「空室あり(a Vacancy)」

八幡ヒビキ

あるダンジョン管理者の悩み

 私はこのダンジョンを管理する魔道士である。


 名前は忘れた。


 私はもう何年も何十年もこのダンジョンを管理しているのだが、管理している内に己というものが徐々になくなり、ただひたすらこのダンジョンを管理するだけの存在になってしまった、というわけだ。


 私が管理しているダンジョンは19x19でMAP記述でき、地下10階までしかない老舗中の老舗のダンジョンなのだが、最近のダンジョンと比べるといかにシンプルかお分かりいただけるだろう。それ故に配置するモンスターには遭遇頻度と戦闘力に、絶妙なバランス感覚が必要なのである。そうでなければ冒険者に飽きられてしまう。しかしこりすぎてはならない。何故なら私の理想は噛んでも噛んでも味があるスルメのようなダンジョンである。また、そういうダンジョンが結果的に実時間で、媒体を変えながら何十年と長生きするものなのである。


 閑話休題。


 地下1階に配備したのは「にんげんがたのいきもの」「オーク」「コボルド」である。ダンジョンの地下1階は冒険者なりたてほやほやも来るし、ある程度のベテラン――少人数編成の探索隊も来る。こういう戦力が見極められない相手には、シンプルだが、それなりにしか脅威にならないモンスターがとても大切だ。しかもやられてもやられても補充が楽な存在がいい。そんな意味ではオーク、コボルドは最適だ。冥王の軍団から1体や2体くすねてきたって何の影響もないし、魔法で連れてこられた本人たちもけろっとしているのがいい。にんげんがたのいきものもまた、適当にバクチや酒で身を持ち崩して、カタギでない人たちから追われるようになったクズどもはどんな街でも一定数発生する。そんな連中に声をかければすぐに集まってくるのだ。戦力的にも素人ではないが、冒険者がそうそう後れを取るものでもない。死んでも人間のクズが消えるだけなので有効利用していると表彰されてもいいくらいだと思っている。


 いや、そもそもここの街、私が管理するダンジョンのお陰で、けっこうな恩恵を受けて潤ってるよね。やっぱりなんか変だ。私、もっとうやまわれてもいいかもしんない。


 再び閑話休題。


 しかしながら、そいつらだけでは地下1階とはいえ、ダンジョンは成り立たない。その程度のレベルのモンスターとの戦闘で得られる経験はたかが知れている。ひたすらオークとコボルドと人間のくずを殺して殺して殺しまくるのが好きなごく一部のマニアを除き、早く地下2階に行きたいものなのだ。しかし地下2階は地下2階で、それなりに戦闘力があるモンスターを配備しなければならない。何故ならこのダンジョンはたったの地下10階までしかないから。


 このジレンマをどうにか解消できないか――と私はテスト段階で考えた。


 そして最終的には長年空き部屋だった地下1階の部屋に私は目を付けた。


 具体的には東に13・北に5の部屋である。



☆ ☆ ☆



『全世界の“マーフィ”氏に告ぐ。お引っ越ししませんか? 無料の空き部屋あります』


 我が名もマーフィ。失業して早1年。そろそろ貯金が尽きてきたところである。


 もう仕事をするのも生きるのもイヤになり、アパートに引きこもっていたのだが、ついにそんな夢のような空間からおさらばしなければならない時期が近づいていた。どうぜこんな人生に明るい未来があるわけでなし、最後は自分の頭を拳銃で撃ち抜けばいいと思っていた私にとって、そんな詐欺メールをクリックすることに何のためらいもなかった。なにせ取られる金はないのだ。


 興味本位というのもあった。なにしろ見たことも聞いたこともない詐欺メールだ。クレジットカードやアマゾン、アップルストアの支払いの問題でもなければ、登録内容の確認でもないのだ。しかもマーフィと名指ししている。


 一体、この詐欺メールは何を意図しているのだろう。


 私はメールをクリックし、内容を読んでみた。メールの送り主が記すには、自分が管理している物件に空き部屋があり、不法侵入者に悩まされているので、とりあえず入居させて、不法侵入者よけしたいのだが、その空き部屋は地下1階というあまりよろしくない物件で、入居者が見つからない、というものだった。


 無料でいいので、半年ほど住んでみないか、と締めくくられていた。転居費用もだしてくれるらしい。まだアパートの家賃は払っているので不動産所有者の手の込んだ強制退去でもない。さっぱりわからない。


 それでまた何故にこれが全世界のマーフィ氏宛なのかはわからない。マーフィの法則という本に影響を受けたのかもしれない。起こることは彼の前では必ず起きるというあれだ。そのマーフィの名を持つ私はかつて大変迷惑したものだ。


 どうせ死のうと考えていたのだ――どんな返答があるか興味本位で私はメール本文のリンクをクリックし、資料を取り寄せて、記入、返信した。


 すると数日後、やけにガタイがよく、顔色が悪い引っ越し屋の連中が現れ、荷物の梱包から運び出しまで全て済ませ、俺、マーフィは引っ越し屋のトラックに乗って、不思議な物件に転居した。


 その物件は駅地下雑居ビルの地下1階にあった。


 割と大きなビルで、物件の空き部屋も広かった。ただ、大きな彫像が1体、そして常にどこからかお香が炊かれ、やや煙たかった。しかしこの物件が無料というのであれば、まだしばらく引きこもり生活ができるというものだった。


 やけにガタイのいい引っ越し屋連中はすぐに消えた。


 不思議なことばかりだが、人生を捨てた自分にはどうでもいいことだ。PCの前に座り、傍らに拳銃を置き、再び引きこもり生活に戻った。


 お腹は減らない。眠くもならない。不思議なことばかりだが、お香のせいか、俺は正常に物事が考えられなくなっていた。


 おそらく数日はこの部屋で過ごしたのだろう。


 ついにメールにあった不法侵入者が、この部屋にやってきた。


 扉の鍵はかけていたはずなのに、不法侵入者どもは易々と扉を開けて、中になだれ込み、剣を振り上げて俺を襲ってきた。


 剣?


 俺は傍らの拳銃を手にしたが、不法侵入者どもの様子を理解するに至り、驚きのあまり乱射し、弾倉はすぐに空になってしまった。


 不法侵入者どもはファンタジー世界の鎧を身にまとい、武器を手にした総勢6人。


 俺みたいな一般人を相手にしても油断することなく、俺の脳天に剣を突き立て、俺は息絶えた。



☆ ☆ ☆



 マーフィ。

 

 起こることは必ず起きてしまう不遇の男。


 マーフィとは古アイルランド語で“海の戦士”を意味する。マーフィの名には未だその加護があり、我がダンジョンで冒険者どもに供する生け贄にはちょうどよかった。


 オークやコボルドと比べて、段違いで経験を稼ぐことができる。


 さてさて。今度のマーフィはさっそく倒されてしまった。また次のマーフィを誘い出し、この空き部屋に入って貰わなければ。


 このダンジョンに冒険者が来なければ、そのうち忘れ去られてしまう。


 こんなことを続けて、早、43年が過ぎた。


 1981年にAplleⅡという世界ハードウェアで生まれたこのダンジョンを次の世代、また次の世代に伝えていくという崇高な任務を私は背負っている。


 我は我が名を思い出した。


 我が名は“ワードナー”。


 悪の魔術師が嚆矢。


 狂王の試練場の主である。


 様々な世界ハードウェアにダンジョンを発生させて40年以上。


 まだまだ私のダンジョンは現役であり続けるのである。





 


 

 

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「空室あり(a Vacancy)」 八幡ヒビキ @vainakaripapa

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