第73話 脱出と団長
「急いでここを出るぞ。追手がかかるかもしれない」
「分かった」
「それなら殺しておけばよかったんじゃないの?」
俺達は早足で屋敷を出て、急いで馬車に乗り込む。
「それはできない」
「どうして?」
「俺達は暗殺者ではない。グレイルの使者としてあの場にいた。その使者が公爵を斬ったとしたら、他の貴族は誰も俺達を貴族として認めてはくれない」
「でも、先に襲ってきたのはあっちでしょう?」
「だが、失礼な物言いをしたのも俺だ」
「でもかっこよかった」
「そうよ。最初は驚いたけど、もっと言ってやれー! って思ってたんだから」
そう言ってくる2人はちょっと楽しそうだった。
「まぁ……俺も少しスカッとしたのは確かだがな。だが、話に行くと言ったのに、これはもう無理か」
「仕方ない。元々話し合いではおらわなさそうだった」
「そうよ。強さを証明するために攻めるとか聞いて、あたしの頭がおかしくなったのかと思ったわ」
「だな……仕方ない。急いで戻って対策をするぞ」
「うん」
「ええ。っていうか、あたしが全部燃やしてあげるから心配しなくてもいいわよ!」
シエラがそんなことを言うので、俺は彼女を止める。
「ダメだ。それは意味がない」
「あら? 確かにダーリンには負けたけど、これでも殲滅は得意なのよ?」
「そういう話ではない。カゴリア騎士団には魔法や遠距離攻撃はほとんど効かないんだ」
俺の言葉に、アーシャとシエラは驚いている。
「どういうこと?」
「説明して」
俺は2人にカゴリア騎士団の強みを説明する。
「あいつ等の隊長は防御魔法の達人なんだ。そして、その防御魔法は自軍全体……騎士団全員の5000人に付与できる」
「それで?」
「その防御魔法がかなり特別な物で、魔力耐性と防御力を上げられるんだ」
「強い」
「強すぎじゃない? そんなの出来るの?」
「ああ、もちろんデメリットは存在して、その魔法は数日おきにずっとかけ続けていないと効果を発揮しないし、付与された鎧は消費速度があり得ないほど早くなる。半年使えばボロボロになっていて使い物にならなくなるはずだ」
維持コストは高いが、超強い。
ちゃんと代償は用意されている部隊だ。
ただ、その騎士団長本人もかなり強く、統率も高い。
本当ならぜひとも仲間に欲しい奴等だ。
「それじゃあ……あたしは今回はお留守番?」
「おそらくはそうなる。アーシャも……俺の考えが正しければ、使いどころはあるが、別の任務を任せたいと思っている」
「分かった。言う通りにする」
「あたしも」
「それと、周囲に散らばらせた工作員の半数は戻す」
「どうして? 工作をするんじゃないの?」
シエラの問いに、俺は答える。
「今更工作をしても奴らが来ることは変わらない。それなら、こちらが有利にできるように斥候として置いた方が利用できる可能性が高い。もちろん、そういった役割ができる者に限るが」
「わかった」
「オッケー」
ということで、俺は彼女達と話をしながら、急いで領地に戻る。
******
***カゴリア公爵***
「……」
僕は自室のイスに座り、なんだか股が温かく感じるなか時が過ぎるのを待っていた。
「……」
「ぐ……」
少しすると、床に倒れている騎士の声で、僕は立ち上がった。
「お前達! なぜ僕を守らなかった!? 最高の騎士とは嘘だったのか!?」
ユマ・グレイルにあっさりと叩き伏せられた騎士達を、僕は足で蹴って教え込む。
「も、もうし訳……ありません……」
「カゴリア騎士団は最強。それは嘘だなんて……メア殿下に知られたらどうなるか……。第一、僕にあんな言い方をして、ユマ・グレイル。決して許さない。団長を呼べ!」
僕の体中を怒りが駆け巡り、カゴリア騎士団の団長を呼ぶ。
「ここに」
彼の身体は筋肉で作られていて、ちょっとおっかない。
でも、今の怒りはそのおっかなさを吹き飛ばせる。
「至急、カゴリア騎士団全軍をもってグレイル領を攻略せよ!」
「公爵閣下。理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「奴らが僕をコケにしたからだ! それに見てみろ! 僕の騎士がやられたんだぞ!」
「死んでいるようには見えませんが……」
「公爵の僕にツバを吐いたのだ! 決して許さない。その行いを後悔させてやるんだ!」
「は……」
僕がそう言うと、彼は抵抗してくる。
「しかし、騎士団の兵を集めるのに少々お時間がかかります」
「なぜだ!」
「今騎士団の面々は領内の治安維持で忙しいのです」
「そんなもの兵士にやらせておけばいいだろう!」
「その兵士達は無駄飯だと言われ解雇されたはずですが、違いますか?」
僕はそうだっけ? と思いだそうとして、確かにそんなことをしたような気がする。
ヘルシュ公爵から買っている鉄の値段が倍以上も上がって、その費用を捻出するのに確か……。
「ならすぐに再雇用しろ!」
「それでは資金はどこから捻出いたしますか? それとも、騎士団の魔法を解くようにしますか?」
「むぅ……」
そう考えるとどうするか……。
いや、確かグレイル領で鉄が取れるという話ではなかったか。
「このままでいい」
「は……? しかし、鉄はどうするのですか? ヘルシュ公爵への支払いもありますが」
「グレイル領から取ればいい」
「は……?」
「以前議会で聞いたのだ。グレイル領では鉄が取れるようになったと。だから、そこからとればいいのだ」
「……」
我ながら完璧だ。
というか、僕が騎士団を使うために鉄を見つけてくれたのではないかと思う。
「騎士団長。まだ何かあるか?」
「いえ……ただ、兵士の再雇用、騎士団の招集に1か月はかかると思っていただきたい」
「何!? そんなにかかるのか!?」
「はい。騎士団2000でよければ2週間で集められますが」
「よし、それでいい。カゴリア騎士団が2000もいれば、穏健派のグレイル領などあっさりと降服するだろう」
「お言葉ながら、グレイル領の兵士を油断してはならないかと。ユマ・グレイル様を拝見しましたが、私が戦っても勝てるかどうか……」
「勝つのだ。いくら奴単体が強かろうと戦場では数と質が物をいうのだろう?」
「かしこまりました」
騎士団長は頭を下げて、部屋を出て行く。
「ふぅ……待っていてくださいね。メア殿下……。すぐに……すぐにお迎えに上がりますから」
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