第24話 大湖蛇
クロムはディアナの数歩後を追い掛け、ロウは湖に飛び込んで楽し気に犬かきを始めた。
大湖蛇の放つ
大湖蛇の放った水針に金属を貫通する程の威力は無いが、生身で受ければ皮膚にも肉にも易々と穴が開く。
バックラーを持ち鎧を着た騎士が相手では生身に当てるのは難しいが、バランスさえ崩してしまえばそれは容易となる。
水針は両腕の関節部を襲い、鎧の隙間を縫って当たるかに思われた。
しかし騎士達の背後から猛然と現れたディアナが騎士の首を掴んで後ろに投げ飛ばし、盾で水針を防いでみせた。
「邪魔。下がりなさい」
「邪魔だと?我らベルートホルンの騎士を愚弄するつもりか!」
どうやら騎士の中に愚劣で傲慢な者が混ざっているらしい。
魔物との戦闘中に食って掛かってきた騎士を蹴り飛ばし、力づくで後方へと下がらせたディアナ。
その様子を見て、前衛にいた最後の騎士は頷いてから自らの意志で後方へ下がった。
3人の中では最も年を食っていそうに見えるので、彼が隊長格だろうか。
ディアナはマルコを下ろして盾で大湖蛇の魔術を弾く。
さっさと見えなくなる所まで下がれと思っていると、クロムが追い付いて一団に声を掛けた。
「冒険者ギルドから派遣されたBランク冒険者です!ここは彼らに任せて下がって下さい!」
いつもと違って敬語で指示を出すクロム。
クロムは一団が貴族令嬢とその護衛である事を知っている。
そういった連中はプライドが高く、ちょっとした言葉遣いや態度ひとつで途端に激昂したりする。
先程蹴り飛ばされた騎士が正しくそれである。
クロムの貴族に合わせた態度とBランク冒険者という言葉が効いたのか、年の食った騎士が令嬢に耳打ちして、身を震わせた令嬢が口を開いた。
「こ、ここは任せてさっさと下がるわよ!仕方がないから、貴方もついて来る事を許すわ!」
令嬢の言葉で転がっていた騎士達はすぐさま立ち上がり、騎士と魔術師とメイドを引き連れた令嬢が遠ざかっていく。
令嬢について来いと言われたクロムは苦笑しがた、元よりそのつもりだったので都合は良い。
大湖蛇との戦闘は続いている。
最大で4発の魔術を連続で放つ大湖蛇の水球を、ディアナは盾で難なく弾いていく。
水魔術は火水風土の四元素魔術の中で威力は最も低いが、物理的な重さは最も高い。
一見すると土の方が重そうに感じるだろうが、消費する魔力に対して発生させられる質量は水の方が効率が良い。
直径20㎝…マルコの前世で言うとバレーボール大…の水球が時速100㎞で飛んで来ると聞けば、一発の魔術がどれだけ重くなるか想像出来るだろう。
そんな威力の魔術を連続で受けても、【怪力】のスキルを持つディアナの前では然程の意味を持たない。
後ろにいるマルコを守りながら、ディアナは涼しい顔で水球を防いでいる。
この程度の攻撃ならばディアナは何時間だって耐えてみせるだろう。
そうは言っても湖の中から攻撃してくる大湖蛇に対して、小さな剣には攻撃手段が無い。
大湖蛇は魔力が豊富であり、ディアナは体力が豊富だ。
我慢比べが続いたとして、両者共に決定打が無ければ、いつまで経っても勝負は決まらないだろう。
なので、ディアナはマルコが立てた作戦通りにじりじりと下がりながら魔術を弾く作戦に移った。
遠距離からの攻撃手段を持たないパーティーが水棲の魔物を討伐する手段は幾つかある。
例えば餌を付けた釣り糸を垂らして魔物が食い付いた所を陸に引き上げるのは常套手段だが、大湖蛇とは既に戦闘が始まっているので、この手は取れない。
今回の場合はディアナ自身を大湖蛇に獲物として認識させ、食い付かせた状態で魔術の範囲外まで下がり、距離を詰める大湖蛇を陸へと引き摺り出す作戦を取った。
時間は掛かるだろうが、陸にさえ上げてしまえば一気に距離を詰めて仕留める事が可能だとマルコは考えている。
作戦通りにディアナは少しずつ後退しながら水球を受け続ける。
時折水針も混ざるが、それも難なく盾で弾いて防いでみせた。
持久戦のじれったい戦い方は好きではないが、これは信頼するマルコが立てた作戦であり、マルコを危険に晒さずに大湖蛇を倒すには、これが最も良い作戦だとディアナは理解している。
やはり盾を使った持久戦は楽しくない。
ディアナがそんな風に考えて小さく溜息を吐いた時、状況は予想外の方向へと変化した。
「アンアン!」
湖に入り犬かきをしていたロウがバシャっと大湖蛇に飛び乗り、頭にカプっと齧り付いたのだ。
「シギャァァァァァアアア!」
どう見ても可愛い子犬にしか見えないので忘れがちだが、ロウは伝説級の魔物、神狼の幼体である。
可愛い見た目に反してロウの咬合力は凄まじく、大湖蛇が首を振って振り落とそうとしても全く影響されずに齧り付いている。
何ならマルコの前世で言うジェットコースターに乗っている様な感覚で尻尾をブンブン振って楽しんでいる。
明らかにロウは楽しんでいる。
魔術を操る大湖蛇も頭に食い付かれてはどうしようもない。
魔術に耐性を持つ大湖蛇であれば、自分の頭に魔術を放つ事も出来なくはないのだろうが、過去に一度もやった事が無い事を、強烈な痛みに耐えながら思い付くのは難しい。
大湖蛇は何度も首を振り痛みの原因を取り除こうとするが、ロウは噛み付いたまま放さない。
何故ならロウは今、とても楽しんでいるからだ。
水面に叩きつけられても、水の中に逃れてもロウは放さない。
寧ろアトラクションにアクセントが加わって、もっと楽しくなっているぐらいだ。
「シギャァァァァァアアア!」
やがて首だけでなく長くて巨大な身を捩り、遂には陸に上がってゴロゴロと転がる大湖蛇。
警戒するディアナと、心配そうにロウを見つめるマルコ。
そして大湖蛇は首を縮めてから勢い良く首を振り上げてロウが空中に投げ出されたその時。
「入った」
マルコの【
マルコはディアナの佩いた刀を抜くと、大湖蛇との距離を一気に詰める。
ロウはディアナの方に飛ばされたので、地面に落ちる前にキャッチしてくれる。
そう信じて、マルコは致死線に刀をなぞらせる。
致死線が示すのは大湖蛇のやや手前から首目掛けての一直線。
マルコは致死線に合わせて地面を蹴って跳躍し、未だに痛がって首を振る隙だらけの大湖蛇に飛び上がっての斬り上げを見舞った。
マルコの刀は大湖蛇の鱗を割り。
筋肉質な肉を断ち。
太い背骨を断ち斬った。
大湖蛇は首を失って絶命しても、胴体は反射で暫く動き続ける。
マルコの斬撃を受ける直前、大湖蛇は既に体に指示を出していたのだろう。
湖面から現れた尾が【大番狂わせ】の切れたマルコへと襲い掛かった。
マルコは既に貧弱なマルコに戻っていて、刀は既に手放している。
このまま大湖蛇の直撃を受ければ、幾つもの骨を粉砕されるか、場合によっては死ぬ可能性すらあるだろう。
しかし、ロウを肩に載せたディアナが猛然と迫り、飛び上がってマルコを抱えながら大湖蛇の尻尾を蹴り飛ばした。
マルコに怪我は無く、ディアナもロウも怪我をした様子は無い。
頭を失った大湖蛇は長くて巨大な体の殆んどを陸に上げてうねうねと動き続けているが、それも数十分もすれば動きを止めるだろう。
意外な伏兵の活躍で予想したよりも早く決着は着いた。
結果は小さな剣の完勝である。
ただ一人蚊帳の外だったミルナは、鞄の中でスヤッスヤと昼寝をしている。
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