第17話 鍛冶屋

 小さな剣がトマス村での依頼を終えてベルートホルンに帰還した翌日。

 依頼から数日は休む事に決めている小さな剣は、いつもよりもゆっくり目に目を覚ました。


 Bランクで稼ぎの多い小さな剣は、街の中でも等級の高い宿屋を利用している。

 普通の冒険者が泊まる宿屋では部屋が狭くてベッドも小さく、ディアナが過ごすには手狭になる。

 貴族が利用する宿では堅苦しいが、小金持ちの商人なんかが利用する宿なら部屋もベッドも広い。

 “マルコと一緒に寝ても十分な広さ”をディアナは最低限の基準としているのだが、ディアナは寝相が悪くてマルコを踏み潰してしまいかねないので、マルコは子供用のベッドを借りてそこで寝ていたりする。 


 そんな宿の食堂で朝食を済ませ、部屋に戻ったマルコは、鞘から抜いて床に置いた刀の状態を見ていた。


「マルコ、刀どう?」


「やっぱり刃が欠けちゃってるね」


 マルコの刀は神狼の爪とぶつかり合った時に刃毀れを起こしていた。

 刀の素材に使われている鉄よりも神狼の爪の方が硬い上に、【大番狂わせ】に入ったマルコの強烈な一撃。

 この世界で主流な叩き斬る剣とは違って斬る事を重視している刀は耐久力が低く、実は折れなかったのが奇跡みたいな状況だったのだ。


 刃毀れした刀では次回の戦闘に支障が出てしまう。

 マルコは鍛冶屋に行こうと提案して、ディアナはそれを了承した。


 ベルートホルンには腕の良い鍛冶師が営む鍛冶屋がある。

 街の職人街にある鍛冶屋は石のブロックを乱雑に積んで作った様な無骨なデザインで、マルコの前世基準で言うと建築基準法は間違いなく守っていない。

 震度3クラスの地震でも倒壊しそうな建物である。

 この世界では時々見掛ける水準なので、あまり見栄えや耐久性を気にしない者が多いのだろうが…。


 建物の手前側に注文を受けるカウンター。カウンターの奥に鍛冶場がある。

 マルコが用があるのは手前側のカウンターだ。


「ガントさん、こんにちは。刀の修理をお願いしたいんですけど」


 開けっ放しの門を潜り、明り取りの窓から日が射し込む店の中に入ったマルコは、店主のガントに話掛けた。

 ガントは焦げ茶色のボサボサ髪に豊かな髭を生やし、背が低く筋骨隆々なドワーフである。

 カウンターの中に置かれた椅子に腰掛けている時のガントは、いつも背凭れに寄り掛かってどっかりと座りながら酒を飲んでいる。

 マルコに話掛けられたガントは、手に持ったジョッキを傾けてグビリグビリと喉を慣らして豪快に酒を飲み、ドンとジョッキを置くと…。


 一瞥もくれずにマルコの事を無視した。


「ちょっと聞こえてるんでしょう?マルコが話掛けてるでしょうが!」


 ガントの態度にイラっとしたディアナがガントに文句を付けた。

 するとガントは険しい表情でディアナに視線を送り…。


「おお!ディアナじゃねぇか!ほら、剣を見せてみろ!どうせまた手入れも碌にやってないんだろう!見てやるから剣を貸せ!ほらほら、貸せ貸せ!」


 ニッコニコの笑顔を向けて、異様に興奮した様子で剣を見せろと促した。

 ガントは別に、誰にとってもとっつき辛い頑固職人然とした鍛冶師では無い。

 ただ少々…結構…かなりマルコを毛嫌いしているだけなのだ。


 ガントは強者が自分の打った剣を使うのが鍛冶師にとって最高の浪漫だと考えている。

 強者との出会いは自らが信仰する鍛冶神の導きだと考えていて、強者が店を訪れれば自らの技術を最大限に活かして剣を打ち、半ば強引にでも出来上がった剣を持たせようとしてくる。

 ディアナのロングソードは正しくガントが打った剣であり、ガントは強者であるディアナが大好きでありお気に入りだ。


 勿論、世の中そんな強者ばかりでないのも理解している。

 ガントは普通の客に対しても、客の一人一人に合わせて武器の微調整を行う。

 店の裏手、鍛冶場の裏口から外に出ると試し切り用の広場があって、そこで客は武器を振るい、客の腕や癖をに合わせて武器を調整する。

 常に最高の仕事を目指す優秀で気が利く鍛冶師なのである。


 そんなガントがどうしてマルコを毛嫌いしているかと言うと…。


「武器を振れねぇどころか、満足に持ち上げる事すら出来ねぇ奴の武器なんて触ってどうすんだよ。話にならん」


 小さな剣が初めて鍛冶屋を訪れた時にガントから言われた言葉である。


 マルコは【大番狂わせ】を発動させれば人の力を超える程の斬撃を繰り出せるが、発動していなければ鞘に入れた刀をうんしょうんしょと一々地面につきながら運ぶのがやっとのひ弱さだ。

 刀を構えたらバランスを崩して転けてしまうし、もしも振り上げたなら手を放して落としてしまって危険だろう。

 大体、自分の武器をディアナに運んで貰っているマルコが、ガントの目の前で刀を振れる筈がない。

 だからガントは鍛冶師として“最高の仕事”が出来ないマルコの刀を触りたくないのだ。


 しかし、結果としてガントはマルコの刀を修理する事になる。

 何故なら、マルコを煙たがるガントに向かって、ディアナは毎回こう言うのだ。


「マルコの武器を修理してくれない鍛冶屋になんて二度と来ないからね。行こうマルコ」


「ま、待て!わかった!見るから!見てやるからそれだけは!それだけは何卒!」


 結局ディアナに嫌われたくないガントは、今日もマルコの刀を修理する。

 誰もが扱い易いように無難に。元あった形へと戻すように。


 鍛冶師のプライドをかなぐり捨ててでも、ガントは浪漫を追い掛ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る