第81話 メア王女の説得

 俺達がグレイロードに帰る道中、シエラにご褒美ご褒美とめっちゃ詰め寄られていた。

 そして、その騒ぎを聞きつけたアーシャがシエラを引っ張っていくという日常だった。


 カゴリア公爵はじっと黙っていて、前の時のようには騒がなかった。


「やっと着いたか……」

「ダーリン。頑張ったんだから……ね? そろそろいいじゃない」

「いや、これから大事な話し合いだから……」

「じゃあ今夜……「シエラ?」


 俺に腕をからませていたシエラの背後から声がする。


 その声の主は当然アーシャだ。


「ユマ様の邪魔をしちゃダメ。行く」

「わ、分かったわよ。だからドレスの裾を握らないで? 破れるから」

「早くいく」

「わかったって!」


 という感じで引きづられていくのだ。


「まぁ……今はカゴリア公爵の話が先か」


 俺はそう呟いて、父上に報告に行く。

 メンバーは俺とシュウだけで、父上の執務室には父上とメア王女だけがいた。


「父上、ただいま戻りました」

「よくやったユマ。お前のおかげでこれ以上グレイル領に喧嘩を売るものはいないだろう。それに無事で帰ってきてくれて、本当にうれしい」


 父上は以前にも増してやつれた笑みを浮かべる。


「はい。父上が治めてくれるからこそ、俺が自由に振舞えるのです」

「そんなことはない。ユマならば、もっと早い段階で手を打てていたと私は思っている」

「そんなことは……」


 父上はそう俺をほめてくれるが、そんなことはないだろうと思う。


「さて、話は変わるが、カゴリア公爵はどうしている?」

「馬車に乗ってもらっています。先に話し合いの着地点を決めておこうと思いまして」

「さすがユマだ。だが、今回のこと。メア殿下に任せていいだろうか?」

「メア殿下に?」


 俺は驚いて彼女の方を見る。


 彼女は妖艶な笑みを浮かべて、ゆっくりと頷く。


「はい。わたくしに任せていただければ、全ていいようにしてみせましょう」

「本当か?」

「ええ、疑うのであれば、ユマ様でも、シュウでも先にカゴリア公爵とお話されるといいでしょう」

「ほう」


 そこまで自信があるのであれば、任せてもいいかもしれない。

 ただ、シュウのためにも、練習させようとは思う。

 ミスったらまたベルトでも斬ればいい。


「シュウ、先に一度話してカゴリア公爵を説得しろ」

「わかりました。内容としては、戦の戦費保障。カゴリア公爵とのこちらが有利になる貿易と同盟の締結。さらに、今後10年間はグレイル領への兵士の貸与。さらに言うなれば、カゴリア公爵自身をここに留まらせる。ということをして、こちらの選任で代官を選べたら……ということくらいでしょうか?」

「そこまでできたら完璧だな」


 戦で勝ったとはいえ、ここまで飲ませるのは流石に厳しいだろう。



 俺達がそんな話をして、すぐにカゴリア公爵を呼ぶ。

 彼以外に追加のメンバーはなしだ。


 彼は部屋に入ってきて、真っ先にソファに座る。


「さて、今回の戦について……講和をしてやってもいい」

「あ?」

「ひっ! ユ、ユマ・グレイル! 僕はカゴリア公爵なんだぞ! その僕に歯向かって無事で済むと」

「またハルバードを切れ味を思い出したいか?」


 俺はそう言って脅すけれど、彼は足を振るわせるばかりで頷かない。


 それどころか、誰かに吹き込まれたのか言い返してくる。


「僕が死んだら僕の弟が後を継ぐ! そして、僕の弟であれば必ず僕の復讐を果たしてくれるさ! だが、今回はお互い痛み分けということで、無条件での講和を結んでやると言っているのだ!」


 こいつ……。

 カスだと思っていたけれど、割と状況が見えている。

 本当にそんなことをしたら、こいつもカゴリア騎士団長も助からない。

 でも、そのあとに俺達としても彼の領地に兵を派遣する余裕はないからだ。

 そんなことをしてしまったら、他の中立派、ケラン公爵達が喜んで迎撃に出てくるだろう。

 それは避けたい。


 ということは、相手はもうそれだけの覚悟ができているのかもしれない。

 なら、身体に教えるしかないだろう。


 俺がそんなことを思っていると、シュウが口を開く。


「公爵閣下。我々の行動一つで、あなたが自分から補償をしたいと思うようになるかもしれませんよ?」

「そんなことあるものか! 僕はカゴリア公爵なんだぞ! 一度決めたことをひっくり返すものか!」


 公爵はそう叫ぶけれど、シュウは目に暗い光をたたえて笑う。


「ええ、ですから特別なお部屋に招待するだけです。ターリイの方々にもとても楽しんでいただけました。公爵閣下にも絶対に楽しんでいただけること請け合いです」

「ふええぇ……」


 こんな野郎のふええは聞きたくない。


 しかし、シュウは関係ないとばかりに話を進める。


「では、グレイル家の見学……というのはどうですか? 公爵様もグレイル領の素晴らしい箇所をいくつも見つけられるでしょう」

「い、いやだ……」

「おや、では公爵様の居室を決めてそこで見学していただきましょう。ああ、臭い・・シミ・・が取れなくなるかもしれませんが、よろしいですか?」

「わ……わかった。行く……行くさ」


 カゴリア公爵は顔色を変えて頷き、シュウと護衛に囲まれて暗部の見学にいった。


 まぁ……普通は公爵を脅した……ということは良くないだろうが、あちらから戦を仕掛けてきて敗北したのだ。

 その結果、こちらが泣き寝入りさせられることなど決して認められない。

 これ以降も攻められることになってしまうからだ。


 残りの俺達3人はこれからどうするかという事を話していると、シュウがとてもいい笑顔で帰ってきた。


「ユマ様。ただいま戻りました」

「よく戻った」

「そして、うれしいことにカゴリア公爵様は此度の戦のこちらの戦費保障をしてくださるそうです。さらに、新たに貿易と同盟もしてくださるとのことです」


 シュウはそう笑顔で言っているけれど、カゴリア公爵の顔色は真っ青を通り越して白くなっている。


 そして、なぜか履いているズボンが違う。

 ……気にしないことにしよう。


「僕ではこれくらいですね。メア王女殿下。よろしくお願いします」

「ええ、分かりました」


 メア殿下はそう言って、公爵に近づいていく。


「メ、メア様……僕は……僕は……」

「ええ、公爵様。あなたはよく頑張りました」

「!」


 メア王女がそう言うと、公爵は目に涙を浮かべる。


「そうなんです! そうなんですよ! 頑張ったんです! でも、使えないマーカスのせいでこんなことに……」


 正直殴ろうかなと思った。

 あれだけ強い味方を持ちながら使えないなんてありえない。


 しかし、メア王女はゆっくりと頷く。


「なるほどなるほど。では、わたくしにとてもいい考えがあるのですが、聞いていただけませんか?」

「いい考え……?」


 公爵はぽかんとした表情でメア王女を見つめている。


 彼女は彼女で、とても柔らかい笑顔で答える。


「ええ、公爵様がグレイル領に留まるのです」

「そんな! なんでだ!?」

「公爵様は今回ユマ様に負けてしまわれましたね?」

「それは……騎士団長が……」

「ええ、分かっています。ですので、次は公爵様自身がカゴリア騎士団を率いればいいのです」

「僕……自身が?」

「はい。そうすれば、最強のカゴリア騎士団を、最高の指揮官である公爵様が率いる。これができれば敵なしではありませんか?」


 メア王女は優しく、優しーく説得を続ける。

 まるで底なし沼にゆっくりと引き込んで行くように。


「それは……しかし、僕には剣を持つ才能はない」

「そんな才能はいらないのです。騎士団を率いるのに必要なのはうまく操る力。多少剣の修行をしなければならないかもしれませんが、それが終わった暁にはあなたの名前は天下に轟くことでしょう。わたくしはそんなあなた様を見てみたいですわ」

「ほ、本当?」

「ええ、わたくしがあなた様のためにグレイル候に頼んでおきました」

「僕のために……」

「はい。あなた様だけのために。ですので、ぜひここに残ってくださいませ。わたくしとしても、グレイル領に来て日が浅い。見知った公爵様がおられる方が安心できますわ」


 メア王女がそう言うと、公爵様はゆっくりと頷いた。


「わ、分かったよ」

「とても心強いですわ。ただ、このままではよくない……ということはお判りになりますか?」

「よくない……?」

「ええ、公爵様は率いる力を養わなければなりません。ですが、その率いる部下はグレイル領の兵士では意味がない。本物のカゴリア騎士団を率いるべきだと思うのです」

「た、たしかに……?」


 公爵はゆっくりと沈んでいく。


 メア王女の独壇場になっている。


「ですので、カゴリア騎士団をグレイル領に駐留させていただきましょう。ここ最近鉄が取れるようになっていますし、騎士団長の魔法維持にもとても都合がいいのではないでしょうか」

「そう……だな」

「ただ、駐留させていただくことになります。公爵様がいきなりカゴリア騎士団を動かされるのは危険でしょう。グレイル候にとってもすぐにはうなずけません。よって、カゴリア騎士団の指揮権を一度ベイリーズ・グレイル様にお預けになっていただけませんか」

「し、しかしそれは……」


 流石にそれはと公爵もわかっているのか顔を曇らせる。


 メア王女はそんな彼を見て、首を横に振る。


「ですが、これもあなたのためなのです」

「僕の……?」

「はい。カゴリア騎士団を公爵様が管理なさると、率いるための様々な雑事に気を取られてしまうでしょう。しかし、管理を任せておけば、全ていいようにしてくださいます。ですよね?」

「も、もちろんだ」


 父上も若干ドン引きしている。


 メア王女はそんなことは関係ないとばかりに話を進める。


「ということです。公爵様。わたくしはあなたが早く強くなり、騎士団を率いてくださることを期待しているのです」

「そうか……わ、分かったぞ! グレイル侯爵! カゴリア騎士団の指揮権を一時的に預ける!」

「……はい。かしこまりました」


 これで先ほどの要求は終わりか。

 そう思っていたら、メア王女の話はまだ続いた。


「ついでに、グレイル領と同盟を結んだのです。ある程度裁量権のある者をカゴリア公爵領に置かせていただきたいのですが」


 まじかこいつ……と思ったのは俺だけではないはずだ。

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