第3話 告白と引っ越し

もはや俺は自分のことが可笑しく思えた。



「ごめん」


 俺は一言目に謝った。


「え?」


「なにが?」


「いや、俺クズだわ」


「もはや今更だね」


「自分でも気付いてなかったのね」


「で、どうするの?」


 美夜が聞いてくる。


「私たちは離れられないけど、あんたに拒絶されたら自殺すると思うわよ」


 横でうんうんと優も頷く。

 ……。


 俺がそうさせたのだ。

 これについて俺は何も言えないし、俺は責任を取るべきだろう。

 実際責任を取りたい相手であると改めて自覚をした。


「拒絶なんて俺がするわけないんだよ」


「まぁでしょうね」


 あんたは誰にでも優しいものねと、美夜があきらめたように呟く。


「そう、俺はお前たちを拒絶することなんてできない」


「「はぁ……」」


「もういいわ」


 美夜がそう言うと優を手招きして何やら話し始めた。


 ……

 …………

 ………………

 時折こっちをチラッと見ながら、しばらくして話し終えた二人が俺の方へ向き直りこう言い始めた。


「私たちここに住むから」


「荷物まとめてくるね」


「私は仕事の服とかいろいろあるから隣の空き部屋も買っちゃうわ」


「寝室はどうします?美夜さん」


「そうねぇ、クイーンサイズ買って三人で寝ることにしましょうか。不服だけど」


「それがいいかもですね。不服ですが」


「龍也と2人だけで寝れる日も作るわよ」


「当たり前です」


「ってことで引っ越してくるから」


「ほかの女性たちのこともきちんと考えてくださいね」


 え?

 まてまてまて……ん?

 さっきまでバチバチだったのにいつのまにか結託して、しまいには三人で同棲が始まろうとしている?


「じゃあ、とりあえず荷物まとめに帰るね」


 そう言って帰ろうとする優。


「私はマネージャー経由で横の部屋買い取るわ」


 そう言ってマネージャーに電話しようとする美夜。


「二人とも待ってくれ」


 思わぬ急展開についていけず、頭が混乱している。

 そんな中俺は「いいのか?」と口走ってしまう。

 でも話始めたら止まれない。


「俺は誰にでもいいやつとして振舞って、そういう空気になったら何のためらいもなく最後まで行っちゃうようなやつで、こんな状況でも二人とも好きだなぁって思っちゃうクズだ」


 自分で言って苦しくなりながらも続けた。


「それでもいいのか?」


「おおむねいいわ」


「部分的には了承します」


「でも」


「ですが」


 二人が顔を見合わせ向き直る。


「これからはそのやさしさを私たちだけに絞りなさい/してください」


「今いるほかの人たちとはまた近いうちに話すとして、今後は私たちだけを見て」


「さすがにこれ以上増えたら、泣きますよ?」


 なんでだよ。

 なんでなんだよ。

 こんなにクズ相手なのに泣くだけかよ。嫌いにはならないってのか。


 気づいたら俺が泣いていた。

 気持ちが悪すぎる。

 浮気がばれてそれを許されて泣いている男。

 

 あぁ、どうしてだろう。


「こんなクズでも、これからも……一緒にいてほしい」


 恋人同士なら人生で一番幸せなシーン。

 でもなぜか、男一人に女二人という異常な状態だった。

 

「もう離れられないとこまで来てるって言ったでしょ」


「普通の恋愛に憧れてた時期はありましたが、どうしても龍が好きみたいなのでもう普通の恋愛は諦めました」


「その代わり、全員同じだけ愛しなさいよ?」


「それが絶対条件です」


「もちろん、絶対にだれにも差をつけない」


 俺の顔はいつもより真剣な顔になっていたと思う。

 このセリフに嘘はなかったし、約束は必ず守ろうと決めた。


 でも、どうしようもなくこの状況に違和感を覚えている自分がいる。

 そうしなければならない何かが自分の中に現れてしまった。


 ……これは一体?

 …………

 そんなことを考えているうちに彼女たちは行動を起こしていた。


 納得した表情で荷物をまとめに帰った優。


 若干不貞腐れた顔でこっちを見ながらマネージャーにマンションの部屋の買収を依頼する美夜。


 「ハハハ」


 思わず乾いた笑いが漏れる。

 俺は世界一幸せなクズ野郎になってしまった。



 

 翌日気持ちのいい晴れの日、美夜と優が俺の部屋へ引っ越してきた。


 優の両親は長年優が俺のことを想っていたことを知っており、よく知る俺となら大丈夫だろうと快諾してくれたらしい。

 そして優の両親伝手に俺の両親にも伝わり、あの後泣きながら怒られ、そのうえでしっかりやれと言われた。


 美夜は元から一人暮らしだったし、両親とはあまりうまくいってないらしい。もうほぼ絶縁状態なのだとか。

 美夜は昨日自分の家には帰らず泊まっていったが、荷物やら服やらはもう俺の隣の部屋へ搬入途中だった。


 いくらなんでも早すぎる。


 さすがはどのチャンネルにしても見ない日はないほどのスーパーアイドル。

 十代でも持っている力は大きく、様々なスキャンダルがひしめく現代の芸能界を生き抜くために相当有能なアシスタントがついているのだろう。


「突然引っ越してきたけど、よく考えたらこの家リビングを除いたら洋室は2つで1つは寝室なのよね」


「寝室は三人で使うとして、もう1つの部屋はどうしましょう?」


 そんな引っ越してきたばかりのはずの二人はいつのまにかこの部屋によくなじんでいた。


「2人で寝れる日を作るならそちらは普通の個人部屋のようにしておくのはどうでしょう?」


 おずおずと発言する。


「もしかしたら、まだ増えるかもしれないですし……」


 ベッドなどの最低限の家具は置いてと、これについては本当に頭を上げられないため、かしこまった口調で提案してみた。


「まぁ確かにそれもありかもね」


 一瞬ギロリと睨まれながらもなんとか同意を得る。


「でもせっかく隣も買ったんだから、2人の日はほかは隣の家で寝るってのはどう?」


 美夜がそう提案をしてくる。


「なるほど確かにほかの相手を意識しないでいいっていうメリットは大きそうですね」


 優も同意している。


「で、ではお任せします」


 俺の立場は最底辺だ。

 じゃあそれで決まり、と美夜が言って部屋問題はいったん解決された。

 

「じゃあそれで、その残りの三人のことはどうするの?」


 美夜にそう聞かれ俺は迷う。


「とりあえずどうしたいのかを教えてほしいな」


 優が口調だけは優しくまったく笑ってない目で俺を促す。

 今は適当な嘘をついていいタイミングではない。


「……まず、亜里沙先輩のことは……好きだ。」


 案の定空気が凍り付く。


「で?」


「今日は午後からバイトだからそのあと予定ないか聞いて、先輩の都合がよければあの喫茶店の個室を借りて話そうと思う」


 あの喫茶店はこの二人ともいったことがある。

 もちろん一対一でだが。

 ……


「はぁ」


「あんたはそうやってまた私たちに隠れて密会するのね」


「さすがに擁護できませんね」


 うぐ……密会のつもりはなかったが確かにそう取られてもおかしくない。

 どうしようかと悩んでいると優から思わぬ提案が上がる。


「その密会に私たちも一緒に行けばどうでしょう?」


 美夜ははっと驚いたように「それだわ」と言った。


 おいおい。

 当人たちを連れて浮気させるってことかよ。

 昨日の修羅場もとてつもない空気だったのにさらに一人増えるというのか。

 しかしこれは完全に自業自得であり、俺に反論の権利なんてものはない。


「……では、バイトが終わり次第連絡するので個室取っておいてもらってもいいでしょうか?」


 万が一個室が空いていないという状況を避けるため、非常に申し訳ないと思いながらもお願いすることにした。


「わかったよ」


「その代わり、絶対連れて来るのよ」


 今日は先輩をいつもの喫茶店に連れていくことを至上命題とするしかないようだ。

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