第18話 ディアナの力
「はぁ、はぁ、はぁ。どうして逃げても逃げてもミルナを追ってくるのよ!どいつもこいつもミルナが弱っちいからって狙ってきて!絶対に捕まってやるもんか!ミルナは逃げるのと隠れるのは得意なんだからね!」
ある日ある時どこかの森で、何かから追われている小さな妖精は、どうにかこうにか追っ手を巻いて姿を消したのであった。
_______
「クロムさん、こんにちは。明日からエプルの森へ
「わかった。念の為5日分で用意をしておく。殺戮岩兵だと処理の手間が掛かるな。当たりだと良いんだが」
「そうですね。お手間をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「いや、それが俺の仕事だからな。気にするな」
「今回はあたしが戦うわよ!」
前回の依頼から2日の休息をとった後、小さな剣はエプルの森へと出発した。
エプルの森はベルートホルンから北東に3日の距離にある緑豊かな森である。
森の恵みが豊富で、特に果物が良く採れる森の奥に、討伐推奨ランクBの殺戮岩兵‐マーダーゴーレム‐という物騒な名前の魔物が出た事で小さな剣が討伐依頼を受けた。
本来ならばあと1日か2日は休む予定でいたのだが、冒険者ギルドから使いが来て緊急で受けて欲しい依頼があると懇願されたのであった。
殺戮岩兵は魔力によって動く魔法の人形である。
過去に城や屋敷を守護していた岩兵が主人を失い、長き時を経て狂ってしまった成れの果てなどと言われているが、実際の所はどういった理由で発生しているのか定かではない。
古い岩兵の素材には金や銀が入っていたり、ミスリルを始めとした希少金属、宝石が混ざっていたりする場合がある。
これがクロムの言った当たりであり、重くて運ぶのが困難な殺戮岩兵の素材は、鶴嘴で砕いて採掘する必要があるのだから、手間が掛かるというのも納得だ。
エプルの森へはいつもと変わらず街道を無視して森を突き進む。
ベルートホルンから北へ向かう街道は幾つかの村を経由する為に曲がりくねっていて遠回りになる。
ディアナの移動速度で森を進めば通常3日の距離でも2日掛からずに移動が可能だ。
その分ついていくクロムと掃除屋は大変になるのだが、彼らは他の冒険者達が依頼に出たり戦闘の訓練をしている間に基礎体力を伸ばす訓練を行っている。
命を掛けずに金を稼ぐにも、それなりに努力は必要なのだ。
クロムが選んでいるのは、そういう地道な努力が出来る冒険者達である。
因みにロウはディアナの肩に乗ったり、自分の足で歩いたり、足やお腹にしがみついたりとフリーダムである。
想定内の魔物との遭遇があった程度で予定通りに2日でエプルの森へ到着した小さな剣は、森の手前にある村の空き家を借りて一泊。
翌朝に森へ入って殺戮岩兵がいるというエプリカの木を目指した。
通常ゴーレム系の魔物は、他の魔物と違って餌も水も必要としない為、行動範囲があまり広くない。
どういう仕組みかはわからないが、何かを守るかの様に一つ場所を決めて周辺を歩き回り、周辺に現れた人や魔物を襲う。
そしていつの間にか移動して、その先でも同じ行動を取り、また移動してと規則性のある動きを見せる。
なので縄張り…という表現が正確かはわからないが、ゴーレムの行動範囲にさえ入らなければ脅威にはなり得ない魔物であると言っていい。
しかし、この場所を移す時間の間隔が短く、行動範囲内に村や街が入ると自らが破壊されるまで暴れ続けるのが殺戮岩兵という魔物だ。
しかも大きく、力強く、人間を軽々と捻り潰す、残忍で凶悪なゴーレム。
それが村から半日程の距離に現れたのだから、冒険者ギルドが急ぎ小さな剣に討伐依頼を出したのは納得である。
そんな凶悪な殺戮岩兵と、何の躊躇いもなく堂々と縄張りに入ったディアナの戦いが今、始まった。
殺戮岩兵の体長は3m強。
二足で歩くゴリラの様な形をした巨大な岩の塊は、一歩進むとズシンと音を立てて大地を揺らした。
一体どれだけの重量があるというのか。恐らく体の多くが金属で構成されていると思われる殺戮岩兵は腕を振り上げ、ディアナ目掛けて重たい一撃を放った。
ディアナの身長は2mを超えているが、それでも更に大きく頑強な殺戮岩兵の一撃はまともに食らえば大怪我どころでは済まないだろう。
しかし、食らわなければ何も問題は無い。
「殺戮岩兵の弱点は、関・節・部!」
マルコから教わった弱点を口にしながら、ディアナは殺戮岩兵の腕を取ると一本背負いで投げ飛ばした。
関節部が弱点と言いながら、ロングソードで攻撃するのではなく、まさかの投げ。
ズドンと勢い良く背中から落ちた殺戮岩兵は、体が地面に埋まってしまって立ち上がるのには時間が掛かりそうだ。
しかし、ディアナの持っている腕だけは自由に動かせる。
殺戮岩兵は腕一本でディアナを圧し潰そうとしたが、僅かばかりも動かせず、びくともしない。
逆にぐりんと腕を回転させられて、関節部が負荷に耐えられずに捻じ切れた。
殺戮岩兵はゴーレムなので声は出さない。
だが、他の魔物であったならば猛烈な痛みから絶叫を上げる所だろう。
縄張りに入った者を蹂躙する殺戮岩兵は、易々とディアナによって蹂躙された。
胸にある心臓部を破壊する事無く、見るも無残なバラバラ死体にしてみせたディアナに、遠目から見守っていた掃除屋の面々はドン引きしたという。
戦闘が終わって近くの木陰に座っていたマルコの元へやってきたディアナは、筋肉質でも豊かな胸を張った。
「ディアナ、お疲れ様」
「マルコ!どうだった?あたしの戦いは!」
「とても格好良かったよ」
「アンアーン!」
「ロウも格好良かったって」
「でしょう!マルコに言われると照れちゃうなぁ。ロウもありがとう」
ディアナにとって戦う姿をマルコに褒められるのは、他の誰に褒められるよりも格別である。
戦いが終わればいつものほんわかした空間が展開され、クロムはそれを横目に殺戮岩兵の解体を始める。
心臓部にある色水晶がこれほど綺麗に採取出来る事は中々無いので、高額で売却出来る事は間違いないだろう。
今回の殺戮岩兵の討伐でマルコはディアナ一人に戦闘を任せたが、ディアナが負ける不安は少しも無かった。
ディアナのスキルと称号を知っているマルコからすれば、殺戮岩兵とは相性が良いと確信していたし、Bランク依頼の討伐実績を積むには理想的な相手だったからだ。
ディアナは【恵体】の称号を持っている。
それに加えて【怪力】のスキルも持っていて、称号とスキルが見事に噛み合って爆発的な力を発揮できるのだ。
その類まれな身体能力は【虚弱体質】のマルコとはまるで正反対で、二人は対極に位置する存在と言って良いかもしれない。
普段はその凄まじい力でもってマルコを守り、特定条件下ではマルコの方がディアナを守る。
小さな剣は、そんな奇跡的なバランスで成り立っているパーティーである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます