第35話 じい視点 ジェクトラン領では

***フォロス・バメラル視点***


 ワシが使者として派遣されることが決まり2週間。

 連絡を送ったり移動の時間だったりでそれくらいかかり、やっと目的地に到着した。


「ここがジェクトラン男爵のいる屋敷か」

「そうですね。当然と言えば当然ですが、グレイル領ほどの大きさはないですね」

「比べるのも失礼かもしれんな。あれほど続けて優秀なのだから」

「ええ、今回も実質はジェクトラン家の人間を見定めるだけでしょう」

「わかっておるよ」


 ワシは馬車の窓から見える屋敷を見て呟き、それに騎士団長が答える。


 それからはどことなく緊張した様子の執事やメイドに出迎えられた。


 彼らの人数は少ないし、屋敷も2階建てで最低限の大きさしかない。

 けれど、ワシと同じ男爵として比べると、桁違いに力は持っていることが分かる。


「こちらへどうぞ」

「ああ」


 ワシは執事の案内ですぐに面会室に連れていかれる。


 部屋にはワシの息子くらいの病弱な男と、その息子らしき男。

 病弱な男の髪は白く、大分弱々しい。

 貴族の服も重たくないかつ、無礼には当たらない程度の品をまとっていた。

 身なりもキチンとしているので、問題ないだろう。


 ただ、もう1人の息子。

 この男はどうなのだろうかと思う。

 騎士団長に似た白銀の髪に瞳は烈火のごとく燃える紅色。

 服は白色の鎧を部屋の中で着ている。


 彼等の後ろでは、護衛の兵士が5人ほど壁際に配置されていた。


「……」

「私はロクス・ジェクトラン。このジェクトラン領の主である。そして、こちらが息子のレックス」


 彼がそう自己紹介をして、彼と彼の息子が頭を下げてくる。


 ワシは彼の言葉に答える。


「ワシはフォロス・バメラル。男爵としてバメラル村を預かっている。此度は急な訪問にお答えいただき感謝する」

「いえ、早速そちらへどうぞ」


 そうして彼らと向かい合うようにソファに座る。

 ワシの後ろには騎士団長、正面にはロクス殿、その後ろにはレックス殿。

 壁際にはこの屋敷が最初から用意していた兵士がいる。


 こちらは騎士団長以外の護衛は外で待たせてあった。


「では、失礼して。それで、ご返答はいかがでしょうか?」


 実は書面ですでに内容は送っているので、実の所返事をもらうだけしかない。

 その返事も断る理由などないだろう。

 あるとしても、金額の増額くらいのものだろうが。


 ロクス殿は時折レックス殿を気にするように話す。


「ええ、お受けしたいと思います」

「それは良かった。我が主もお喜びになるでしょう」

「では、内容について詳しく……」

「もちろんです」


 それから、何度か止まったりすることはありつつも、つつがなく話し合いは終わった。

 不安があったレックス殿も口を挟まずに、じっとワシ等を観察していた。


「それでは、歓迎の準備が出来ていますので、いかがですか?」

「ええ、それはありがたくお受けします」

「お待ちください」

「……どうした。レックス」

「いかがなさいました?」


 これで後は食事を終えて一晩泊まり、帰るだけ……という所で、そのレックスが口を挟んでくる。


「時にお伺いしたいのですが、グレイル領主様や、その子息のユマ様とはどのような方々でしょうか?」

「は……それはもう素晴らしい方々です。忠誠を捧げるに相応しい方です」

「護衛の方は?」

「バメラル様と同じです」


 騎士団長もそう言うに留める。

 これは領主と使者の会話であると知っているから、あまり前に出ないようにしているのだろう。

 きちんとわきまえている。


「なるほど、しかし、彼……特に子息の方は許されないことをしていると聞きました。これは事実ですか?」

「そのようなことはされていないと思いますが?」


 なんのことかわからないが、レックス殿は確信があるようだった。


「いえ、しています。彼は確実にしているのです」

「なんのことでしょうか?」


 ワシはいいから言えと圧力をかけて彼を見るが、彼は据わった目をワシに向けて答える。


「法を犯しています」

「法……ですかな」

「ええ、そうです。法を犯しています」

「どのような?」

「盗賊を家臣へと引き上げるのは重罪です。盗賊は縛り首と決まっています」

「シュウのことでしょうか? 彼は盗賊としての罪を犯していません。そのことは我がバメラルの村でも確認済みです」


 こういうこともあるかもしれないと、シュウのことに関しては問題がないように通達されていた。

 それに、ワシも自身の村のことで確かめたが問題なかった。


 しかし、レックス殿はずっと同じ表情でさらに続ける。


「議会の決定に反旗を翻しました。これは明確に違反行為です」

「議会の決定に? 意味が分かりませんぞ」

「議会によって派遣された使者を斬ったと聞いています」

「それは議会の連中が現場が独断で働いた間違いだったと認められた。よって貴殿の言い分は間違っている」


 ワシは眉が寄ってしまう。

 こちらに問題があるとケチをつけて決まったことに譲歩を求めようとしているのか?

 決まった金額を更に上げたい……などだろうか?


 それにしては、ロクス殿はかなり緊張した顔でワシと息子を交互に見ている。


「それでは、武闘大会での件はいかがでしょうか?」

「武闘大会?」

「ええ、外領の人材を引き抜いてはならない。という法です」

「それはすでに撤廃された」

「撤廃されるまでは有効なのでは?」


 レックス殿の言葉で、ワシは自身の眉がきつく寄った。

 その言葉は聞かなかったことにした方がいいくらい重要なことを言われたからだ。


「聞かなかったことにした方がいいかな?」


 ワシはレックスではなく、領主のロクス殿に視線を送る。


「いいえ、自分は必要なことだと思って言っております」


 なんなんだと叫びたい所だったが、それをしては使者としての役目が果たせない。

 なので、わざわざ聞かなかったことにしようと言った意味を話す。


「では、レックス殿。貴殿はこの国で人材を引き抜いた全ての貴族が法を犯している。そう言いたいのだな? グレイル領の臣下であるワシを含め、この国の貴族全員に罪があると。それでよいのだな?」


 そんなことを告発したら、この領地は即座に潰されるぞ。

 言外にそう言ったつもりだったが、彼には届いていなかった。


 彼はゆっくりと首を横に振り、今日初めて顔を歪ませる。

 いびつな笑顔、その時の印象はそれだった。


「罪を犯しているのはあなた方大領の方々です。我々のような貴族は罪を犯していない。裁かれるのは、あなた方だけです」

「それは……」

「罪を償い、ただ法を守る。どうしてそれだけのことができないのでしょう」


 こいつは何を言いたのか?

 頭が痛くなってきた。


「だから、こう思うのですよ。この国で法を犯す様な者達は全て裁きを受けるべきだと。神の身元へ行き、その罪を償うべきだと」

「それは……処刑せよ。ということか?」

「その通りです。そのような方々にこの国を治める資格などありませんから」

「……それは国家反逆罪を問われても言い逃れ出来んぞ」

「そのようなことをする気はありません。我々は正しい正義の元に裁きを下すのです。我々が、正義なのです」

「馬鹿げている……」


 それから、彼がすっと左手を上げると、扉が開かれて兵士が入ってくる。


「どういうつもりだ!」


 ワシは叫び、騎士団長は剣の柄に手をかける。


「やめた方がいいですよ? 外に待っているあなた方のお仲間がどうなってもいいのですか?」


 最初からそのつもりだったのかと唇を噛み締める。

 でも、そんなことをしている場合ではない。


「逃げろ。お前だけでも」

「いえ、できません。狙われています」


 騎士団長だけならなんとかなるかもしれないが、彼女は逃げなかった。

 その視線の先には、窓の外の森を見ているようだ。


「おっと、逃がしませんよ。そうなったら外の方々の首を即座に刎ねるでしょうからね。それにあなたには使い道がありますが」


 そう言うレックスに、ワシは無駄だというように答える。


「国をひっくり返す気か。しかし、ワシ等にその様な価値はないぞ」

「それを決めるのは自分です。さて、あなたはあの盗賊と通じているバメラルの村の主でしたか。では、あなたには後でその罪を償ってもらいましょう」

「待て、何をする気だ。村は盗賊の侵略の復興をしている最中で」


 しかし、ワシの口は兵士に塞がれる。


「関係ありません。盗賊と通じている村等、盗賊と一緒。悪は滅びなければなりません。ですが、裁判くらいはしてあげますよ」


 そう言って笑う彼の目は、決して笑っていなかった。

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