第57話 罠
俺達の周囲は木と崖に挟まれている。
右手の木々は人が通れないほどに生い茂っていて坂のように少しずつ上に上っていた。
木々が生い茂っていると言っても、馬を降りればギリギリ通れそうだ。
逆の崖は高さ5m以上もあって馬のままでも降りても登れるはずもない。
「このまま進み、洞窟を通ったら後はまっすぐに敵のはずだ」
「敵本陣の位置を把握しているのか?」
「大体の予想だ。だが、ワシの勘は当たる。任せておけ」
「そうか。しかし、ここで襲撃されたらどうするんだ?」
「やつらにこの道は気づけんよ。そうなるようにあらゆる策を打ってある。以前にも同じようなことがあったが、問題なく後背をつけた」
「同じ道を使っているのか?」
正直敵がそれを想定していた場合どうするのだ……と思わないでもない。
前回上手くいったからといって、今回も同じように上手くいく保障なんてどこにもないのだ。
俺の警戒とは裏腹に、ヴォルク殿は声を抑えるように笑う。
「くっく。問題ないさ。安心しておけ、心配するのはどれだけ首をとれるかくらいだ」
「そうか……」
そんことを話ながら、俺達は進んでいると人の気配がする。
ヴォルク殿もそれに気づいたようで、焦った声で叫ぶ。
「右! 警戒!」
「っ!?」
全員が即座に反応し、武器をとって右を向く。
次の瞬間には矢が雨のように降り注いでくる。
「ぐぅっ!」
「ヒヒィーン!!」
「盾を構えろ! 無い者は木に隠れよ!」
俺達は即座に行動に移す。
しかし、ほとんどの者は馬上にいたので、矢をもろに受けてしまった者も多い。
「ヴォルク殿! この後はどうする!」
「読まれているとはな! 敵もやるではないか! だが、この矢も無限ではあるまい! 隙をついて突撃する!」
「敵がどこにいるのかわからないのにか!?」
「この奥は20mもない! 弓矢で攻撃を仕掛けているのは兵が少ないからだ! そちらの兵が頑張ってくれているからな! すぐにすり潰して終わりだ!」
ヴォルク殿はそう高らかに言ってハルバードを構えている。
しかし、本当にそうだろうか?
この道を知っていて、俺達を殺すために来ているのだろう。
それが弓矢でしか攻撃してこないことなんてあるか?
ここを使ってくると知っていたのであれば、少ない兵であってももっとやりようはなるはず。
少なくとも弓兵を使ってこんな奇襲では木々も相まって被害なんてほとんどでない。
なのにこれを選択したということは……。
「突撃!」
「っ!」
考える時間もないままに、突撃命令が行われる。
行かない方がいい。
そう思ったことで、一瞬足が止まってしまう。
しかし、ヴォルク殿の騎士達は命令を瞬時に聞いてどこにいるかもわからない木々に向かっていく。
「っ! 俺達も続け!」
彼らから一歩遅れて俺が声を出すと、俺の兵士も彼らに続く。
ただ、今回は遅れた方がよかった。
「ぐぁ!」
「なんだこれは!?」
「落とし穴!?」
敵は俺達の突撃を知っていたかのように、落とし穴が準備されていた。
騎士達は簡単に落とし穴に落ちる。
ただ、救いと言っていいのかわからないけれど、腰の深さほどしかない。
「ぐぁ!」
「くっ!」
しかし、穴に落ちれば恰好の的。
弓矢で落とし穴に落ちた騎士達にはたまらない。
「っく! 下がれ! 崖際に移動しろ!」
「俺達もだ!」
ヴォルク殿の命令で俺達はすぐに崖際に戻る。
「どうする!?」
「このままではワシらの墓標が必要になってしまうな!」
「そんなことを言っている場合ではないぞ!?」
「しかしなぁ……ここまで読まれているとは……」
ヴォルク殿は策を考えようとするけれど、敵はそんな時間をくれない。
「岩が!?」
「く! 崖から少し離れろ!」
上からは岩が落ちてくるし、向こうからは矢が飛んでくる。
このままということであるとしたら……。
「敵だ! 後ろから敵が来たぞ!」
「前からも来たぞ! 敵だ!」
「これはたまらん! じいさんめ! 敵側につくとはなんというやつだ!」
敵は現れたけれど、突撃はしてこないだろう。
そんなことをしたら矢をうてなくなるし、岩を落とすこともできなくなる。
そして、ヴォルク殿はすぐに決断を下せていない。
前に進んでも後ろに進んでも挟撃をされる。
この場に留まればただすり潰される。
ということであれば、俺が出るしかないだろう。
「ヴォルク殿、俺に指揮権をくれ」
「しかし」
「早くしないと間に合わなくなるぞ!」
「仕方ない! 自由に使え! 実を言うとワシもその方が楽なのでな!」
「よし! トーマス! 周囲を覆え!」
俺の言葉に、トーマスは瞬時に霧魔法で周囲を覆ってくれた。
「このまま前に進むぞ! ついてこい!」
「ユマ殿! 挟まれるぞ!」
「知っている! だが今は進むべきだ!」
俺の決断にみんなで崖から少し離れた所を進む。
敵の弓隊は自分達が仕掛けた落とし穴が怖くてこれないだろうし、弓矢もこの霧では木々が邪魔でうてない。
少し離れていれば岩が当たることもない。
「前の敵は斬れ!」
「はっ!」
ということで前の敵を斬って進み、洞窟内に入った。
そして、200人より数は減ったけれど、それなりの数は入りきることができた。
ヴォルク殿が詰め寄って来る。
「ここからどうするのだ!? このままでは挟まれる!」
「ここに数十人の兵士を残して壁として敵の本陣を落とす」
「そ、そんな無茶だろう!」
「やるしかない。できなければ死ぬ。それだけだ。わかっているだろう?」
「……」
ヴォルクが無茶というのはわかる。
俺達がここに来たということを敵は知っている。
ならば、こちらに来られても抜かれないだけの兵力は準備しているだろう。
だが、それでも抜くしかない。
普通であれば撤退の判断を下すだろう。
そして、そちらの方へ兵力を多くしておけば、そのままからめとって殺しきれる。
「それに、この霧があれば使える手がある」
「使える手?」
「ああ、それを部下全員に伝えておいてくれ」
ということで、俺は以前使ったあれをこの洞窟内で使うように指示をしておく。
それと、残るための部隊を選定する。
「それはワシが残ろう。その方が時間を稼げるからのう」
「敵陣がどこにあるかわからない」
「案内をつける。それで問題あるまい」
「……わかった。だが、死ぬなよ。必ず落としてくる」
「日が変わらん内に頼むぞ?」
「後5時間はあるぞ。1時間で終わらせてやる」
俺はヴォルク殿とそれだけの会話で話を終える。
今は時間が惜しい。
「情報伝え終わりました!」
「ではすぐに敵の首を取りに行く! 接敵したらトーマス! すぐに使え!」
「わかりました!」
「それまでは最短で行く! 遅れた者はおいていく! 時間が命だ!」
「おう!」
「あたしもそろそろやりたいわ~」
俺は先頭になって軍勢を率いて洞窟を抜け、後ろにはシエラが続いた。
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