第47話 身体に教えるのが早い

 翌日、早速朝から訪れたネイトをシュウに預ける。


「ではシュウ。あとのことは任せる」

「はい! お任せください!」

「それと、明日には鉱山の見学についてだが、問題ないか?」

「明日でも問題ありません」

「分かった」


 ということで、ネイトはシュウに連れられて、どこかに行く。


「おい、これ大丈夫なんだろうな?」

「シュウは最も信頼する臣下だ。安心して仕事を教えてもらうといい」


 俺はそう言ってシュウとネイトを見送った。


「さて、それでは俺がやることは……」


 俺は視線をジェクトラン領の兵士達に目をむける。

 兵士達は屋敷の近くの練兵場にいて、人数としては300人くらい。

 この前の戦いで死んだり除隊したりして結構減ったはずだ。


「……」


 兵士達の俺を見る目は恐怖7割、敵意3割といった所か。


 過度に仲良くする気はないけれど、自分の言うことを聞かせられるようにはしておきたい。

 なので、今日の俺の仕事はこいつらの教育だ。


「お前達、俺のことが憎いようだな?」

「!?」


 露骨に後ずさる者、一歩踏み出し逆に殺してやるぞと威嚇いかくする者。

 そういった者の中から、戦う気がありかつ強そうな者を5人選ぶ。


「お前とお前とお前とお前、あとお前。前に出ろ」

「……」


 一応の上官であるはずの俺の言葉に返事もせず、ただ前に出てくる。


「これから模擬戦を行う。お前達5人は俺を殺してもいい。だが、俺は決して殺さない。勝敗は貴様ら全員が動けなくなったり、気絶したり、戦う気が無くなったら終わりだ。いいか?」

「こっちの勝利条件は?」

「俺を殺しても気絶させてもいい。できるならな」

「舐めやがって……」


 怒りの炎を燃やしている彼らをとりあえずそのままにして、俺は他の者達に語りかける。


「他の者達は見学だ。周囲に広がって見ていろ」


 ということで、兵士達に俺達を囲ませ、いざ尋常に勝負。

 前にグレイル領でやった時は賭けが起きていたけれど、今はそんなことも起きない。


「死に晒せぇ!」

「レックス様のかたき!」

「あの世で後悔しろ!」

「後戻りは出来んぞ!」

「舐めたこと、地獄で詫びろ!」


 5人が口々に叫びつつ俺に斬りかかってくる。


「……」


 俺は剣を抜くけれど受け流すことにしか使わない、さらに剣筋を見ながら少しずつ後退する。

 こうすることによって、包囲される危険性を排除しつつ、彼らの技量を少しでも把握しようとしていた。


 キィン! ギン! ガァン! キキン!


 全てを避けるか受け流す俺に、彼らの表情は焦りが出てくる。


「広がれ! 一度広がって囲め! 全方位からなら防げないぞ!」

「おう!」


 その中の1人が叫んだ言葉に兵士達は弾かれたように移動を開始する。

 いい練度だ。


 俺はそう感心しつつも、その考えの甘さに教育をする。

 声を発した奴の周囲にいた全員は広がって俺を囲もうとしている。

 この時、先ほど「囲め」と叫んだ奴は1人だ。


 俺は、そいつに向かって突進する。


「な! 速い!?」

「お前が遅いんだよ」

「ぐふぅ!?」


 俺は剣の腹で奴の腹を打ち付け、5mほど吹き飛ばす。


「隊長!」

「よそ見している場合か?」

「な!」


 それからは広がった奴等を1人1人倒していくだけの簡単な教育だ。


 「お前達がまとまっていればお互いをフォローできるが、包囲するためにバラバラになったのではそれができないぞ。ちゃんと彼我の戦力差を理解しろ」


 俺は教えつつもすぐに全員をのしてしまう。


「さて、動けないと見ていいか? まだやるか?」

「くっ……この……程度……まだまだ……ぁ!」

「いいだろう。ならしばし待て」


 俺はそいつを止めて、周りで戦いの炎を灯しているやつらに向けて言う。


「動けないやつらと交代で入っていいぞ。動けないやつはちゃんと治療してやれ。ただし、治療したら見学に回っておけ」

「……いいのか」

「俺はお前達を殺しに来たわけでも、見せしめに来たわけでもない。キチンと話し合おうと思ってな。お前達の流儀で」

「ふ……中々やるじゃないか……その言葉、後悔させてやる!」


 剣を振りかぶってくる彼は、怒りの中にもどこか憧れに似た光りを持っていた。

 俺はその期待に応えるように、向かってくる全員をのしていく。


 それから3時間くらい経っただろうか。

 治療した連中ももういいかと思って戦いに参加させる。


 俺にとってはかなりいい訓練になった。

 力加減を間違えると殺してしまうので、細心の力加減に気をつけながら戦ったのだ。

 だけど、このお陰で戦っている最中でも武器の向き力の抜き方等をより深く学べた気がする。


「さて……もう満足か?」

「ば……化け物か……なんであれだけ戦い続けてピンピンしているんだ……」


 息を荒げながら、こちらを見上げてくる兵士達。


「俺がユマ・グレイルだからだ」

「なんだ……それは……」

「それ以上でも、それ以下でもない。それで、まだやりたい奴はいるか? いくらでも相手になるぞ?」

「……いえ、我々の八つ当たりを受けていただいてありがとうございます」

「今回だけだぞ、次はないと思え」

「はい……」


 彼ら兵士はレックスがグレイルに兵を向けたことを知っていたはずだ。

 それを町民に強く言えば、それだけで今回の騒動が収まっていた可能性もある。

 でも、彼らにはジェクトランに対する忠誠か、グレイルに対する反骨心か、そうはしなかった。


 強い者に巻かれないという精神は素晴らしいと思うが、ずっとそのままでは困る。


「では、お前達、以後はグレイル領代官のバメラル男爵の指示に従うように」

「はっ!」


 最後の声は綺麗に揃っていて、認めさせられたのだと思うと嬉しく感じた。



 俺が兵士達を掌握していたころ、シュウもネイトや文官達をしっかりと掌握していたらしい。

 流石シュウだ。


 俺が館に帰った時には、文官達は忙しそうに仕事をしていた。


「あ、ユマ様。明日にでも鉱山の見学にいけそうです」

「お、そうか。では早速行くぞ」

「はい。しかし、あの敵か使えない子ウサギになった兵士達をすぐにまとめ上げるとは……流石です。このようなことはユマ様でなければ出来ないでしょう」

「そういうシュウだって文官達を説得しているではないか。流石だよ」

「ユマ様にいただいた時間を使って調べましたので。それもこれもユマ様のご寛大なる御心故、僕だけの成果ではありません」


 シュウはそう言って首を横に振る。


「そうへりくだり過ぎるな。シュウのことは信頼している。明日の鉱山見学も任せたぞ?」

「……はい。全てユマ様のため、良い方向に成し遂げて見せます」

「ああ、任せる」



 翌日、俺とシュウ、それからネイトは数人の鉱山関係者に文官と護衛を連れて鉱山に来ていた。

 アーシャは用があるということで来ていない。

 そして、鉱山の見学で多少深くに潜ったころ、事件は起きた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、ズズン!


「何が起きた?」

「見てきます!」


 兵士が急いで戻ろうとするが、その足がすぐに止まる。


「ユマ様……帰り道を塞がれました」

「なんだと……この坑道は蜘蛛の巣のように入り組んでいる。一度迷ったら……」


 ネイトは絶望した顔をしている。


「俺が斬ったら無理か?」

「無理だ! 既に一度崩落しているんだ! これを斬ったらより広範囲が落ちて来るかもしれない!」

「なるほど」

「なぜ……こんな時に崩落が……」


 そういうネイトを見て、俺は言う。


「お前の仕業ではないようだな」

「俺の……? こんなことする訳ない! 枯れ始めていると言ってもまだ掘る場所はある! なのにこんなことをするなんて……どうしたらいいんだ……」


 ネイトの絶望した声が、坑道内に響き渡った。

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