第15話 アーシャ視点 弓への想いと……

 わたしはアーシャ。

 アルクスの里の長、ナーヴァの娘。

 里の同年代でわたしくらい弓の扱いが上手い奴はいなかった。

 それにわたしは天才なんだ、だからすぐに父さんを追い越してみせる。

 そんな風に思っていた。


 でも、圧倒的な才能を見せつけられた。


 ユマ・グレイル。

 才能があって、強くて、かっこいい。

 弓を習い始めてすぐにわたしと並ぶ男。

 これから一体どれほど強くなるのだろうか。


「ふぅ……出よう」


 わたしは湯あみを終え、浴室から出る。


「……なんか気になる」


 わたしは基本的に森の中で生きてきた。

 だから湯あみをした後に、土づくりの建物があまり好きになれずふと外に出る。


 そこでは、ユマ・グレイルが弓矢の練習をしていた。


「……」


 わたしはなぜか気配を殺し、彼の練習を見続けた。


 父さんは弓に対しては真剣だ。

 だからお世辞を言うこともないし、褒めることもそうそうない。


 その父が……彼をあれだけ褒めた。

 なのに、その本人はそれにあぐらをかくことなく、1人で夜も練習を続けている。


 そんな彼の背を見て、わたしは思う。


「このままじゃ嫌だ。わたしは……置いていかれるは絶対にいやだ」


 わたしは立ち上がって彼に近づく。


 彼はとても集中しているようで、わたしのことには気づいていない。

 弓をイメージで引くそぶりをしたり、風を読もうとしたりもしている。


「ねぇ」

「ん? んん……どうした」


 彼はわたしの方を振り返ったかと思った後、すぐに目を逸らす。

 なんで……と思ったけれど、今はいい。


「わたしも練習したい。いい?」

「いいぞ。ただ放った矢は自分で取りにいけ」

「分かった」


 わたしはそう答えて、自分の装備を取りに部屋に戻り、顔が真っ赤になる。


 湯あみをした後、薄手のシャツに短パンだったからだ。

 木々に触れても痛くないように厚着をするのがいつもだったけれど、湯あみをした心地よさから忘れてしまっていた。


 わたしのような女の魅力がない体なのにあんな対応をするなんて。

 まぁ……今は忘れることにしよう。


 いつもの装備を身に着け、わたしは彼の隣に立って矢を放ち練習をする。


 お互いに話さない。

 けれど、矢を撃ち尽くしたらタイミングを合わせて取りに行く。

 そんな何気ない時間が、とても心地よく感じていた。


 そんなことをしていて、月が頂点に昇るくらいの時に父が来た。


「練習熱心なのもいいけど、明日に響くから今日はやめておきなさい」

「そうだな……今日はこれくらいにするか」

「うん」


 わたしは、彼とのこの時間に後ろ髪を引かれながらも、部屋に戻った。


******


「昨日のは一体なんだったんだ……」


 俺が夜に弓矢の練習をしていたら、かなりの薄着で一緒に練習をしてもいいかと寄ってきたアーシャ。

 それから話すこととかもないから、ただ黙々と矢を撃っていたけれど……。


「なんだったんだ……」


 わかんない。

 昼は親愛を示そうとしたけれど、彼女には響いている様子はなかった。

 かと言って不用意なことは言いたくないし、それで好感度とか下がったら取り返しつかないし……。

 だから黙っていたけれど、彼女はあれで良かったのか。


 まぁ、文句も言わずに一緒にいてくれたから多分大丈夫だろう……多分。


「よし、それよりも今日は政務をしてからだな」


 俺が自分用に割り当てられた執務室に行くと、すでにシュウが仕事をしていた。


「シュウ、お前の執務室は与えたと思うのだが……」

「僕の執務室はいりません。ここにいればユマ様への報告も同時にできますし、僕の仕事ぶりをユマ様にも見て頂けます」

「……まぁ、もう何回も言ったからな」


 彼はなぜか俺の側でできる限りの仕事をしようとする。


 俺から何か聞き出したい情報でもあるのか……? と、最初は疑ってしまったけれど、話せなさそうな話題になると素直に自分から出て行くので、そういう訳でもないと思う。


 それどころか、彼が創設した情報部隊も誰がいてどこに派遣していて、どんな目的があるのか……ということも詳しく報告をしてくれる。


 まじでなんで……と思うけれど、助かっているからいいだろう。


「さて、今日やらないといけないことは……」


 そう思って机の上を見ると、何の書類も置かれていない。


「仕事は?」

「ありません」

「え?」

「全てやっておきました。指示した内容の写しはこちらになります。ゴードン様にも確認をとっていただいたので、問題もないかと」

「まじで?」

「はい。ユマ様には弓矢の修練に励んで頂きたいのです。あなたが為すべきことを為せるように、全力でお手伝いするのが僕の存在意義ですので」

「た、助かる……」


 ちょっと重いかなと思わないでもないけれど、そう言ってくれる部下を信じずに何が次期領主か。


 俺は彼に礼を言って、すぐに鍛えるためにナーヴァの元に向かう。


 そして、練習を始めてすぐに、彼が俺を呼び寄せる。


「ユマ様。あなたがたった1日でここまで技術が上がるとは思いませんでした」

「ナーヴァ殿の指導が良かったお陰だ」

「それだけではありません。あなたが才能を持ち、努力なさっているからです。そこで、お願いがあります」

「お願い?」

「はい。1週間あれば、弓の基礎的なことは教え切れると思っていました。ですが、あなたに弓を教える……ということを、これ以上ここではできません。ですが、1週間の契約を破ることは、傭兵としても働いている手前できません」

「ふむ? なら……どうするんだ?」

「アルクスの里に来て頂けませんか? そうしていただければ、今以上の弓の腕になることをお約束します」


 つまり彼はこういうわけだ。

 俺が滅ぼすかもしれないアルクスの里に来い……と。

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