第21話 ドミニクの受難
帰りの道程も順調に進み、予定通り翌日の日暮れ時にはベルートホルンに到着した小さな剣。
街の正門は依頼を終えた冒険者や、商人の馬車が列を作っていた。
小さな剣も列に並んで身分証(冒険者ギルドで発行している冒険者証など)の提示を求められる入場審査を待っていると、音も無く近付いて来たクロムがマルコに耳打ちをした。
「それを街に入れるつもりなら、人目に付かない様に隠しておけ。妖精は俺にもどういう扱いになるのか想像もつかない。出来ればギルマスに話をして判断を仰ぐと良い。あの人は冒険者に関する情報を外に漏らしたりはしない信用出来る人だからな」
それだけ言って、掃除屋集団の中に戻っていったクロム。
何事も無かったように若い労働力に対する反省会を始めたクロムに視線を送るマルコは、まさかクロムがミルナの存在に気付いていた事に驚いていた。
(クロムさんは流石だな。ここぞって時に為になる助言をくれるし、本当に優秀で頼れる冒険者だ。本当はコーディネーターをしているのが勿体ないぐらいなんだけど、何か理由があるみたいだし、僕達にとっては本当に得難い存在だ)
「どうしたの?」
「クロムさんからの助言でね…」
マルコはディアナとミルナを交えて小声でクロムから伝えられた事を共有して、取り敢えずミルナはディアナの服の中に隠れて街へと入る事にした。
「わぁ!これが人間の街なのね!ミルナを虐めてたクソ妖精達が自慢してた人間の街に、ミルナも今下り立ったのね!」
実際にはミルナは服の中にいるので、街に下り立ってはいないのだが。
何処とは言わないがディアナの服の中ですっぽりと収まりの良い場所を見付けたミルナは、襟の部分から顔を出して街並みを見上げている。
日が落ちて、魔法道具のランタンの灯りに照らされた街並みは、薄暗くはあるものの幻想的で美しい。
そんな街並みをキラキラした目で見るミルナの顔を見る事は角度的に出来ないが、ミルナの嬉しそうな声を聞くと、何だか自分も嬉しい気分になるマルコなのであった。
いつもの様に手を繋いで冒険者ギルドに入り、ギルドマスターへの取次ぎを依頼すると、小さな剣はすぐに執務室へと通された。
残念ながらギルドマスターのドミニクは、急ぎで依頼を処理するのが不可能な事態に陥るのだが。
「お前ら…
執務室に入って依頼の話もそこそこにミルナが仲間になったと紹介すると、ドミニクは来客用の机に3度、頭突きを見舞った。
そのせいで酒の混ざった紅茶を頭から被る事態になったのだが、それについては全く気にした様子は無い。
どうやらドミニクは、熱さに強い耐性を持っているらしい。
いや、既に死んでいるのか?
そんな冗談はさておき。
数日前には超希少で超危険な魔物である神狼を連れて帰って来た小さな剣が、今度は神狼よりも希少な存在である妖精を連れて帰って来た。
神狼は希少だが、歴史書や英雄譚には度々登場する魔物で、過去には神狼を仲間にした英雄も存在するので前例がある。
だが、だがしかしだ。妖精は歴史書の中にも登場する機会が少なく、いるとは言われているが本当にいるのか定かでは無い、“想像上の生物”に近い存在である。
そんな妖精が冒険者であれ従魔であれ、冒険者ギルドに登録された前例などある筈も無く、一介のギルドマスターであるドミニクにはどう扱えば良いのかさっぱり判断出来なくて卒倒しそうになるのは仕方がない事だった。
ドミニクは3分程たっぷりとテーブルに突っ伏した後で、ガバっと上体を起こして口を開いた。
「わからん!グランドギルドマスターに内密で指示を仰ぐから、それまで待ってくれ。あの人も信用出来る人だから、まず情報を漏らす事は無いと思って良い。それと俺もそうだが、お前らも認識出来なかったなら問題ないとは思うが、一応街の中では隠しておいた方が良いだろう。クロム級の奴がほいほいいるとは思えんが、警戒しておくに越したことはないからな」
ミルナは自分の姿を認識させる相手を選んで姿を見せる事が出来るらしく、今はマルコに頼まれてドミニクに姿を晒している。
因みに今回の話は展開が予想出来なかったので、いつもなら一人はつく受付嬢はドミニクが退室させた。
依頼の話を聞いている途中で突然姿を現したミルナに、白目を剥きながらも何事も無い様に見せていたドミニクの胆力は流石の一言である。
汗は蒸し風呂にでも入っているかの様にダラダラと流れていたが。
そんなドミニクの姿を見て、ミルナが大爆笑してテーブルの上を転がり回った。
ミルナの真似をしてロウもテーブルの上で転がり回って、鼻血が噴き出したエレーヌを尊死させ掛けたのは言うまでもない。
殺戮岩兵の討伐依頼は完了。ミルナについては今後、冒険者ギルドで最も偉い立場であるグランドギルドマスターが決める。それで今日の話し合いは終わり。
ドミニクは心の平穏を取り戻して、愛する妻の待つ家へと帰る…事は書類が溜まり過ぎていて出来そうにないが、少なくとも今よりは胃の痛みが軽減される。
そんな近い未来への希望を抱いてドミニクはお開きにしようとしたのだが…。
「そう言えば、
「それ新種の魔物じゃんかよ!もうとっくに俺の胃は死んでるんだよ!死体蹴りするのは止めろ!」
ドミニクの受難は続く…。
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