしよう!

 このまま魔法を放つわけにもいかないし……そうだ!


 私は嵐を消して、代わりに地面をあやつり、盗賊たちに個室の檻をプレゼントしてやった。

 突如、現れた檻に一瞬でとらわれる盗賊たち。


 ふ、これなら同室で殺し合いなんてこともないし完璧じゃないか?


「てめぇ!! この程度で俺たちを捕まえた気になってんじゃねえぞ!」


 逃げ場がない、と言っていた盗賊のリーダーだけは、やっぱり威勢がいい。私の作った土の柱を握りしめて吠えている。


 なんか手に黒いシミみたいなのが付いているけど……うん、あれは魔方陣じゃなさそうだから平気なようだ。


 さて死なれては困る、という理由で捕えてみたものの、ギフトの調べ方はまったく分からない。

 聞くしかないかな。でも、この状況で答えてくれるかな?


 そんなことを考えていると、ふと周囲の静けさに気づいた。

 いつの間にか、村人たちの視線が私に集中している。

 しかもその表情には、驚きと畏怖が混じっているような……?


「す、すごいぞ!! 村の希望だ!!」

「伝説の魔導士様か!?」

「救世主様!!!」


 村中が歓声に沸きあがる。


 ……やりすぎた?

 私にとっては、普通のことだと思ったんだけどな。

 この歓声……どうやってこの場を収めよう。


 そんなことを思っていると、ガルシウスが、私を囲んでいた男たちと共にやってくる。


「セ、セラフィナさん……本当にすみませんでした。俺たち、疑って……でも、村を救ってくださって、本当にありがとうございます!」


 私たちに槍を向けていた男たちが、敬語で次々と謝ってくる。

 そして、その最後にガルシウスが口を開いた。


「セラフィナ……いや、セラフィナさん……俺は、見誤っていたよ……単なる女の子って思っていた……でも違ったんだな」


 ガルシウスまでなんだか、余計に物腰が柔らかくなっている。

 しかも、「さん」って。

 もうちょっと堅苦しくない感じで接して欲しいんだけどな。


 そう思っていると、ガルシウスは決意した様子で再び口を開く。


「……セラフィナさんの実力を見込んで……折り入って相談があるんだ」

「なんだ?」

「こいつらは……まだ全員じゃない。残りの盗賊団がいるんだ。どうか……討伐をお願いできないだろうか。さっきも言ったが、この村は執拗に盗賊団に狙われていて、俺たちのような傭兵崩れの冒険者が守っているが、もう限界なんだ」


 たしかに盗賊団に執拗に狙われてるって言ってたね。

 別に行くのは悪くない。残りの盗賊団も捕まえれば、余計な殺し合いが発生しなくなる。

 つまりギフトの保護につながるのだ。

 うーん、でもそうなると捕らえた盗賊たちをどうしようかなぁ。


「それは構わない。しかし、こいつらはどうする?」

「できれば……この檻を維持したままにしておいて欲しい。それなら俺達でも見張ってられる」


 確かに今の状況を見る限りでは、そうかもしれない。

 私の作った檻がびくともしないことを悟ったのか、ずいぶんと静かになっている。


 でも、それだけじゃ確実に安全を確保したとは言い切れない。

 盗賊団はまだ武器を持っているし、実は力を隠し持っていて魔法のような遠隔で攻撃する手段を持っていました、なんてのもあるかもしれない。


 ギフトを調べる前に死なれるのは、すごく困るのだ。


「それだけでは安心できないな」


 そう言って私は空間魔法を使い、小さなクリスタルを取り出す。


「な!? アイテムボックスか!?」


 空間魔法で倉庫とつなげただけ、なんだけど……アイテムボックスってなに?

 知らない単語が次々と出てくるね、本当に。時の流れって恐ろしい。


「……何を取り出したんだ?」

「これは私が昔作った静謐せいひつの結界石」

「な、なんだって?」


 よくわかっていないようで、私に聞き返してくる。

 もっと簡単に言わないとわからないのかな?


「アーティファクトだ。これを設置し、結界を張る」

「アーティファクト!? 待ってくれ、アーティファクトだと!? たった一つで一国の運命を左右するとも言われている代物だぞ!? それにアーティファクトと言えば……失われた古代の遺物――ダンジョンの奥深くにしか眠っていないとされていたのに……それを作っただと……?」


 え、今ってそんな状況なの?

 アーティファクトを作るって、そんな大したことじゃなかったような……。

 昔は普通……いや、そういえば作っていたのは私くらいだったかもしれない。


 でもダンジョンの奥深くに眠るようなアーディファクトほど静謐せいひつの結界石は凄くはない。


「大げさなものじゃない。これから張る結界の中では魔法が使えなくなり、強制的に冷静な状態にさせるだけ。今の状況にはぴったりじゃないか?」

「な……!? そんなものを……!?」


 そんなに驚く?

 そりゃ、一国を滅ぼすような強力なアーディファクトならわかるけど、これはせいぜい、村一つを包み込むのが限界なんだけどなぁ。


 ともかく私は盗賊たちの戦意を完全に削ぐために、静謐せいひつの結界石を地面に置いた。そして静かに魔力を注ぎ込む。


 すると、石が青白く光り始め、まるで村全体を包み込むかのように、静謐せいひつの結界が広がっていく。


 村全体を包み込んだ青白い光は、次第に濃さを変え、特に濃いものは一つ一つ丁寧に檻を包み込んだ。


「よし、これで良いだろう」

「……君は……君たちはいったい何者なんだ……!?」

「言ったでしょう! セラフィナ様は偉大なお方。魔力は世界を揺るがし、英知はアーティファクトを司る。全てを超越する至高のお方なのです。セラフィナ様に敵う者など、この世に存在しません!」


 待っていました、とばかりに、ルナは目を輝かせ、興奮気味に続ける。


「そして、今あなたたちが目にしているのは、その力のほんの一部。セラフィナ様は、我々にとっての光であり、世界を変えるお方なんです!」


 ……ここぞとばかりに、あることないこと吹き込まないで欲しいんだけど。


「ルナ?」

「あ……いえ、その……褒められていたのでつい」


 ルナが褒められたわけじゃないよね。


「まあルナがそこまで言いたい気持ちは、俺もわかった気がするよ」

「そうでしょう!?」


 ええ、さっきまでのガルシウスなら苦笑いで流してたよね!?

 なんで、そんな肯定的なわけ!?


 私がそんなことを心の中で叫んでいると、ガルシウスは改めて私に向き直る。


「セラフィナさん……盗賊団のこと、お願いします」


 そうしてガルシウスが頭を下げてきたのだった。

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