第25話 令嬢
今回の討伐では大物の存在が確定していたので、5つもの掃除屋パーティーが参加している。
クロムに選ばれた彼らは魔物の解体に関する知識が豊富で、ディアナが呼び寄せるとすぐに大湖蛇の解体に取り掛かった。
大湖蛇は討伐推奨ランクBだけあって素材にも高値が付く。
特に魔術に対して耐性を持つ皮は防具の素材として人気の高級品だ。
牙も毒には無いのだが、こちらもナイフに加工して暗器として使われる人気の素材である。。
肉はワイバーン似て美味だと言われているし、血と内臓は薬の素材になる。
若い労働力にそんな説明をしつつ、今回も随分な儲けになるだろうなと嬉々として掃除屋達が解体を始めた頃、巻き髪の令嬢が騎士達を引き連れて戻って来た。
令嬢はマルコと討伐後のお喋りをしているディアナの前まで来ると、偉そうにふんぞり返ってディアナを見下ろす。
「さっきは感謝するわ。平民が貴族を守って戦うのは当然の義務なのだけれど、わたくしは貴族の模範となる淑女だから特別に感謝をしてあげるわ。光栄に思いなさい」
令嬢のあんまりな物言いに、こめかみの青筋が浮いたディアナ。
貴族は平民に対して高慢で傲慢な者もいるが、そうでない者も勿論いる。
令嬢は明らかに前者であって、貴族の模範となる淑女かどうかは定かでは無いが、少なくともこれが模範であるならば貴族とは関わらない方が無難だと言わざるを得ないだろう。
「いったっ!」
メイドに脇腹の肉を強めに抓られているので、恐らくこの令嬢が“ある意味で”特別なのだろうが。
「お嬢様は少々頭にメラン虫は湧いておりますので失礼な物言いをお許しください。お嬢様、さっさとお名前を名乗って下さい」
メラン虫とは、マルコの前世で言う所の蛆虫である。
頭にメラン虫が湧くとは、つまりはそういう事だ。
「そうだったわね。わたくしはベルートホルン領主の娘でクリッサ・ベルートホル…」
クリッサは突然言葉を失ってわなわなと震えだし、一体どうしたんだろうかと皆が首を傾げる。
クリッサの視線の先にはディアナの膝の上に前足を置いて尻尾を振っているロウの姿があった。
クリッサはロウをじっと見つめ、顔を紅潮させてよろよろと近付いた。
「まぁ!まぁまぁまぁまぁ!なんて可愛いのかしら!わたくし、この子のママになるわ!」
そう言ってロウを抱き上げたクリッサ。
ロウは嫌がっているのかシュンとした後で欠伸をしたが、クリッサは気にする様子もない。
「そこのクロムから聞いたけれど、貴方達ベルートホルンの冒険者なのでしょう?わたくしはベルートホルンの領主の娘。つまりベルートホルンに存在する全てはわたくしの物と言っても過言ではないわね?今日からこの子はわたくしの子よ。さ、行きましょう。この子にご飯を食べさせてあげなきゃいけないわ」
クリッサは背中を向けて歩き出した。
騎士の一人が「良かったですねクリッサ様!」と言ってついて行くが、二人以外はディアナの威圧に中てられて身を震わせている。
ディアナ、ブチ切れ案件である。
「お、お嬢様!そのワンちゃんは彼らの従魔です!お返しください!」
そんな中、勇気を振り絞ってメイドが声を上げ、クリッサは体を斜めに向けて首だけ振り返った。
ロウは神狼だが誰がどう見たって子犬なので、ワンちゃん呼ばわりされるのは仕方がない。
「なにかしら?わたくしはベルートホルン領主の娘だから、わたくしからお父様に頼めば、そこの冒険者達を追い出す事だって出来るのよ。そんなの嫌でしょう?」
嫌味な感じでそう言ったクリッサに対し、漸くディアナが口を開いた。
「別に出て行っても構わないけど?ね、マルコ」
「あはは。そうだね。ベルートホルンは気に入っているけれど、ロウを差し出してまで残りたいとは思わないかな」
二人の言葉を聞いて、汗をダラダラ流しているのはメイドである。
このメイド、優秀が故に常識や良心が絶望的に欠落しているクリッサの専属に選ばれてしまった苦労人である。
メイドは優秀だからこそ、ベルートホルンの冒険者についても領主から情報を得ている。
街で唯一のBランク冒険者が周辺に出現した高ランクの魔物を討伐している事を知っている。
彼女がいなければ討伐出来なかった魔物がどれだけいるのかを知っている。
そして、クリッサがそのBランク冒険者を街から追い出したとなれば、その場に居合わせた自分にも責任が及ぶのを理解している。
メイドはクリッサを殴ってでも今の発言を取り消させようと動き出した。
しかし、メイドよりも早く動いたのは無言で状況を見守っていたクロムだった。
クロムはクリッサに近付くと、耳打ちをして何かを告げた。
すると、クリッサの顔は見る見るうちに蒼褪めていった。
「申し訳ございませんでした!この子はお返ししますから、どうか婚約者様にわたくしの秘密を密告するのは止めて下さいませ!先程の発言も撤回しますわ!」
クロムは一体、クリッサのどんな弱みを握っているのか。
先程までの態度からまさかの土下座謝罪まで持っていったクロムに、優秀なメイドは冷や汗を掻きながら頬をひくつかせていた。
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