第30話 活かされる者
「今回の戦い…バラッドラ砦防衛戦で、私はマルコ君を中心とした作戦を立てるつもりだ」
エファリカはベルートホルンを訪れる前まで、出来る限り多くの冒険者を集めて集団戦で魔物の軍勢に立ち向かう作戦を考えていた。
今回、魔族側の要となる戦力は確実に竜だ。
人類側からすると闇従魔士が操る魔物の軍勢も厄介だが、何より竜の存在が厄介だ。
山の如き巨体で空を飛び、魔術を弾く強靭な鱗を持ち、属性魔術に長け、ブレスを吐けば広域を更地に変える竜という存在は、何よりも優先して倒さなければならない敵だ。
竜を倒すには数百、時には千を超える兵が必要になるとは、有名な魔物研究家の言葉である。
アルガンシア王国最北の街バラッドラ。
バラッドラにはヴォルカ大森林からの魔物の侵入を防ぐバラッドラ砦がある。
ヴォルカ大森林の左右には険しい山脈が存在していて、魔族が人類の領域に攻め入るには、まずはバラッドラ砦を攻略する必要がある。
砦さえ抑えてしまえば、あとはそこから魔族と魔物を送り込むだけで魔族の支配域は広がっていくだろう。
竜は空から山脈を超えてアルガンシア王国に侵入出来るだろうが、魔族側の戦略としてまずは砦の破壊に竜を差し向けるのは確実だろう。
本来ならば砦を利用して竜への一斉攻撃を仕掛けるのが過去にも行われた竜との戦いで取られた作戦だが、マルコという存在によってエファリカはその作戦を変更した。
その内容をマルコに告げる。
「今回、魔族側が声を掛けているいるのは風竜だ。マルコ君には一騎打ちで風竜仕留めて貰いたい」
まさかの一騎打ちの提案に、マルコは大きな驚きを持った。
風竜の単独討伐など、歴史に名を残す英雄達の偉業でしかないからだ。
それに剣を交えたとは言え、今日出会ったばかりの自分にそんな大仕事を任せるのは無謀ではないかと考えたからだ。
期待してくれるのは嬉しいが、その期待に応えられるかどうかマルコには不安があった。
エファリカは言葉を続ける。
「言い方は悪いが、普段のマルコ君は噴けば飛ぶ様な存在だ。些細な事で怪我をするだろうし攻撃を受ければ簡単に死ぬ。それを支えているのがディアナ君なのだろう」
マルコは深く頷いた。
前世でも今世でも、マルコはずっと周りに支えられて生きて来た。
優しい人達に支えられ、リオナ村を出てからはディアナに支えられて、ディアナに守られて生きて来た。
だからマルコは簡単に死ぬと言われても、その通りだとしか思えないし、ディアナに大きな負担を掛けているのを今だって申し訳なく思っている。
ディアナは負担だなんてこれっぽちも感じてはいないのだが、マルコからすればそう思うのも不思議ではないだろう。
「しかし、そんな弱弱しいマルコ君だからこそ、弱さの反動で|大番狂わせ≪ジャイアントキリング≫の効果は凄まじいものになる。マルコ君は大番狂わせさえ発動させてしまえば、単独で竜を打ち倒す力だって持っていると私は考える」
マルコという冒険者は生まれたばかりの赤子や寿命が近い老人の様に弱く、しかし条件さえ整えてやれば尋常ではない強さを発揮する、非常にピーキーな存在だ。
【大番狂わせ】を発動させるには力量差、距離、敵意の3つの条件を満たさなければならない。
この中で最も満たすのが難しい条件は距離だろう。
世界最弱の冒険者と言っても過言ではないマルコと巨大で偉大な竜の力量差は明白。
戦いとなれば、竜が人類側に敵意を持つのは確実。
羽虫程度にしか思っていない相手であっても、敵と認識している時点で大番狂わせは発動する。
なので敵意の条件は確実に達成出来る。
では距離はどうか。
襲い掛かる魔物の大群。空飛ぶ竜。竜には魔法もブレスもあって、遠い距離からでも特大の攻撃を放つ事が出来る。
押し寄せる魔物の波を割り、竜の攻撃からマルコを守りながら近付き、マルコと竜の距離を10m弱まで近付ける。
それが出来て初めて【大番狂わせ】を発動させられる。
これらの条件を満たすのは非常に困難だろうが、それでも魔物の大群を相手にしながら竜をも倒さなければならない状況では、この作戦が最も確率が高いとエファリカは考えた。
「お膳立てはする。だからマルコ君は竜を倒して欲しい。私の知る限り、大番狂わせは竜すら狩れる凄まじいスキルだ。恐らくはこの作戦が、最もこちら側の被害を抑えられる作戦だろう。
英雄不在の今の時代、竜を相手にすれば大きな被害が出るのは確実だった。情けない話だが、私は単独で竜を倒せる程に強くはない。私は英雄とは違うんだ。だから竜はマルコ君に任せて、私は魔物を従える闇従魔士の魔族を仕留めるつもりだ。
どうだろうマルコ君。竜の単独討伐、やってはくれないだろうか?」
エファリカは真剣な眼差しでマルコに問い掛けた。
その目には一点の曇りも無く、マルコが竜を打ち倒すのに少しの疑いも感じていない様に見える。
寧ろ確信を持っているとしかマルコには思えなかった。
期待は嬉しい。しかし、マルコは過去の英雄達の様に竜を倒せる程の自信は無い。
数瞬、マルコがどう返事をしようか迷っていると、それまでは口を閉ざしていたディアナがマルコの顔を見て微笑んだ。
「マルコはあたしが守るからやってみなよ!マルコなら出来るよ!一人で竜を倒したらマルコは誰もが認める英雄だね!」
それは初めてディアナがリオナ村に来た時、一緒に英雄を目指そうと言った大きくてあどけない少女ディアナと同じ笑顔だった。
ディアナの言葉は、いつだってマルコに大きな勇気をくれる。一歩を踏み出す自信をくれる。
ディアナの言葉でマルコの心は決まった。
「やってみます。いえ、やってみせます」
マルコの決意を孕んだ眼差しと言葉に、エファリカは微笑んで頷いた。
「そうか、やってくれるか。私達がマルコ君を活かす。だからマルコ君は全力で竜を打ち倒してくれ」
前世のマルコは周りの人々に支えられ、助けられ、守られるだけの存在だった。
しかし、今世のマルコはそれだけではない。
周りの人々に支えられ、助けられ、守られ、そして活かされる存在となったのだ。
周囲がマルコというアンタッチャブルな存在を活かせたならば、きっと最良の結果が生まれるに違いない。
長い時を生きた不老の英雄エファリカ・シャフタルは、そんな確信を胸に抱いている。
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