第20話 ミルナ

 小さな剣はミルナの事を一旦後回しにして、ベルートホルンへ向けて出発した。


 エプルの森からベルートホルンまでは普通であれば3日の距離であり、ディアナの足で最短距離を進んでも2日近くは掛かってしまう。

 それでも魔物との戦闘と日が暮れてからは歩かない想定なので、朝の早い時間に出発して順調に進めば明日の日暮れ頃には到着出来る。

 血目銀狼の時とは違って、今回は帰りも然程荷物が増えていない。

 早く帰れば明日は宿のベッドで寝られる。急ぐ理由なんて、それだけで十分なのである。


 小さな剣が先頭を行き、クロムと掃除屋の集団は十数mの距離を取って追い掛ける。

 傍目からは、いつもと変わらない光景に見えるが、ディアナに背負われたマルコの傍には翅をはためかせて飛ぶ妖精ミルナがいる。


 ミルナは二人の頭の周りをぐるぐる飛んだり、錐もみ回転しながら縦横に飛んだりと忙しない。

 ロウは頭の良い子犬…子狼なので、駄目だよと言って聞かせたらミルナを捕まえようとはしなくなったが、それでもミルナを目で追ってうずうずしている。

 虫みたいに動き続ける生き物で遊びたくて仕方がないのかもしれない。


「ミルナは妖精なんだよね?僕が聞いた話だと、妖精は自分達の里からあまり出ないって聞いたんだけど、どうしてあんな所にいたの?」


 マルコはヘントから妖精についての知識も教えられたが、妖精はそもそも住んでいる場所から出ないので分かっている事が自体が少ないのだと聞いていた。

 しかも妖精が見える人間自体が少なく、もし妖精が近くにいたとしても、いると認識出来ない人間が殆んどだ。

 今でこそマルコもディアナもミルナを認識出来ているが、初めは一体何がいるのか理解出来ていなかった。

 どんな理由でそうなるのかは解明されていないが、ともかく後ろを歩いている掃除屋集団にはミルナは見えていないし声も聞こえていない。

 マルコやディアナがミルナと話していても、二人で話している様にしか見えないだろう。


「それはね…ミルナの辛く悲しい物語なのよ。第151章まであるんだけど、聞く?」


「えっと、全部聞くのはまた今度で良いかな?」


 マルコはミルナの言葉をやんわりと断った。


「仕方がないわね!簡単に言うと、ミルナが攻撃魔法を使えないから弱っちいって馬鹿にされてたのよ!」


「ああ、それは難儀だね…」


 ヘントが言うには妖精は魔法の扱いが得意で、何もない所から突然に魔法が現れたら、それは妖精の仕業なのだと言われているそうだ。

 過去に妖精と関わったという人間は、妖精がAランクの魔物を魔法で倒す所を見たと話していて、その妖精は他のどの妖精にだってこれぐらいは出来ると説明したという。

 その妖精は自らを大妖精と名乗っていたので、どこまで信用出来る話なのか定かではないが、少なくとも妖精は強い魔物を倒せるぐらいの魔法が使えるという事だろう。


 対して、ミルナの言葉をそのまま鵜呑みにするなら、ミルナは攻撃魔法が使えない。

 妖精を見える人間は少ないとは言っても、ロウは最初からミルナが見えていたので、魔物の中に

もミルナを認識出来るものはいるのだろう。

 もしも外敵に発見されてしまったとして攻撃魔法が使えなければ、物理的な力の弱い妖精がどうなるかは容易に想像出来るだろう。


「それでムカついたから里に火を放つ…ぐらいの気持ちで里を出たんだけどさ、闇妖精にしつこく追い回されちゃって、それでここまで来ちゃったって訳」


 ミルナの説明に、マルコは疑問を口にする。


「闇妖精っていうのは、さっきの靄みたいなもの?」


「そうよ。妖精って寿命が無いからさ、時々うわぁぁ!っておかしくなって姿が変わっちゃうのがいるの。それがあの闇妖精。あんたが倒してくれなかったら死ぬまで追い掛けられてたかも」


 ミルナに詳しく話を聞くと、どうやら闇妖精とは長い時の中で肉体と自我を失って魔物化した妖精なのだという。

 闇妖精は肉体があった頃とは別の属性の魔法を操り、殺されるまで何かに執着をして生き続ける。

 マルコの斬った闇妖精は、どんなきっかけかミルナに執着して追い回していたのだろう。

 攻撃をされる度にどうにか逃げ回って、運良く自分よりも弱いマルコにちょっかいを掛けた事で闇妖精を倒す事が出来たのは、ミルナの運が相当に良かったと言えるだろう。


「反応で斬っちゃったけれど、ミルナの役に立ったのなら良かったよ」


「立ったも立ったわよ!この最弱界最強のミルナちゃんが褒めてつかわす!」


「マルコ、搾って良い?」


「止めてー!こーろーさーれーるー!」


「あはは。止めてあげて」


 ミルナは定期的に調子に乗ってはディアナに搾られそうになり、それをマルコが止めるという形が生まれつつある。


「僕達は今でこそ見えているけれど、初めは全く認識出来なかったのって何か理由があるの?」


 話をして随分と打ち解けて来たと思ったマルコは、疑問に思っていた事を口にしてみた。

 冒険者同士であるならば素性や能力に関する内容の探り合いは御法度だが、ミルナは冒険者ではないので関係無い。

 それに、この世界の長い歴史の中でもあまり知られていない妖精の生態なんて、ヘントに知識を仕込まれたマルコには興味が湧いて仕方がない。

 ミルナが嫌がるなら無理には聞かないし、嫌がらせた事を謝るつもりでいる。

 しかしミルナは何となく、どんな質問だって答えてくれそうな気はしているし、実際に少しも嫌がらずマルコの質問に答えた。


「それはね!ミルナ達妖精は、元々気配を消すのが上手なのよ!簡単に見付けられると思わない事ね!」


 そう言ってふんぞり返ったミルナ。

 どうやら妖精の特性として認識を阻害する隠密向きの能力を持っている様である。


「それって影が薄いって事でしょ?」


 ディアナはそう言い換えたのだが。


「失礼な言い方するな!もう怒った!ミルナの本気を食らえ!」


 ミルナはディアナの腕にパンチを見舞うが、人が蚊に刺された事をその場では気付かない様に、ディアナも何も感じていない。

 完全に無視である。


「あはは。ミルナは本当に僕達について来るつもりなの?」


 マルコはミルナに今後についての質問をした。

 ミルナは二人の前に出て向かい合う


「もっちろん!だって漸く見付けたミルナの安全地帯だもん!」


 安全地帯と言われるとマルコも微妙な気分であるが、どうやらミルナは本気で二人についていくつもりでいるらしい。


「あたしは反対よ。さっさとどっか行けば」


 ディアナはミルナと馬が合わないのか、そっけない態度で反対の様子だ。


「僕は良いと思うけどな。ずっと一人でいるのは寂しそうだし、僕達の傍にいて安心出来るならいさせてあげたいよ。

 それに妖精は魔法が得意だって聞くし、ミルナが仲間になってくれたら心強いよ(どんな魔法が使えるのかは、まだ知らないけれど)」


 マルコが心の中で言葉を付け足しながら意志を伝えると、ミルナの顔がパッと華やいだ。


「心強い!?ミルナがいると心強い!?やっぱりあんた、わかってるじゃん!なるわよ、なるなる!仲間になる!

 そうよ!ミルナは攻撃魔法が使えないだけで優秀なんだから!逃げるのと隠れるのと気配を消すのなら誰にも負けないわよ!」


 ミルナはまた調子に乗ってそう宣言するが…。


「それってあたし達の役に立ってないじゃないのよ」


「むっきー!ミルナ出来る子だもん!切り札は簡単に見せないのが上手に逃げるコツなんだから!」


 ディアナに正論を言われて憤るミルナ。

 確かにミルナの言い分も一理はあるのだが。


「まあ、あたしはマルコが良いなら良いけど」


 ディアナは渋々ミルナが仲間になるのを受け入れた。


「ありがとうディアナ。それじゃあ改めて僕はマルコ。彼女が僕の相棒のディアナで、この子がロウ。それで、後ろにいる集団の先頭にいるのがクロムさん。

 ようこそ、冒険者パーティー小さな剣へ。よろしくね、ミルナ」


「マルコにディアナにロウにクロムね!分かったわ!ミルナはミルナよ!驚かせたいから教えてあげないけど、魔法は大得意だから任せて!よろしくね!」


「くれぐれもあたし達の邪魔はしないでよね」


「アンアーン!」


 最後にはディアナがマルコの意志を尊重して、ミルナは小さな剣の一員に加わった。

 どんな魔法が使えるか分からない不確定な存在だが、マルコはミルナがいつか誰もが驚く凄い魔法を使ってくれるのではないかと、密かに期待している。

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