第54話 武人

 それから5日かけてクルーラー伯爵家の持つ領地の国境付近の町に到着する。


「いきなり国境近くに来いとは……中々な扱いだな?」


 俺は隣にいるシュウにそう言う。


「仕方ないでしょう。いざという時はその練兵用の兵士も増援として派遣したいのでは? それに、早く援軍を欲しいというのも分からなくはありません。すでに戦端は開かれているそうですからね」

「押され気味なんだったか?」

「ええ、我々が移動中に急襲され、なんとか立て直したものの各所で敗退しているそうです」

「アルクスの弓兵団がいくまで持てばいいが」

「彼らが到着すれば押されることはなくなるとは思いますが……かといって決定打になるかと言うと怪しいですね」


 そんなことを話しながら進み、アーシャ達と別れる。


 アーシャ達アルクスの弓兵団はそのまま国境の増援として向かい、俺達はこの町で練兵をするということだ。


 俺は別れを告げるためにアーシャの元へ向かう。


「アーシャ、気を付けて」

「うん。ちゃんと帰ってくる」

「ああ、待っている」

「うん」

「……」

「……」


 これ以上どう言おうかと思っていると、後ろにいたシエラがちゃちゃを入れてくる。


「ダーリン、お別れのチューくらいしておきなさいよ」

「なんでだ!?」

「アーシャも待っているわよ?」

「いやそんな訳……」


 もしかしてそうなのか? そうなのかアーシャ! と思って彼女の方を向く。


 彼女は弓をとって矢をつがえている最中だった。


「待ってくれアーシャ!」

「大丈夫。魔法使いは足が撃たれても問題なと聞く」

「あたし!? 今のはナイスパスじゃないの!?」


 シエラも慌てて俺の後ろに隠れる。


「それは隠れていることにならない」


 アーシャの目は獲物を狙う狩人の目をしている。


 俺は咄嗟とっさに前に進み出て、彼女の手を抑えた。


「アーシャ。うつ相手が違うぞ」

「むぅ……分かった」

「無事で帰ってきてくれ」

「大丈夫。まだ死ぬつもりはない。魔法を使ってでも生き延びる」

「そうか。またな」

「……うん」


 アーシャはそう言って背を向けて歩き出す。

 彼女は俺が抑えた手を何度もさすっていた。

 そんなに強くはやってないと思うのだが……。


 俺は彼女や他の者達を見送った後、町中に入る。


 2000人で町中に入るのはためらわれたが、100人であれば問題ないと許可を貰った。


 町中を進むけれど、聞いていた話通り空気は悪い。

 道行く人の表情はどこか暗いか、物陰から狙っているようなガラの悪そうな奴もいる。


「空気が悪いな……」

「グレイル領がすごいだけよ。ヘルシュ公爵の所もこういう場所はあったから」

「そうなのか?」

「そうよ。ユマ様って他の領地にはいかないの? てか、他の町にも行ってないわよね? 巡回くらいしておいた方がいいんじゃない?」

「まぁな」


 うーん。

 これは本当に自分の領地の考えと実体を一度見た方がいいかもしれない。

 確かにシュウがこんな感じと教えてはくれるけれど、ちゃんと自分の目で確認することは必要な気がする。

 今回の件が終わったら真剣に考えよう。


 そんなことをしていると、前の方にいた兵士達が足を止める。


「どうした?」

「ユマ様。前に」


 ルークが言うので俺も視線を前にやると、そこには日に焼けた褐色の肌に、歳で白くなった髪や髭を持つ騎士が馬上にいた。

 左目は傷で塞がっていて、その身にまとった甲冑は一目で素晴らしい物と分かるし、手に持ったハルバードは使い込まれているのが遠めでも分かった。

 なにより、その立ち居振る舞いが武人のそれ。


「俺が行こう」


 俺は馬に乗ったまま進み出る。


 シエラは警戒して杖を構えようとするけれど、俺はそれを手で制した。


「ダーリン?」

「大丈夫。敵意はない」


 今のところは。


 そう思って俺が進み出ると、彼は手に持ったハルバードを俺に突きつける。

 彼の声はとても低く、腹の底に響くような声をしていた。


「一手、お相手願えぬか?」

「いいだろう」


 最初は俺もハルバードで戦うべきかと思ったが、それよりも使い慣れた剣の方がいいだろう。


 俺はハルバードをルークに預け、剣を抜き放つ。


「それでは行かせてもらおう」

「ああ」

「ぜやぁ!」

「!?」


 彼と馬は一息に俺に迫る。

 人馬一体、目を離したら殺されると思うほどに鋭い速度だ。

 彼はそのままハルバードを振り上げて俺に叩きつける。


 俺は剣を掲げてそれを受けた。


 ギィン!!!


「ぐっお」

「ほう、これを受けられるか」


 その勢いはルークの攻撃とは比べ物にならないくらいに強く、受けるので精いっぱいだ。


 しかし、相手はそんなの知ったことかと次の手を放ってくる。


「ほれほれ! 次はこうだ!」

「速い!?」


 彼はハルバードの先端で高速の突きを放ってくる。

 俺は避けられるのは避け、危険なのは剣で逸らせて回避した。


 でも、彼の攻撃はそれだけではない。


「それ」

「な!」


 俺が剣で受け流したハルバードは鉤の部分で俺の剣の柄頭を引っかける。

 このまま力を込めても持って行かれる。

 そう判断した俺は剣を持つ力を抜く。


 剣は持って行かれそうになるが、剣の柄頭だけで持って行かれることはない。

 ただ、相手に向けていた剣の向きが変わったことは事実、彼はその隙を見逃す様なことはしなかった。


「終わりだ」


 彼は俺の正面、腹に向かって突きをしてくる。


 俺は剣の向きがあらぬ方向で受け流すことはできないだろう。

 でも、こんなところで死ぬわけにはいかない。


「甘いぞ」


 俺は剣を力ずよく握り、柄頭でハルバードを横から殴りつけた。


「何!?」


 ガィン!!


 ハルバードは彼の真横にまで振られ、隙が出来る。


 俺は一瞬で近づいて、彼の喉元に剣を突き付けた。


「これで満足か?」


 俺がそう言うと、彼は右目を大きく開き、高らかに笑った。


「ばあっはっはっは! やるなぁ少年よ。まさかワシがこんな簡単に取られるとは思わんかったぞ」

「というかどうしてこんな道に真ん中で……というかじいさんは誰だ?」


 こんな豪快そうなキャラは見たことがあれば知っていると思うが……。


「何? ワシの名を知らんとは不勉強な。ワシの名はヴォルク。ヴォルク・エルランドと言う」


 その名前は、《断岩鬼神》という2つ名と共に恐れられた名前だと攻略本で読んだ記憶がある。

 ただし、本編前には死んだということも。

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