第22話 ミルナの鞄
小さな剣は闇妖精の報告を終えて冒険者ギルドを後にした。
闇妖精の特徴についてはミルナから聞いた内容を元に説明をしたが、そもそも普通の妖精と同じく認識出来る者自体が少ない。
情報としては共有されるが、この情報によって変わる事と言えばこれまで妖精の仕業と思われていた現象が、実は闇妖精の仕業だった可能性があると認識が改められる程度だろう。
それでも情報を纏めたり報告書を書いたりでドミニクの残業時間が伸びたのは間違いないだろうが。
そんな可哀想なドミニクとは違って無事宿へと戻ったマルコ達の部屋では。
「ねーねーねー!どうして人間って態々こんな家を建てて住むの?外でも寝られるから無駄じゃないのよ」
「うーん…。きっと雨や風を凌げるのと、家の中の方が外よりも安心出来るからじゃないかな?」
「何それ面白ーい!うわ、何これ!ベッドって超寝やすいじゃん!家って全然無駄じゃなーい!」
ミルナが延々と燥ぎ続けていた。
あれは何だ、これは何だ、あれはどうしてだ、これはどうしてだと、思った事を全て口に出してマルコに質問する。
マルコもそんな質問に一つ一つ丁寧に答えているが、ディアナは眉間に皺を寄せて、明らかに苛ついている様子である。
「煩いわね!マルコは依頼から帰って疲れてるんだから、ちょっとは黙って休ませなさいよ!」
「えー、マルコが嫌がってないんだから良いじゃん!人間が苛々する理由って里で聞いた事あるわよ!えーと、こーねんき?」
「こーねんき?マルコ、こーねんきって何?」
「あはは。更年期障害はホルモンバランスが乱れて苛々したり色んな症状が出る事だけど、確か症状が出るのは45歳ぐらいからだから、ディアナには当てはまらないんじゃないかな」
「あたしはまだ15歳だ!搾る!」
「ぎゃぁぁ!知らなかったんだからしょうがないじゃん!搾らないでー!こーろーさーれーるー!」
「アンアンアーン!」
ディアナはミルナを捕まえ、ミルナはどうにかしてディアナの手から逃れようとする。
二人が騒いでいるのを見て楽しく遊んでいると思ったのか、ロウはディアナの周りをくるくると回り始めた。
そんな光景を見て、この数日で随分賑やかになったなと目を細めるマルコ。
暫くの間わーわーとやった後、食事は部屋へと運んで貰って食べる事にした。
妖精のミルナは木の実と果物を食べると言うので別で注文して、ロウは普通に人間の料理を食べる。
普通の犬や狼であれば食べさせるものには気を使わなければならないのだが、ロウは魔物で神狼なので問題無いと、マルコはヘントから学んだ知識で知っていたのであった。
(街の中を歩く時にミルナが快適に過ごせる様に何か考えてあげなきゃね。鞄とかだったら、自分で開け閉めしたり隙間から外を覗いても目立たないかな?)
そんな事を思考しながら、賑やかな夜は更けていく。
翌朝。
「今日はミルナが街の中で隠れる物を探しに行こうと思うんだけど、どうかな?」
「あたしはマルコがそうしたいなら良いわよ」
「なになに?それってミルナ専用の装備を探しに行くってこと?良いじゃん!最高じゃん!ロウもそう思うでしょ?」
「アン!」
一晩宿で過ごして、すっかり仲良くなったミルナとロウ。
ディアナも賛成してくれたので、マルコ達は朝食を済ませてから宿を出た。
ベルートホルンは街の中心に様々な商店が立ち並ぶ商業地区がある。
貴族が利用する高級店から平民をターゲットにした庶民的な店まで、ここに来れば何でも揃う品ぞろえの良さである。
服飾店、宝石店、食料品店などなど、人の流れも多い賑やかな通りに、ディアナの襟の隙間から顔を出したミルナも小脇に抱えられているロウもあちらこちらと忙しなく首を動かしている。
シンプルな石造建築の2階建て、お洒落な半木骨造の3階建て。
商店によって建物の個性も異なり、石畳の上を歩いているだけでも楽しい気分になる街並みだ。
「ねーねーねー!あそこ!ミルナあそこに入ってみたい!」
そう言って身を乗り出したミルナが指差したのは、黄色い壁の半木骨造の鞄屋だった。
コール商店という鞄屋は、小さな剣がベルートホルンに移った頃に何度か革素材の採取依頼を受けている。
店に出ているのは気の良い奥さんなので、商品を手に取ってじっくり選んでも問題無いだろう。
「いらっしゃい。ディアナちゃんにマルコ君じゃないか。久しぶりだねぇ」
店に入るとふくよかな中年の女性が出迎えた。
彼女がコール商店の主人、コールの妻で接客を担当しているペトラである。
ペトラは二人に挨拶をして、ディアナが小脇に抱えたロウに気付いた。
「あら、可愛い子だねぇ。二人の子かい?」
「ちょっ…子供とかはまだ早いわよ…」
「あはは。ペトラさん、お久しぶりです。この子は従魔のロウです。商品には触らない様にするので、一緒でも良いですか?」
「ああ、構わないよ。ゆっくり見てっておくれ」
ペトラの許可が出たので、ロウも一緒に店の中を回る。
都合良く店の中に他の客はいないので、マルコが外に出ても大丈夫と言うと、ディアナの服の中からミルナが飛び出した。
「この自由に飛び回れる爽快感、堪らん!」
そう言って店の中を縦横無尽に飛び回るミルナ。
異常な燥ぎっぷりのミルナだが、ペトラには見えていないし声も聞こえていない。
普通、認識を阻害して隠密行動をする場合でも声は潜めるものなのだが、妖精の気配を消す能力は全く別の能力なのだろう。
「ねーねーねー!ここは何をする所なの?」
「ここは鞄屋さんだよ。僕はミルナが身を隠すなら鞄が良いかなって思うんだけど、どうかな?」
「ここにミルナの専用装備があるのね!」
別に装備ではないのだが、ミルナが楽しそうなのでマルコは特に指摘しない。
ミルナの体長は、大体マルコの頭と同じぐらいと小さい。
ミルナが中に入るならば、腰に着けるポシェットぐらいで丁度良いだろう。
「ミルナこれにする!ここがミルナの家よ!」
「馬鹿な事言ってないで真面目に選びなさいよ」
「あはは。その背嚢はちょっと大きいから、手頃な大きさの鞄にしようか」
ミルナが選んだのは店で一番大きな背嚢だったので、流石のマルコも別の物を選んでくれる様に促した。
結局マルコが幾つかの候補を選んで、その中からミルナが選ぶ事になった。
ペトラに頼んでカウンターに並べた鞄は、素材も色も形も様々。
開口部分もボタン、蝦蟇口、紐と色々な種類がある。
しっかりした魔物革は重厚感があって格好良く、麻布は軽くて風通しが良い。
ミルナは並べられた鞄の中から、少しも悩まずに一つを指差した。
「ミルナこれが良い!風通しが良さそうだし、色も可愛い!」
ミルナが選んだのはコール商店の壁の色と同じ黄色のポシェットだった。
素材は麻布で、確かに風通しが良いので中に入っていても蒸し暑くなる事はないだろう。
開口部分もボタンで留める形なので、ボタンを開けておけば自分で開いて外に出る事も出来る。
マルコはディアナに預けている硬貨から小金貨を1枚出して黄色のポシェットを購入した。
ペトラはマルコ達が誰かと話しているのか不思議に思ったが、何も聞かずに会計を済ませて店から出て行く二人と一匹を見送った。
「それじゃあ、これは僕からプレゼントするね」
「いいの!?ミルナ、プレゼント貰うの初めて!ありがとう!」
「優しいマルコに感謝しなさいよ。それから貰った分は働く事。いい?」
「あはは。気にしなくて良いからね。僕はあんまりお金の使い道も無いし」
早速ディアナが腰に着けたポシェットに入ったミルナは、蓋を開けっ放しにして嬉しそうにマルコ達に話掛けた。
せっかくだからと幾つかの店を見て回り、宿に戻る頃には燥ぎ疲れて、ミルナはポシェットの中でスヤスヤと眠った。
(ミルナが気に入ってくれたみたいで良かったな。鞄の中にいれば外から見られる心配も少ないし、万が一見られても人形とかって言って誤魔化せるだろうから。人が作る洋服にも興味を持っていたから、今度また買い物に来るのが楽しみだね)
歩き疲れただろうからと、途中からディアナに抱き上げられているマルコは、楽しい未来に思いを馳せたのであった。
_______
ある日の食事風景。
「ねーねーねー!人間ってどうして食べ物を火にかけるの?そのまま食べた方が美味しくない?」
「うーん…。何故って言われると難しいけれど、人間の場合は火を通さないとお腹を壊す物もあるからね。それに調理した物も美味しいよ?エプリカの実をワインで煮込んだデザートを作って貰おうか」
「えー。エプリカなんて火に掛けたらシャリシャリしなくならない?そんなの何が美味しいのよ」
「美味しくなかったら僕とディアナで食べるからさ」
「ミルナ一口しか食べないわよ?」
30分後。
「うんま!何これ!あまーい!噛むとジュワッと甘いのが溢れて普通のエプリカよりも複雑な味で美味しい!甘いけど甘過ぎないし、エプリカとグレパの濃厚な香りが鼻に抜けて香りまで美味しいじゃん!シャリはないけどジュワがあるから、ミルナそのまま食べるよりこっちの方が好き!」
「一口食べたから、残りはあたしとマルコで食べるわね」
「駄目駄目駄目ー!これは全部ミルナの物!ミルナがマルコに貰ったんだもん!」
「あはは。もう一皿作って貰おうか。僕も一口だけ貰って良い?」
「もっちろん!マルコ、あーんって食べさせてあげるからね」
「あはは。ありがとう。早速注文しに行こう」
エプリカのワイン煮はマルコの前世で言うとリンゴをワインで煮込んだコンポートである。
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