第16話 ディアナ

 ナント村で生まれたディアナは、赤子の頃から体の大きな子供だった。

 その大きさは母親の産道を通れない程で、神殿に駆け込んで適切な処置が行われていなければ、ディアナが無事に生まれる事は無かっただろうと言われている。


 生まれた時には普通の赤子の倍以上も大きかったし、生まれてからの成長も早かった。

 生まれて3ヶ月も経った頃には歩いていたし、6ヶ月も経つと普通に走っていた。

 1歳の頃には村にいる5歳の子と同じぐらいの身長になっていて、なのに中身は1歳の子なので、大人も子供もディアナを気味悪がっていた。

 ディアナをありのまま受け入れていたのは、両親と村長と一部の大人だけだった。


 5歳になったディアナの身長は、既に大人と変わらない大きさになっていた。

 同年代の子供達は追い掛けっこをして遊んでいたが、ディアナが加わると誰も追い付けないからと入れて貰えなかった。

 そんな子供達を羨ましく思いながら、ディアナは両親の畑仕事を朝から晩まで手伝っていた。


 8歳になる頃には大人でも見上げる身長になっていたディアナは、昔冒険者をしていたガルという大人に誘われて狩人を始めた。

 狩人と言っても弓や罠で獲物を狩るのではなく、冒険者の様に剣を使って村で消費する魔物を狩る狩人だ。

 ディアナは村の誰よりも力が強かったし、戦うのも嫌いじゃなかった。

 沢山の獲物を狩って来れば村の大人は喜んだし、両親はディアナを褒めてくれた。

 子供達は相変わらず怖がってディアナを遠ざけたが、ディアナはほんの少ししか寂しくはなかった。


 ガルは狩りをしながら、ディアナに冒険者だった頃の話をした。

 ディアナにとってガルの話は刺激的だったし、大人になったら自分も冒険者になろうと憧れた。

 特に好きだったのが不老の英雄と一部で呼ばれている冒険者と依頼を受けた話で、ディアナは何度もその話を聞きたがった。

 不老の英雄は正しく物語で聞く英雄の様だったと聞いて、それがディアナが英雄を目指すきっかけとなった。


 ディアナは早く村を出て冒険者になりたいと思っていたが、両親からは12歳になるまでは村を出る事を禁止されていた。

 それがディアナには不満だったが、そもそも冒険者ギルドに登録出来るのは12歳からなので、両親の判断は妥当だった。

 戸籍などの証明がある訳ではないので、体の大きなディアナであれば年齢を誤魔化して登録も可能だっただろうが、両親はディアナを止めた。

 その判断がディアナにとって運命的な出会いに繋がるのだから、人生とは分からないものだ。


「リオナ村にお前と同じ歳でBランクの蛮豚亜人を倒した子供がいるらしいぞ」


 ディアナにそれを教えてくれたのはガルだった。

 当時のディアナは既に討伐推奨ランクDの魔物を倒した経験があった。

 ガルからは身体能力を絶賛されていたし、ディアナは同年代の中では誰よりも強い自信があった。


「あたしがその蛮豚亜人と戦ったとして、勝てると思う?」


 ディアナの質問に、ガルは首を振った。


 まさか自分の同年代に自分よりも強い子供がいる。

 それも歩いてたった数時間の距離に。

 普通であればあまりにも荒唐無稽な話なのだが、ディアナにとってはそんな話が衝撃であり、同時にとても嬉しかった。

 隣村の英雄の話を聞いてディアナの心に湧いたのは、嫉妬でもライバル心でもなく一緒に英雄を目指せる仲間が出来たという喜びだった。

 もしも両親に止められていなければ、その話を聞く事無く冒険者稼業を始めていた事だろう。

 しかしディアナは12歳までナント村にいて、12歳になった日にディアナは村を出てリオナ村へと向かった。


 リオナ村で出会ったマルコという名の少年は、同い年とは思えない程に小さくて細くて儚かった。

 しかし、ディアナであれば片手で捻り潰せてしまいそうな小さくて細くて儚いマルコは、ディアナを少しも恐れなかった。

 同年代の子供達から恐れられて避けられていたディアナにとっては、それがとても嬉しかった。


 マルコはディアナの誘いに「考える時間を下さい」と言った。

 だからその日は村に戻って、次の日にまた誘いに行く事にした。


 ディアナはマルコと冒険をするのが楽しみで楽しみで仕方がなかった。

 そのせいで夜の間一睡も出来ずに寝坊して一日も遅刻する事になるのだが、マルコはディアナを笑って許してくれた。

 そして、ディアナとマルコの冒険は始まった。


「マルコは弟みたいで可愛い!」


「あはは。僕達は同い年なんだけれどね」


 マルコは体力が無いと聞いて、ディアナはマルコを抱えて歩く事に決めていた。

 傍から見たら親子の様に見える光景だが、ディアナにはマルコが弟の様に思えた。

 自分とは正反対で、小さくて細くて儚くて可愛い。

 マルコは自分が守ってあげなきゃいけないと、ディアナは強く実感していた。


 一番近くの街で冒険者登録を済ませたディアナとマルコの冒険は順調だった。

 マルコは魔物や素材に関する知識が豊富で、同い年とは思えないぐらいに思慮深く頭が良かった。

 パーティー戦闘はディアナが請け負い、マルコは頭脳でサポートする。

 二人のコンビネーションは最高だった。


 だが、順調にランクを上げていくディアナに対して、ソロで依頼を熟せないマルコはいつまでもGランクから上がれなかった。

 それでもディアナはマルコに対して何の不満も無かった。


 マルコは戦闘も移動もディアナ任せなのをいつも申し訳なさそうにしていたが、ディアナは自分が順調にランクを上げられたのはマルコのお陰だと理解していた。

 それに、マルコはディアナにとって初めて出来た同年代の友達だった。

 だから一緒に英雄を目指す気持ちに、ほんの少しの変わりも無かった。


 ある日の事。


 当時Dランクだったディアナ達は眠り木スリーピングウッドという魔物の討伐依頼を受けて森に入っていた。

 体内で生成した胞子を飛ばして獲物を眠らせ捕食する眠り木は討伐推奨ランクD。

 マルコが裁縫屋に依頼して作ったマスクを着けて胞子を吸い込まない様に対策すれば、ディアナにとっては大して難しくない依頼だった。

 実際に眠り木との戦闘は、ディアナがロングソードで一刀両断にして危なげなく終わった。

 何の問題も無く、少しの危険も感じない依頼だった。

 そこで重大なイレギュラーが発生していなければ。


 異変が起こったのは、ディアナが眠り木を倒してギルドへ提出する討伐証明を採取したすぐ後だった。

 地面がぼこぼこと盛り上がり、土の中から姿を現したのは土中竜ソイルドラゴン

 その見た目はあまりにも巨大な蜥蜴といった感じだが、土中竜は空を飛ばない竜“地竜アースドラゴン”の亜種と言われていて、討伐推奨ランクAの魔物である。


 眠り木は胞子を飛ばして眠らせた獲物を捕食する。

 しかし、中には眠り木が捕食出来ない魔物も存在する。

 眠り木ではどうにもならない程に強い魔物がそれに当たるのだが、そういった魔物の中には眠り木の胞子を利用して快適な睡眠を摂る魔物がいる。

 土中竜も、そんな魔物の中の一種だ。


 自分よりも何倍も大きな巨体。

 軽く振った尻尾で太い木をバキバキと折る力の強さ。

 ディアナは生まれて初めて勝てないと思う相手と対峙して、情けなくも体が震えた。


 しかし、怖くても自分はこの魔物に立ち向かわなくてはならない。

 何故なら魔物と戦うのは体を使う自分の役割なのだから。

 普段はマルコを抱えて片手で戦うディアナは、この時ばかりはマルコを地面に下ろして剣を抜いた。

 そして震える足で一歩前に踏み出そうとしたその時。


「ディアナ、少し剣を借りるよ」


 そう言ってマルコはディアナのロングソードを手に持った。

 いつものマルコなら、ロングソードなんて重くて持ち上げる事も出来やしない。

 それなのに、まるで木匙でも持つ様に軽々とロングソードを構えたマルコは、ディアナが踏み出せなかった一歩を事も無げに踏み出した。


「安心して。ディアナは僕が守るから」


 そう言ってマルコは一歩だけ助走を付けると前方に飛び、体を横に回転させた。

 そして土中竜との擦れ違い様、回転の勢いを利用して高速の一振りで鉄の剣を圧し折る程に硬い土中竜の首を断ち切った。


 普段のマルコからは想像も出来ない異常なまでの動きと一撃。

 それを繰り出したマルコの姿に、ディアナは思わず見惚れた。

 その瞬間、ディアナはマルコに英雄を見た。

 物語で聞く英雄よりも、ガルが聞かせてくれた不老の英雄よりも、誰よりもマルコがディアナの英雄となった。


 土中竜の命を一瞬で刈り取ったマルコはロングソードを手放し、小さな体は空中に投げ出された。

 ディアナはマルコがいつものマルコに戻っている事に気付いて駆け出して手を伸ばしたが、ディアナの手はすんでの所で届かずにマルコの体は地面に落ちてゴロゴロと何度も転がった。


「マルコ!マルコ!」


 小さくて細い体を地面で打って、擦って、体中傷だらけのマルコを抱えて、ディアナは大声で呼び掛けた。

 するとマルコは僅かに微笑みを浮かべて口を開いた。


「ディアナが無事で良かった。僕も少しは君の役に立てたかな?」


 そう言ったマルコをディアナは優しく抱き締めた。


「マルコごめん!あたしがマルコを守れなかった!これからは絶対に、あたしがマルコを守るから!」


 大粒の涙を流しながら、ディアナはマルコに謝罪した。

 しかし、マルコはディアナの謝罪を受け取らなかった。


「それは違うよディアナ。ディアナが僕を守ってくれるだけじゃなくて、僕もディアナを守るんだ。僕達は、一緒に英雄になるんだから」


「うん…うん!」


 ディアナが物心ついてから初めて人前で泣いたこの日から、二人は小さな剣と名乗る様になった。

 小さな剣とはマルコの事で、小さな剣の象徴はマルコだと表している。

 マルコはディアナの要素がまるで入っていないこの名前を嫌がったが、ディアナがこの名前にすると押し通した。

 今はまだマルコに遠く及ばなくても、いつか肩を並べてみせるというディアナの決意表明だったからだ。


 15歳になったディアナは着実ランクを上げ、単独でBランクの魔物と戦える実力を付けている。

 それでも【大番狂わせジャイアントキリング】が発動したマルコには遥か遠く及ばない。

 しかしディアナが挫ける事は絶対に無い。

 ディアナはいつかマルコと並び立ち、本当の意味でマルコを助ける英雄となるのだから。

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