第58話 セイレン将軍視点 小童

***セイレン将軍***


 俺は襲撃部隊の成功の報告を待つ。


 周囲は木々が生い茂っているが、司令部にするにあたってある程度の広さはある。

 ただ、敵からは当然見つからないようにはしているので、問題はない。


 ヴォルクを殺すために奴らの撤退する方には3000の兵を配置しているし、俺の周囲にもいざという時のために1000は残している。

 まぁ、罠にかかった奴らがこちらに特攻してくることなどないと思うが。

 いや、ヴォルクの奴だ。

 万が一もある。


「どうだ? そろそろ終わったか?」

「いえ、襲撃部隊からの報告はまだありま……ん? 失敗?」

「なんだと!?」


 副官の言葉に俺は信じられない思いで彼の方を向く。


「敵はあの罠を突破し、こちらに向かってきていると」

「なんと……やはりヴォルク。そうするか。敵の数は?」

「150程です」

「奇襲ならその程度か」


 俺はそう言って少し考える。


 そうしている間、副官が聞いてきた。


「こうなるのであれば、洞窟の入り口を抑えておいてもよかったのでは?」

「それはできん。あの道のどこかに抜け道があった場合や、そもそも絶対にあの道を使うとわかっていた訳ではないだろう。結果論だ」

「失礼いたしました」


 そんな説明をしながら、俺は決めたことを話す。


「こちらには1000の精鋭がいる。守りは性に合わんが仕方ない。魚鱗の陣を敷け! 敵に正面を向け、敵をできる限り削っていけ!」

「鶴翼の方がいいのでは? 魚鱗ですと損害も出ますが」

「相手はあのヴォルクだぞ。勢いのままに中央を抜かれかねん。こちらも中央を厚くしてできるだけ突撃の威力を減らす」


 鶴翼は敵の攻勢を受け止め切れればそのまま勝てるが、奴の突撃が想像以上であれば囲む前に俺の元に届くかもしれない。

 確実にヴォルクを殺すのであれば、魚鱗で受け止め奴の後方にいる我々の部隊と挟んだ方がいい。


 戦いたい気持ちは当然あるが……将軍として勝つ必要もある。


「なるほど、失礼しました」

「いい。それよりも急がせろ! 敵はすぐに来るぞ!」

「はっ!」


 俺が支持をするとすぐに部下達は動き、動きにくい森の中であるのに陣形を作り上げていく。


 とても優秀な、俺が手塩にかけて育てた存在の1000人だ。


 俺が後ろの方で待っていると、偵察兵が叫ぶ。


「敵! 正面から突っ込んできます!」

「迎撃しろ!」


 厚い壁で敵を耐え、足が止まった所を側面の味方を使って敵を包囲する。

 そう考えていたのだが……。


「なんだあれは!?」

「燃える! 炎の龍か!?」

「下がれ下がれ! 燃やされるぞ!」


 先頭の方ではここからでも見える程の炎の龍が立ち上り、前線の兵士だけでなく木々も燃やし始める。


「あれは!? 『焼尽龍姫』か!?」

「あの娘がクルーラー伯爵についたのか!?」

「情報部からそのような話はなかったぞ!」


 周囲にいる側近達は信じられないのか事実確認を求める。


「今はそんなことはいい! あれを止めろ! 魔法隊長!」

「ここに」

「数分でいい! あれを止めろ!」

「御意」


 俺は軽装の老人にそう言うと、彼は護衛と共に前線へと向かう。

 その間にも前線は押されているが、しょうがない。


 まさかあんな隠し玉を持ってきているとは。

 しかし、こちらの魔法隊長も長年戦場を共にしてきた精鋭。

 数分くらいは止められるだろう。


 そして、その数分が奴等の命取りになる。


「今のうちに両端の兵を前にだせ! やつらを囲め!」

「はっ!」


 その指示をしてすぐに、敵の炎の龍は消え去った。


「よし! よくやった! 後は囲んで倒すだけだ!」


 この戦、勝った。


 そう思ったのもつかの間、敵の炎の龍は再び姿を現す。


「なぜだ!?」


 俺は訳が分からず叫ぶ。


 答えはすぐに分かった。


「魔法隊長が暗殺されました!」

「こんな戦場で暗殺だと!? 貴様らの目はどこについているのだ!?」


 報告してきた兵を殴り倒そうかと思ってしまった。

 あの炎の龍を止めるためには……くそ。

 考える時間もない。

 あの炎が無くても奴らの突破力はおかしい。

 突如消えた炎の龍なんて関係ないとばかりに突っ込んでくる。


 ここから何か対応策を打つ前に俺の元に届くだろう。

 やりたくはないが……。


「近衛兵を出せ! なんとしても奴らの足を止めろ!」

「おう!」


 俺の部下の中でも直属の100騎。

 重装鎧に身を包んだ一人一人が10人以上の働きをする部隊。


 彼らの鎧には魔法を弾く効果が施されている。

 なので、あの炎の龍でも止められるだろう。


 部下達を三列横隊で俺の前に展開する。


「来るぞ!」


 敵の魔法で部下が焼かれる。

 が、鎧のおかげで被害はほとんどない。


「よぉし! そのままはじき返してやれ!」


 俺がそう鼓舞した次の瞬間、最精鋭の騎士達は吹き飛んだ。


 ドォン!!!


「うわあああああ!!!???」

「なんだ!? 誰ぁぁぁ!!??」


 部下達を吹き飛ばした者はハルバードを持ち、一振りで盾ごと騎士達を吹き飛ばす。

 黒髪に蒼穹の瞳を持つ彼は若々しく、10代半ばであろう。

 しかし、その気迫に俺の背筋が震え、武器を持つ手がしびれる感覚にさせる。


「将軍! お逃げください!」

「そんな時間等ないわ! 俺が討ち取ってやろう! 若造に戦場の厳しさを教えてやるのも大人の勤め!」


 俺は大錘(棒の先端に四角い重りが付いた武器)を手にそいつを目掛けて真っすぐに進む。


 奴は俺の行動に気付いたのか、こちらに合わせるように向かってきた。

 奴の周囲に敵はおらず、単騎で向かってくる。


 残り数10メートル。

 大錘は叩きつけてこそ。

 俺は大きく振りかぶり、声を上げる。


「大きくなってから出直せ! 小童こわっぱが!」


 俺はそう叫んで大錘を振り下ろし、奴とすれ違う。


 俺は馬の脚をゆっくりにして、後ろを振り返る。


 なんだか身体が軽い。

 そして、奴の身体が半分に……いや。


「これは俺の身体が半分に……」


 俺は永遠に意識を失った。

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