第29話 考察

「来たか、|大番狂わせ≪ジャイアントキリング≫!」


 小さな剣が執務室に戻ると、扉がしまった瞬間にエファリカが嬉しそうにマルコのスキルを言い当てた。

 やはり長い時を生きて来た不老の英雄は【大番狂わせ】についての知識も持っていた。


 先程の模擬戦でマルコが【大番狂わせ】を持っていると想定しなかったのは、そもそもこのスキル事態がかなり希少で特殊なスキルだからである。

 加えてマルコの冒険者ランクはGランク。

 普通、魔物討伐で大きな実績を上げた冒険者は、昇格条件を満たしていなくてもギルドマスターの権限でランクを上げられる。

 ギルドの内部事情に詳しい者ほど、少ない情報からマルコの実力を測るのは難しいと言える。


 エファリカにとって魔族が攻め込んでくるこのタイミングで【大番狂わせ】持ちが現れたのが余程嬉しかったらしく、先程までより明らかに機嫌が良い。

 マルコとディアナは、そんなエファリカに首を傾げながら、向かいのソファーに座った。

 執務室にエレーヌはおらず、机には4杯の紅茶が並べられていた。


「さて、マルコ君だったな。私は君のスキルが大番狂わせだと考えているんだが、相違ないか?」


 エファリカはどう見ても確信を持っているので、これはマルコ本人の口から聞く為の確認でしかない。

 マルコは【大番狂わせ】の事を限られた人間にしか伝えていないが、エファリカに関しては知られても問題無いだろうと考えて頷いた。


「間違いないと思います。僕が生まれた村の友人から鑑定はしない方が良いと言われて、スキルが発現してからは鑑定していませんが」


 マルコの言葉を受けて、エファリカは顎を抓んで頷いた。


「ふむ。それは良い判断だったな。ランクをGから上げていないのは、隣の男が気を回したな?過去に大番狂わせを持っていた“だろう”と思われる者達がどうなったか知っているか?」


「はい。すぐに亡くなったとだけは」


 ヘントは【大番狂わせ】を発現した者達が、皆あっさりと死んだとマルコに伝えていた。

 エファリカは言葉を続ける。


「そうだ。私も人伝に聞いた話だがな。強力な魔物を偶然倒した村の子供が貴族の養子として取り上げられて、戦場の最前線に放り込まれたなんて話を聞いたことがある。下手をしたらマルコ君もそうなっていたかもしれない」


 ヘントが懸念していた事は、過去に実例があったらしい。

 前世でも今世でも、マルコは本当に周りの人間に恵まれている。


「貴族になんて絶対に渡さないわよ。マルコを守るのはあたしなんだから」


 ディアナの言葉に、エファリカは更に理解を深めた。


「なるほどな。ディアナ君はマルコ君を守る騎士といった所か」


「その通りよ!ふふん」


 胸を張り、自信を持って言い切ったディアナ。

 ディアナは冒険を始めてからマルコを守り、支えて来た自負がある。

 マルコとは誰よりも強い結びつきがあるし、マルコの最高の相棒は自分であると言い切れる。


「普段のマルコ君を見ていると、ディアナ君の献身は相当に大きなものだろう」


「ディアナには、いつも助けて貰ってます」


「あたしもマルコに助けて貰ってるけどね」


 マルコとディアナの関係性を見て感じて、エファリカは穏やかな目を向けている。

 ドミニクは生暖かい目で見ているのだが、こちらには誰も気付く様子は無い。


「コホン。そろそろ本題に移ったらどうだ?」


「ああ、そうしよう。まずは念の為の意思確認からだ。マルコ君とディアナ君にはアルガンシア北部バラッドラ砦の防衛戦に参加して欲しい。君達に参加の意志はあるか?」


「人類の危機ですから、参加します」


「マルコが一緒ならやってやるわよ」


「アンアン!」


 マルコとディアナは参加の意志を示し、ロウも分かっているのかいないのか声を合わせた。


「感謝する。それでは、作戦を立てる上で重要な確認をしておきたい。まずは大番狂わせの発動条件に関する確認だ。まずは私の考察を聞かせるから、マルコ君は正解だったら正解と言って教えてくれるか」


「わかりました」


 マルコが了承してエファリカの考察が始まる。


「私は一度だけ大番狂わせを持っていたサントという冒険者と共に戦った事がある。サントが戦うのを見て、私が考えた大番狂わせの発動条件は3つ。1つ目は相手との力量差だ。これは大番狂わせという言葉の通りだが、一定以上の力量差がある相手に対して大番狂わせは発動する。更に力量差に開きがあればある程に力が増す。違うか?」


「その通りです。僕の場合は大体、討伐推奨ランクがBランク以上になると大番狂わせが発動します。BランクよりもAランクを相手にした方が力が湧いて速く動けるので、エファリカさんの予想は正しいと思います」


 エファリカは正確に1つ目の条件を言い当てた。


 マルコはこれまで、数多くの魔物と対峙…実際に多くはディアナの背中のうしろから…してきたが、【大番狂わせ】が発動したのは全てがBランク以上だった。

 Bランクの中にも強さではなく別の要因で討伐難易度が上がっている魔物がいて、こちらの魔物の場合は発動しなかったので、全てのBランクに対して発動した訳では無い。

 しかし、Bランクが一つの基準となっているのは間違いないだろう。


 エファリカは考察を続ける。


「2つ目は距離だ。大番狂わせは一定以上の力量差がある相手が一定範囲内に入った場合に発動する。サントは恐らく5m前後だった。マルコ君はもう少し広いと考えているが、どうだろう?」


「その通りです。範囲は初めて発動した時より広くなりました。さっきの模擬戦では、エファリカさんが二歩目を踏み出そうとした辺りで発動しました」


「ふむ。8mから9mの間か。スキルは使えば使う程に効果が高まっていく。マルコ君の大番狂わせは、今後も範囲が広がるのだろう」


 エファリカは2つ目の条件も言い当てて、マルコの返事を聞くと満足そうに頷いた。


 エファリカの考察は続く。


「最後の3つ目だが、私はこれが非常に曖昧なものだと考えている。そうだな…敵意という言葉を使おうか。一定の力量差、一定の範囲内にいる相手の敵意に反応して効果が発動しているのではないだろうか。例えば2つの発動条件を満たしているディアナ君とはいつも一緒にいるのだろうが、大番狂わせは発動していないのだろう。私とドミニクも条件を満たすが、今は発動していない。違うかな?」


 マルコはエファリカの指摘に心底驚いた。

 そして、エファリカの言葉に深く頷く。


「仰る通りです。ディアナに関しては一度だって大番狂わせが発動した事はありません。ドミニクさんは初対面の時には発動してましたけど、それ以降は一度も無いです。エファリカさんも模擬戦で雰囲気が変わっていた間だけでしたね。敵意と言われると、確かに腑に落ちる部分があります」


「え?俺、お前に敵意向けてたの?」


「ははははは!ドミニクの坊やは老けても血気盛んだな。訓練が足りないのではないか?」


「え?ギルマスおっさんなのに坊やって呼ばれてるの?笑えるわね」


「その呼び方止めて貰えます!?こんなおっさんにもなって恥ずかしいんで!」


 マルコの発言から話が逸れてしまったが、エファリカの【大番狂わせ】に関する考察は全て正しかった。

 エファリカがドミニクの昔話を語り出して、そこから更に脱線する事になったが、筋骨隆々なおっさんが顔を抑えて恥ずかしがるのを見て、皆が真顔になって話を続ける。


「話を戻そう。敵意というものは隠しようがない。どんなに腕の良い暗殺者であっても、どれだけ気配を消して心を鎮めていても、完全に敵意を消す事は不可能だ。私は長く生きて様々な経験をした分、その辺は敏感でね。今まで何度も敵意を感じ取って暗殺者を始末した事がある」


 どうやらエファリカも有名なだけあって、かなりの苦労をして来たらしい。

 始末という言葉が物騒だが、甘い考えでは生きていけないのがこの世界だ。


「私の敵意に反応して大番狂わせの発動が出来るなら、上手く作戦に組み込めるかもしれないな。それも含めて作戦を練り直さなければね」


 ドミニクが顔を抑えて身を捩っているのをよそに、3人の話し合いは続く。

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