第40話 悪の道

「ユマ・グレイル! 自分と一騎打ちをしろ!」

「ほう」


 一騎打ち。

 それは『ルーナファンタジア』のゲームシステムであったものだ。

 これは敵軍と戦闘になった時に時折発生し、その軍のトップ同士で戦いになるというもの。


 ここで勝てば敵の士気は一気に落ちるし、トップが統率が高いキャラだったらその軍の戦闘力もがた落ちする。

 戦力差があろうが、一騎打ちで勝てばひっくり返すことができる。


 しかし、敵がそれにのってくるかわからないし、そもそも負ける可能性もある。

 ただ、相手から一騎打ちを提案されて、断るとこちらの士気は下がる。

 まぁ、下がっても問題ないこともあるけど。

 そういったある意味ギャンブル的なシステムだ。


 今の状況はこちらが有利。

 勢いで勝っていてジェクトラン男爵軍は戦意喪失しているからだ。

 このまま殲滅することもできるが、戦闘を続ける限りこちらの戦力も減ることが問題にはなるか。

 後はジェクトラン男爵軍を殲滅するのは今後のことを考えると損になる。

 ジェクトラン領を支配するにしろしないにしろ、領内に戦力は残しておかねばならないからだ。


 もしこのジェクトランの戦力をすり潰してしまった場合、領内は荒れて、新たな盗賊が生まれて治安は悪化する。

 その時に被害を受けるのは隣り合うグレイル領だ。

 そうならないためにジェクトラン領に兵士を派遣すれば、グレイル領内の戦力が減る。


 だが、ここでレックスを一騎打ちで討ち取れば、奴等は全面降伏するだろう。

 レックスを討ち取り、その兵士を残しておく。

 そうなってくれた方が、確実にグレイル領にとっては有益になる。


 ただ一つ、俺が勝つことが前提だが。


「いいだろう。受けよう」

「ユマ様!?」


 シュウが後ろから走り出てきた。


「後は任せる。俺はあいつに真意を問う必要がある」

「しかし……そんなことはせずともこのまま勝てます。一騎打ちをしてユマ様が危険を犯す必要はありません!」

「お前の言うとおりだ。これは本来する必要のないものだ。あいつらを殲滅してもそれはあいつらの問題で、奴らの領内が荒れようが本当は俺達には関係ない」

「では!」

「シュウ、頼む。奴と話をさせてくれ」

「ユマ様……」


 これは俺の我がままだ。

 シュウが正しい。

 このまま奴らを斬り裂くこともできる。

 被害は出るが、確実に殲滅できるし、立て直す時間を与えることもない。

 俺自身が討ち取られる万が一の可能性も消せる。


 でも、この元の身体の持ち主の、グレイル領の兵士の被害を減らせるなら減らせという想い。

 自身の危険など問題にもしないから戦えという想い。


 それに、俺は奴に……レックス・ジェクトランに聞かねばならないことがある。

 ユマ・グレイルとして。

 そして『ルーナファンタジア』を愛し、自分の分身のようにレックスを操作し、苦楽を共にこの大陸を何度も統一した者として。


「ユマ様。勝ってください」

「シュウ。俺を信じろ。俺は最強だ」

「……かしこまりました」


 それから俺は一人進み出て、レックスの前に出る。


 周囲はこちらと敵の兵で囲まれていて、戦闘はせずにただじっと俺達の動向を見守っていた。


 俺は奴との距離が5mくらいになった時に、口を開く。


「レックス。なぜバメラルの村を襲った」

「悪を滅ぼすことの何が悪い?」

「彼らは悪ではない」

「悪だよ。悪だ。絶対的に悪なのだ」

「なぜ」

「奴らは盗賊と通じていた。だから悪だ」

「だから滅ぼしてもいいと?」


 頭が痛くなりそうだ。


 レックスは目を大きく見開いて叫ぶ。


「そうだ! そうなのだ! お前達は間違えている! 全てを、全てを間違えている!」

「何をだ」

「この世界を支配するべきものだ!」

「は?」


 レックスの話が飛び、俺は眉を目を細めた。


 しかし、彼は何か彼なりの理論があるかのように、高らかに喋り続ける。


「この世界は三真国が支配する? 王が支配する? 議会が支配する? 貴族が支配する? 違う! 法こそが全て! 法の元にこそ! 人々は支配されるべきなのだ!」

「……」

「人という曖昧な物ではない。法という明確で絶対的な物を信じ、それに従って生きる! それこそが人が生きるべき道なのだ!」


 奴は何かに酔っていて、適当なことを言っているのか。

 そう思ってしまう自分がいる。

 だけど、俺は言い返せない。


 代わりに、シュウが答えてくれる。


「だからといって村を焼く理由にはなりません!」

「黙れ盗賊が! 貴様も本来だったら自分が殺しに行く筈だったのだ! 上手く逃げおおせて……この手で裁いてくれる!」

「なんと一方的な……」


 シュウが面食らっていると、いつの間にかアーシャが出てきて彼に問う。


「なら、わたしの里は焼かれなければならなかったの? 問題はなかったと、そう言われたのに」

「そうだ! 法が絶対だからそうなるべきだったのだ!」

「……話にならない」


 アーシャはそう言って冷たい目を彼に向けた。


 次に口を開くのは空から降りてきたシエラだ。


「それじゃああたしも問題があるっていうこと?」

「当然だ。法を破り、グレイル領に行くことを決めた貴様も真っ先に吊るされるべきなのだ」

「あはは、すごい考え。法よりも強引だね」


 そう言ってどうでも良さそうな目をレックスに向けている。


 周囲の味方は頷き、レックスの言葉は妄言だとでも思っているのだろう。


 でも、俺には彼の言っていることがわかってしまう。


 俺は日本という法治国家に生まれた。

 そして、法律を守るように、そう教えられて生きてきた。

 国民の多くがそう思うことで、それが当たり前だと信じることで、保たれてきたことがある。


 その結果が日本の治安の良さであるのだろう。


 だからこそ、俺は彼の考えが理解できてしまう。

 今からもっと進んだ時代であれば、彼の言うことが正しいのだと。


「どうしたユマ・グレイル! 貴様の言葉で答えろ!」

「確かに……お前の言っていることはあっているのだろう」

「ユマ様!?」


 シュウは驚くが、俺は淡々と続ける。


「レックス。お前の言う通り、法はとても大事なもので、多くの者が守れれば世界は良くなるのかもしれない」

「なら!」

「だが、貴様は確実に間違っている。盗賊と内通していたというだけで村を焼き、無実の罪で攻められている里に、そのまま焼かれればいいと言い、住む場所を変えただけの者に死ねと言っている貴様は!」


 俺はそう言いながら、奴に向かって剣を振り下ろす。


 奴は俺の剣を受け止め、弾き飛ばしながら叫ぶ。


「何を言う! お前も自分の言葉が正しいと、俺の言葉が正しいと! 法が正しいと知っていながら、貴様は法を犯したのだ! 貴様の様な悪は俺が裁く! 悪は滅びるべきなのだ!」


 俺は、再び剣を振りかぶって奴に向かって言う。


「だとしても! 法を破ったことが間違っているとは思わない! あの時無視しなければ! あの時破らなければ! どれだけの人が死んだと思っている!」


 俺は剣の振りが単調になっていることが分かりながらも、この主張は譲れない。

 奴にそう言い聞かせるように、俺は叫ぶ。


 奴も俺に応える。


「死ねばいい! 法律こそが正しいと! 全ての物事の中で法律こそが全てだと! そのことを全ての者が理解するように! そして、それが正しくあるようになれば! 世界は良くなり皆が幸福になる! 死んだ者達もその犠牲が必要だったと理解するだろう!」


 レックスは今度は攻勢に転じ、俺はそれを受けながら答える。


「それは法律を守らせる側の論理だ! 殺される側の論理ではない! そんなもの、万人は受け入れることは出来ない!」

「出来ないからこそ受け入れさせるのだ! 俺がやる! やってみせる! この大陸を支配し! 全ての国、民族、民達に法というものの尊さを刻み込むのだ!」


 奴はそう言って何度も何度も持っている剣を俺に叩きつける。


 そして、俺はゲームでレックス・ジェクトランという男が主人公になった理由が分かった。

 彼は……レックスは法というものが正しくあれば、それだけで幸せになると思っているのだろう。

 全ての者が法を知っていれば、それは機能し、裁かれるべき人が裁かれ、罪のない人を守ってくれる。

 法があれば、全ての人が幸せになるのだろう。

 今ある貴族が無視するような法律ではなく、正しい法があれば……と。

 現代日本の価値観では、それはあるのかもしれない。


 だが、それはまだ早い。


「それはできん!」

「なぜだ!」

「貴族が法を守らない! そして、貧しい民達は守れない! であれば、貴様がいくらやろうが無駄なのだ!」

「だから俺がこの国を取る! この国を支配し! 大陸を支配し! その果てに全てに優先される完璧な法を敷く!」

「その為にどれだけの血が流れる! 貴様の理想を求める果てに、どれほどの血が流れると思っている! 叶いもしない夢のために! お前がやっていることはただの虐殺者だ!」

「やってみるまではわからない! 俺ならできる! その理想を! 多くの血が流れるとしても! 俺の全てを使ってやってみせる!」


 レックスの言っていることは、両親や助けてくれる者はおらず、貧困に喘ぐ子供が盗みを働いたら、法に従ってその子を必ず罰するということだ。

 法という見方をしたらそれは正しいのだろう。

 法を犯した者を罰する、そこになんのおかしさもない。

 では貧困に喘ぐ子供には死ねというのか?

 盗みは許されるものではない、それは解っている。

 でも、この子供はどうしたらよかったのだろうか? 小さな子供にできることは一体なにがあるのだろうか。

 答えの出る問題でないことは知っている。

 でも、考えなければならないのが、為政者だ。


「お前にそんなことはさせない! お前の未来には人々の屍があるだけだ!」

「なら貴様はどうする!」

「豊かにする以外にある訳がないだろうが! 人は生き延び、豊かになり、法を学ぶ余裕が出来た時、初めて法は守らねばならないという意識を持つ!」

「生きて豊かになるためであれば、法は破ってもいいと言うのか!?」

「そうだ! 人々が豊かになるために、生きるために法は破らなければならないことはある!」


 俺は剣を奴にたたきつけ、奴はギリギリのところでそれを受け止める。


「やはり貴様は悪だ! 貴様には正義がない!」

「正しいだけの貴様の正義に、未来はない!」

「認めない! 決して認めんぞ! 俺は完璧だ! 俺こそが正しい法なのだ! 俺が正義なんだ! 悪は滅べ!」


 ギリッ!


 俺は歯を食いしばるのが分かった。

 それと同時に彼の言葉を聞き、もうこれ以上の言葉は無意味だと思う。


 俺は彼の剣を弾き飛ばし、正義の象徴を斬った。


「俺は……悪でいい。その悪でしか救えない命もあると知っている」

「く……そ……」

「だから……俺は俺で悪の道を斬り開く」


 俺にできることはそれだけだ。


「いずれ……正義がお前を……裁きに来る……覚悟……しておけ……」


 奴はそれだけ言い残すと、動かなくなった。


 それからレックスを失ったジェクトラン男爵領軍は全員が降伏した。


************************************


 ユマとレックスが話していたことについての補足(面倒な方は読み飛ばしてください)。

 レックスは法律が最優先、悪法でも法だから守れ、守れないやつは死ね。それを続けていけば必ず人々は法のすばらしさを知り守るようになる。そして、人々は豊かになっていく。

 という感じの主張です。

 ユマは法律は大事だけれど、それを守らせるにはまだ豊かさが追いついていないよね。だから、法を絶対に守らせることよりも、人々を豊かにしていくことが大事だよね。豊かになって、生活に余裕が出来た時初めて法律を知ったり、守ることが大切だという意識が生まれる。

 という感じの主張です。

 ユマの中の人は現代日本で生きてきて、法を破るっていうことに対してかなり抵抗感があります。なので上の主張をしつつも、法を破るという行為が悪だと理解しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る