第2話 幼馴染 夏野優

 昼前、俺はインターホンの音で目を覚ました。


 隣にはあられもない姿で寝ている絶世の美女がおり、寝覚めから昂ってしまったが何とか抑えつつ、インターホンを見にリビングへ向かった。


 宅配か何かか?


 そんなことを考えながらインターホンを見た俺は絶句した。


 インターホンには学校一の美人で俺の幼馴染の夏野優なつの ゆうが写っていた。

 優とはもう十年以上の付き合いだ。お互いの両親のことも知っている。


「まずい」


 思わず声に出してしまう。

 こんなただれた生活が両親にバレるのもまずいが優にバレる方が俺としてはまずい。


 俺が美夜と付き合っていない理由、それは主にこの優が原因である。


 俺は優が俺のことをどんな風に想っているかを知っている。

 知っているのに気づかないふりをして、どっちつかずの微妙な関係を続けている。

 優は優しいやつだから俺に彼女ができたと知ったら間違いなく身を引いてしまうだろう。

 しかし俺は今の微妙でも心地いい関係を崩したくない、だから美夜と優の都合のいい関係に甘えているのだ。


 どうしたものか。


 今の状態で家に入れたらどちらとの関係も終わりを迎える可能性がある……それだけは避けたい。


 どうにかする方法はないかと必死に思考を巡らせて、今日はまだスマホを確認していないことに気が付く。


 優は絶対、人の家に来る前には連絡を入れているはずだ。


 そっちで何の用か聞いてから対応を考えよう。


 そう考えた瞬間事態は最悪な方向へ転がった。


 「何をあたふたしてるの?」


 まだ眠そうだが、訝しんだ目でこっちを見つつインターホンへ向かってくる美夜。

 まずい、これは非常にまずい。


 というかせめて何かを着てきてくれ。

 せっかく抑えたものが再燃してしまう。


「ああ、ええっと……」


 美夜のあられもない姿に思考を邪魔されながらも、適当な言い訳で時間を稼ごうと努力してみるがその甲斐なく美夜がインターホンを覗く。


 そしてため息をつくと、「ねぇ、この女誰?てか早く出なよ。待たせるのかわいそうでしょ」


 今までに聞いたことのないほど強く冷たい語気で責められる。

 やはり芸能界で生きていくにはこのくらいの怖さも必要なんだろうかなどと馬鹿なことを考えるも、もうどうしようもない。


 「わかった、出るからその間に服を着てくれ」


 せめてもの抵抗をして、あとは数分後の自分に任せることにした。


「すまん優。出るの遅くなって」


 俺は待たせてしまったことの償いや、美夜が服を着る時間を稼ぐためにもインターホンで応答せずにそのまま玄関で優を迎えていた。


「ううん、大丈夫だよ。全然既読つかないから心配になっちゃって」


 あははと笑う優に罪悪感を覚えながら「せっかく来たんだし寄って行けよ」といって部屋にあげた。


 玄関に確実に女もののヒールがあるのに全くそれには触れず、無言で俺についてくる優にどんどん罪悪感が積もっていく。


 リビングに入るとさっきまでとは比べ物にならないほど身支度をきちんとした美夜がソファに座っていた。


 さすがアイドル早着替えはお手の物ってことか。

 俺の思考は完全におかしくなっている。

 もうダメかもしれない。いろんな意味で……。


 ここでようやく優が口を開く。


「どちら様ですか?」


 しかしそれは俺に向けてではなく美夜への完全な威嚇だった。

 あの優が、誰にでもやさしい優が、まったく笑ってない。ひとかけらのやさしさも見えない……。


 だが相手はあの女王美夜だ。


「私は藍野美夜、名前くらいは知ってるでしょ」


 意に介した様子もなくそう答える。

 優は一瞬驚いたような顔をするもひるまず、「あのアイドルのMIYAですか?なぜ龍の部屋に?」


「別になんだっていいでしょ?というか察してよ」


 あきれ顔でそう答える美夜にも優は一歩も引かない。


「はい、あなたが龍に寄生する女だということは察しました」


「それはあんたも同じでしょ!?」


 ?

 まぁ確かに美夜は俺に依存気味ではあるが、優も一緒?

 好感を持たれている自覚はあったが予想外の一言に一瞬呆然としてしまう。

 しかしどんどん険悪化する雰囲気にこれ以上はまずいと思い、止めに入ろうとしたとき―――。


「「ねぇ説明してよ!!」」


 声をそろえてそう言われてしまった。


 ローテーブルをはさんで向かい合うようにソファに座っている二人。

 そのどちらの横にも座ることができず、俺はその場で正座をすると、とりあえず謝ることにした。


「ごめんなさい」


「さて、何についてでしょう?」


「何についてなのかしら?」


 突然余所行きの声になった二人に顔を上げられず、正直に全部話すことにした。


「……俺さ、二人とも好きなんだよね」


 おっと、まったく飾らない本音が出てしまった。

 だが言い訳を考える時間も、言い訳をしていい雰囲気でもなかったから仕方ない。


「「は?」」


「一言目が浮気宣言って……」


「確かに付き合ってるわけじゃないけどさぁ」


 優が失望した声で、美夜は呆れた声でそう言った。


 それにもめげずに本音で続ける。


「どっちかと付き合ったら、どっちかと疎遠になるかもって考えたらどうやっても選べないし、そもそも俺に選ぶ権利とかないよなって思って今までのような、なぁなぁな関係を続けてきました」


 でも隠しているつもりはなかったんだと、ここで始めてせめてもの言い訳をつけ足しておく。

 俺は焦りで早口になっていた。


「でどうしたいわけ?現在進行形で対面しちゃってるわけだけど」


 美夜がそう聞いてくる。


「……」


「はぁ……、美夜さん」


 口ごもる俺に変わって優が美夜に声をかけた。


「なによ、女狐」


「それはこっちのセリフです。ってそうじゃなくて」


「私は何となく気付いてました。最近金曜日から日曜日は龍の反応が悪いので」


「それで?」


「曜日交代制にしましょう」


「は?」


 思わず俺は声を出してしまう。

 しかしその声は無視される。


「聞きましょう?」


 美夜が続きを促した。


「今美夜さんは金曜から日曜を独占してますよね」


「まぁそうね」


「土日は譲るので月から金を私にください」


「いやよ」


「どうしてですか!?」


 これでも結構譲歩していると優が憤る。


「だって金曜から日曜まではこいつ、私のって決めてるもの」


「だから休日だけにしてくれれば譲歩するって言ってるんです」


「こっちは授業とかバイトとかで全然二人の時間が作れないのに休日を譲ってるんですから金曜日くらい譲ってください!」


「いやなものは嫌なの」


「どうして……」


 そう言いながら二人は俺を睨む。


 その話の落としどころを見つけるのは難しいと思ったのだろうか。

 突然、話の矛先が俺に向いた。


「というかそれより、はいないのよね?」


「確かにそれの確認も必要ですね」


 先ほどまでいがみ合っていた二人が結託して俺を問い詰めてくる。

 まずい確かにこの二人のように彼女さながらに関わる人は……。


「他というのはどのくらいの範囲を指すのでしょうか?」


 尻すぼみに弱弱しい丁寧語になっていく情けない俺。


「「全部!!」」


「女として接してる相手全員言いなさい」


「この際言い切った方が後は楽ですよ?どういう意味で楽になるかは龍也くん次第ですけどね?」


 ひぃぃ。優に龍也くんなんて呼ばれたのは初めてじゃないだろうか……。


「すいません」


 結局バイト先の先輩やら同じクラスのギャル二人との関係まで吐かされた。


「「はぁ」」


「あのいつもやさしくしてくれる龍也がこんなにクズだったなんて……」


「ほんとにいつからこうなっちゃったの……」


「それは……」


 それはいつからなんだろうか。

 言われてみれば高校へ入学してまだ2か月、普通に考えたら頭がおかしいと言われても仕方がないという気がしてきたし、自分のこともおかしいんじゃないかと疑いたくなってきた。

 俺は自慰を覚えたてのサル並みのような行動をしていたんじゃないか……。


「まぁいいわ」


 美夜が突然開き直る。


「私はもうあんたなしじゃいられない、そういうレベルまで落ちてるの。だから愛人が何人いようが私自身が愛人扱いされようが絶対離れてあげない」


 それを聞いた優も「私だってずっと好きだった。もう十年以上……だから私も離れないというかもう離れられない」

 そう言って俺を、いやクズを肯定する。


 俺は罪悪感で死にそうだった。

 俺は今、ここにいる二人から浮気を認められてしまっているということだ。

 

 だからせめて自分の気持ちをはっきりさせようと思った。


 この二人は俺がどんなにクズでも好きだと言ってくれているのだ。

 まず、俺もこの二人のことは好きだ。この気持ちの大きさに差はない。


 では、バイト先の先輩はどうか。3つ年上の大学生。


 どんな時でも巨乳の包容力で受け止めてくれる。

 絶対に俺のことを否定しない。

 俺がかっこつけたいときは察して甘えてくれる。

 きっと相談をすれば全肯定で受け止めてくれるだろう。


 うん。好きだ、最高だ。二人と同じくらいには好きだ。

 そして先輩には彼氏はいないと言っていた。

 先輩が俺のことをどんな風に思っているのかはわからない。

 でも俺が先輩のことを好きなことに間違いはなさそうだ。


 では、ギャル二人はどうか。

 今日話しかけてきた金髪ギャルの横にいた二人だ。

 同い年で同じクラス。

 なんだかんだで気は合う。二人はお互いに俺と関係があることを知っていても、仲良くしてくれる。何なら二人同時に遊ぶこともある。


 うん。かなり好きだ。


 あの二人からすればただの遊び相手なのかもしれないけど、俺はきっとセフレでも好きになってしまうタイプなのだろう。

 ……

 …………

 ………………

 これについてはもっと落ち着いて考える必要がありそうだ。

 だが1つ確実にはっきりしたことがある。

 

 ……俺……とてつもないクズだ。

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