第41話 乗り越えて
レックスとの戦いから1か月。
俺達は忙しい日を送っていた。
彼らの残した爪跡は大きく、またふざけたことを言っていたのもあって、ジェクトラン男爵領は取り潰し。
賠償の意味もあって、グレイル領に組み込まれることになった。
レックスの父ロクスは信頼している息子に少しずつ実権を渡していたら、知らない間に戻れない場所まで来ていたらしい。
セルヴィー騎士団長が捕らえられた時には、彼の知らない騎士達がジェクトラン領に入り込み、屋敷の者は人質に取られていたそうだ。
その騎士達は全員が逃げるか毒を飲んで死んでいたのが発見された。
相手は急進派か、中立派か、はたまた国外の勢力か。
詳しいことは分からなかった。
ただロクスはひたすらに頭を下げていて、貴族位を王に返してどこかに去っていった。
ということになっているが、実際には息子を止められなかったことの責任をとって服毒して自死を選んだ。
これはジェクトラン領の民を思ったことで、表立っての処刑はまずいと父上達が判断したこと。
ただ、バメラルの村の者達はちゃんと生かされていて助けることができた。
聞くところによると裁判をしてそこで処刑を宣告する予定だったらしい。
もしあの時行かなければ、あそこで処刑されていたであろうとも。
俺はその後始末について、シュウと共に執務室で話し合っていた。
「ふぅ……バメラルの村の復興はどうするか……」
「そうですね……何とか逃げ伸びていた者達がいるとはいえ、かなりの支援は必要でしょう」
「わかっている。どこかの村から引っ張ってくるか? 流石に兵士達にやらせ続けるのはまずいだろう?」
「ですね……いっそのことジェクトランから連れて来ますか?」
「ぶち殺される未来しか見えないだろ……」
「まぁ……そうですね」
そんなことを話していると、シュウが突拍子もないことを聞いてくる。
「後悔しておいでですか」
「……なにについてだ?」
「レックス・ジェクトランを殺したことについて……です」
「後悔なんてしていないさ」
「私は……ユマ様ほど先のことが見えていません。レックス・ジェクトランよりも……見えていないでしょう」
「……」
「お2人は遠い未来のことを話しておられた。法律についての解釈を、どうしたらこの世界が良くなるのかということを話しておられた。私にはわからないほどのことです」
「……」
「ですが、私はユマ様に賭けたいと思いました」
突然そう言われて、俺はじっとシュウを見つめる。
彼はじっと下を見つめ、考えて話しを続けた。
「私も法をもっと多くの者が考えて欲しいと思っています。ですが、それで世界を統べるということには思いつきもしなかった」
「いずれそうなってくれれば、少しはこの世界も良くなってくれるといいんだがな」
「はい。ユマ様ならきっと」
「俺はそんなことをする気はないよ。俺は……俺の手で守れる人々を守りたいだけだ」
俺が死にたくないように、ユマ・グレイルという男も、自分の領地の者達をただ守りたかった。
『ルーナファンタジア』ではそのやり方が間違っていたかもしれないが、大事な者達を豊かにし、守りたいという気持ちは間違っていない。
それからは政務も終わり、訓練をしているとアーシャが近づいてくる。
「アーシャ。どうした?」
「別に。その……何があっても、わたしがユマ様の背中を守るから」
「ん? ああ、信頼している」
「うん。ありがとう。わたしも信頼している。それに……レックス……との言葉、とっても考えたけど、わたしには……あんまりわからなくて……」
「? ああ」
「でも、ずっと考えてて……これだけは言いたいと思った」
そういって、アーシャは色々と視線を彷徨わせた後に、俺を真っすぐに見つめる。
「ありがとう。わかっていたつもりだったけど、わかってなかった」
「……」
「ユマ様はきちんと法律を守りたい。そう思っていたんだって。アルクスの里を守る時も、法を持ち出されて、悩んでいたんだって知った。だけど、里を守るために戦ってくれてありがとう」
「アーシャ。俺は俺の考えに従っただけだ。だから気にするな」
「……うん。分かった」
「……」
そう言って笑う彼女の笑顔はとても可愛らしい……魅力的な笑顔だった。
いつも無表情な彼女からは考えられなくて、面食らってしまった。
「それじゃあ訓練の続きをしよう?」
「……ああ」
「どうかした?」
「いや……すごい笑顔で可愛くて……いた」
アーシャが顔を真っ赤にして足をゲシゲシと蹴ってくる。
フードを目深に被り、マントを回して口元も隠す。
「うるさい。わたしは可愛くない。わたしは狩人」
「そ、そうか。悪い。悪かった」
「……悪く……はない。でも、ビックリした」
「そ、そうか……」
そんなことをやってどうしたものかという空気になっていると、シエラが近づいてきた。
「ちょっとお2人さん? あたしも仲間に入れて欲しいのだけど?」
「シエラ」
「別に何かしてた訳じゃない」
「そう。それならあたしからも……さっきのこと、ちょっと耳に入っちゃって。言わせて欲しいのよね」
さっきのこととはなんだろうか。
風魔法で聞き耳でも立てていたのであれば、最初から聞いていたかもしれない。
「さっきのこと? とはなんだ?」
「ダーリンがすごいって話」
「そんな話してたか……?」
「してたわよ。だって、里を守るために、国と戦う決断をしたって、普通にすごいわよ? アルクスの里のために戦ってくれるなんて、仲間としては一生付いて行くわよ? もちろん、他の理由でも……って、弓を向けるのはやめなさいよ」
シエラは俺に近寄ろうとして、すぐに離れる。
アーシャが弓を手にとったからだ。
「でも、その通り。だからアルクスの里もグレイル領に……ユマ様につくことを決めた」
「でしょ? それに、今回バメラルの村に手を出したジェクトラン領はグレイル領に吸収された。そのことで色々と話は立っているけれど、それでも、手を出してはならないって話にはなっているわよ」
「そうだと嬉しいんだけどな」
「ええ、だから手出ししてくる奴らはもういないと思うわ。だから、あなたは間違っていなかった。あなたのお陰で、他の村や町が安心できるのよ。あなたの進む道は間違っていない」
「シエラ……」
彼女はそう言って俺を慰めようとしてくれているのかもしれない。
自分で決めた悪の道を進む。
そう決めたとしても、シエラにそう言ってもらえると、嬉しいものがある。
シエラは続けて俺の腕を両手で絡めとる。
「という訳で、一緒にベッドで休憩しましょ」
「駄目。ユマ様はこれから訓練」
今度はアーシャが袖をがっちりと掴んでくる。
「えーじゃあアーシャも一緒に休みましょう。ユマ様なら2人同時にくらい簡単よ」
「待て、なんの話をしている? 俺は訓練に政務がある」
それから、俺達はやいのやいの話しながら、訓練をしたり政務をする。
これから訪れる困難があっても、皆と一緒ならきっと乗り越えて生きていける。
俺はそう確信できた。
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