第15話 帰還

「冒険者ギルドで失礼な事を言ってすみませんでした!」


「跡をつけて来た事も謝ります!」


「お二人の事は誰にも話しませんので許して下さい!」


 宴の翌朝。

 早くに宴を抜けてゆっくりと疲れを取った小さな剣の二人が起き出してくると、クロムに引き連れられた紅蓮の凶槍が二人に頭を下げた。

 昨日の脅しと説教が余程効いたらしく、叱られた飼い犬の様にしおらしい。


 因みに気絶していて説教を聞いていなかった見込みが無い女は、仲間の二人から滅茶苦茶怒られて漸く状況を理解した。

 他人の言う事は聞かないが、仲間の言う事は素直に聞くタイプであるらしい。


「あはは。僕は全然気にしてないから、頭を上げて下さい」


「あたしはマルコが良いって言うならそれで良いわよ」


 マルコ達に許された紅蓮の凶槍は剣士のハンス、盗賊のレダ、魔術師のリュミの3人組パーティー。

 帰りは掃除屋パーティーの中に混ざって、台車を引くのだとクロムから紹介があった。

 夜中まで飲んでいた掃除屋の面々が起き出して来て出発の準備が済むと、小さな剣は村長宅に挨拶に行く。


「こちらの依頼票に完了の署名を頂けますか」


「分かりましたのじゃ。お二人は村の恩人ですじゃ。また近くへ来た際はいつでも村へ寄って欲しいですじゃ」


 村長の署名を貰った依頼票を冒険者ギルドに提出する事で、今回の依頼は達成となる。

 署名後に村長宅を出ると、夜通し飲んで死んでいた(倒れていた)筈の村人達が全員青い顔で待っていて、小さな剣は盛大に見送りを受けた。


「また来てくれよ!」


「今度はうちに泊ってくれ!」


「元気な子供を生んでくれそうなでっかいディアナちゃんが好きだ!俺の嫁になってくれ!」


 若干一名村人がぶっ飛ばされたものの、皆が笑顔で小さな剣に手を振る。

 マルコはディアナに背負われながら何度も振り向いて、嬉しそうにディアナと言葉を交わした。


 「台車があるので帰りは街道を進んで欲しい」というクロムの要望で街道をハイペースで進む一行は、魔物と遭遇する事無く順調に歩を進め、翌日の夕方にはベルートホルンへと到着した。

 ディアナもクロムも掃除屋の面々も平然としているが、“若くて活きの良い労働力”だけは体良く使われて息も絶え絶えである。


 ロウを連れていた事で衛兵から止められる事態になったが、クロムが事情を説明して街への入場は許された。

 魔物を街に入れる場合には冒険者ギルドで従魔登録をしておく必要があるので、これからギルドで手続きを行うと約束したのだ。


 因みにクロムは衛兵にロウを銀狼の子供として紹介した。

 神狼などと言っては大事になるのが目に見えているからだ。

 ロウは綺麗な毛並みの小型犬にしか見えないので、魔物に詳しい者でなければ気付かれる事は無いだろう。


 街に入ると“また小さな剣が大物を狩って来たか”と注目を浴び、マルコは恥ずかしがってはにかみながら、ディアナと手を繋いで冒険者ギルドへと向かった。

 既にクロム達が素材を運び込んでいたので、ギルドでの話はスムーズに進む。…筈だったのだが…。


「倒した魔物はBランクだったわよ。討伐報酬の上乗せ分は決まってるんでしょうね?」


「えーと…そうですねぇ。ギルドマスターと話し合わないと何とも…」


「別件でギルドマスターに話があるので、取り次いで貰えますか」


「はい!今すぐに!」


 受付にエレーヌがいなかったので、別の受付嬢にギルドマスターへの取り次ぎを依頼した小さな剣。

 5分程待つと執務室がある2階から受付嬢が下りてきて、二人を執務室まで誘導した。

 マルコは階段を上るのが大変なので、当然の如くディアナが抱き上げて運んでいた。

 ロウは小さな体で二人の跡をついていく。


 冒険者ギルドの執務室は殆んどの場合2階にあり、執務机の他に応接用のテーブルとソファーが置かれている。

 執務机には大量の書類が積まれていて、書類の奥には机に突っ伏してぐったりしているギルドマスターがいた。

 現場出身でないギルドマスターのいるギルドでは別だが、多くのギルドで書類の山はマストアイテムである。


 ベルートホルンのギルドマスターはここぞとばかりに書類仕事を放棄してソファーでお茶を飲んでいた。


「おう、来たか」


 ロマンスグレーの髪をオールバックにしている体格の良い男が小さな剣を迎えた。

 男の名はドミニク。

 ベルートホルンのギルドマスターで、今は現場から離れているが元Aランクの冒険者である。

 特徴としては人相が悪く、顔だけで冒険者達に恐れられている存在である。


 ドミニクと何か話をしていたのか、受付嬢のエレーヌも執務室にいた。

 エレーヌは二人に出すお茶を淹れに行き、マルコとディアナはドミニクに促されて向かいのソファーへと座った。

 ディアナは足下のロウを抱き上げて膝の上に乗せたのだが、それを見たドミニクは目を見開いてから大きな溜息を吐いた。

 ドミニクは、もう一度ロウに視線を送り、目を閉じて首を傾げてから、もう一度見た。

 続けてマルコに視線を送ると、マルコが「あはは」と苦笑したので、ドミニクは確信して額に手を置く。

 そして“絶対にあれだ。もう絶対にあれだ”と心の中で何度も呟いてから口を開いた。


「お前らさ。それ、どうしちゃった訳?」


 それとは勿論ロウの事である。

 ロウを指す手が震えているのは畏れからか戸惑いからか怒りからか、はたまた別の感情なのかは分からない。

 とにかく普通の精神状態でない事だけは伝わってくる。


「えーと、討伐した血目銀狼がこの子を連れてまして、そうしたらこの子を探していた神狼が「やっぱりだ!」」


 マルコの説明を遮って、ドミニクは頭を抱えた。

 ドミニクは小さな剣の詳しい事情を知っている一人である。

 ドミニクにとって小さな剣は、優秀な冒険者だがとんでもない厄介事を持って来るタイプの冒険者でもあった。

 そんな小さな剣が今回、特大の厄介事を持って来て、ドミニクは今にも卒倒しそうである。


「続けて良いですか?神狼が「待った!」」


 マルコが続きを話そうとするのをドミニクは遮る。


「心の準備をさせてくれ。まずは最悪のケースを想定してだな…うん…よし!聞こう!話を続けてくれ!」


「はい。この子を探していた神狼が、僕達がこの子を連れ去ったと勘違いして戦闘になりまして「待った!」」


 ここでも話を遮ったドミニク。


「神狼と戦闘になって、どうしてお前ら生きてんの?」


 ドミニクの疑問は当然である。

 ドミニクは小さな剣の事情を知ってはいるが、まさかマルコが神狼と互角以上にやり合えるだなんて思ってはいない。

 神狼は英雄譚に出てくる魔物の中でもアンタッチャブルな存在なのだ。

 だから神狼と戦ったら普通は死ぬ。そう考えるのは自然な流れなのである。


「事情を話そうとしたら襲われたので、仕方なく攻撃を防いたら話を聞いて貰えました」


「ああ、なるほどな。襲われたから仕方なく攻撃を防いだだけか。神狼の攻撃をな。防ぐぐらいだったら出来るかもな。神狼に攻撃された。仕方ない。防ぐかっつってな。防ぐぐらいだったら俺にも出来るかも…ってそんな訳あるか!」


「酔っぱらってるの?」


「酔ってねぇわ!紅茶に酒入れたぐらいで酔っぱらうか!」


 職務中にちゃっかり酒を飲みながらも、酔ってはいないらしいドミニク。

 この世界は水代わりに酒を飲む者も多くいるので、仕事中に酒を飲んでいてもおかしくはない。

 おかしくはないのだが、組織の長としてその勤務態度はどうなのだろうか。

 しかし、ドミニクが平常心でいられないのも理解は出来る。


 何せあの神狼だ。

 神狼が魔法を縛っていた事情を知らなければ、戦闘になってから3秒立っているのも困難と考えるのが当然だ。

 たとえ物理だけだとしても、神狼の本気の攻撃に反応出来る者が世界に何人いるんだという話なのだが。


 暫くの間、左胸を叩き続けて漸く心を落ち着かせたドミニクは、マルコの話を最後まで聞いて、もう一度頭を抱えた。


「事情は分かった。どうしてそうなったのか全然分らんが分かった。とにかくマルコがそこのちっこい神狼に懐かれて、親の神狼に子供を預けられたと」


「そうですね。不思議な事もあるものですね。あはは」


「不思議で済ますな!近い内に様子を見に来ると言ったのだろう?街中に神狼が現れたら大事だぞ!」


「大きい声出さないでよ。マルコが悪い訳じゃないんだから」


 マルコに直接向けている訳ではないのだが、声を荒げるドミニクにジト目を向けて非難するディアナ。


「あ、ああ。確かにその通りだ。すまんな」


「いえ、僕は気にしていないので」


 マルコが気にしていないと言うなら、ディアナはこれ以上何かを言う気は無い。

 その後、表面上は落ち着いたドミニクと協議を行って、(冒険者ギルド的には)渋々ロウの従魔登録は行われた。


 従魔登録は登録用の専用器具を使って魔物の魔力をギルドに登録。

 従魔には従魔用の首輪か腕輪を着けて、そこに主人の名前が刻まれる。

 もしも従魔が問題を起こした場合には、主人が責任を負う必要がある。


「これでロウは正式に僕達の仲間だね」


「歓迎するわ」


「アンアーン!」


 左の前足に着けられた銀の腕輪を見て、ソファーの上で嬉しそうにくるくる回るロウ。

 その回転の速度が明らかに普通の小型犬とは異なるのだが、何も言うまいと言葉を飲んだドミニク。

 エレーヌはさっきから顔を蕩けさせながら手をわきわきさせている。

 恐らく彼女は可愛いロウを触りたくて仕方がないのだろう。


「それにしても、クロムの奴は銀狼だって言って門を通ったって?流石の判断だったな」


 ドミニクは感心した様子でクロムを称える。


「やっぱりそうですよね」


 マルコも納得の様子で同意した。


「何?どういうこと?」


 ディアナは良く分かっていない様子だが、エレーヌも二人の意見に頷いている。


「神狼の幼体なんて言ったら街が大混乱するだろうな。それに馬鹿な貴族や商人が欲しがって奪いに来るかもしれない。先に従魔登録を済ませちまえば、そいつはもう冒険者ギルドの一員だ。何かあっても冒険者ギルドで対処出来る」


「昔から貴重な魔物は戦力としてもペットとしても人気らしいからね。例えば…」


 本来冒険者ギルドは冒険者や従魔に何かがあったとしても基本的には自己責任として関与しない。

 一々細かな諍いにまで首を突っ込んでいては仕事が増えるばかりだし、日々増え続ける全ての冒険者を守れる程に冒険者ギルドの腕は長くない。

 だから冒険者同士のいざこざに冒険者ギルドは不干渉だ。

 あまりにも悪質と判断されたり、死人が出そうなら止めに入る事はあるのだが。


 しかし、高ランク冒険者や希少な従魔となれば話は別である。

 最低のGランクから始まって地道にランクを上げた冒険者は、ギルドの宝である。

 具体的に言えば、Bランク以上の冒険者はギルドからの強制依頼を請け負う代わりにギルドの庇護を受けられる。

 自由を好む冒険者の中には、この庇護を好ましく思わない者もいるが、王族や貴族など逆らうと面倒事になる相手に対しても、ギルドが間に入って抗議や調整を行ってくれる。

 これが万が一の時の保険として非常に有効なので、面倒事を嫌って冒険者ランクを上げたいと考える者も多い。


 高ランクの冒険者と同様に、珍しい従魔や強力な従魔も冒険者ギルドは保護の対象としている。

 それらの従魔はギルドの戦力としては勿論、前者は解明されていない魔物の生態を解き明かす事で、後世へと繋がる情報を齎してくれる貴重な存在だからだ。

 数自体が少ない魔物は出会う機会が少なく、どんな動きをしてどんな攻撃をしてくるのかが判明していないものも多い。

 未知との戦いは冒険者にとって不意の怪我に繋がり、最悪の場合は死亡する場合だってある。

 そんな状況を少しでも防ぐ為に、冒険者ギルドは珍しい従魔を欲しがる面倒な輩から守る場合が往々にしてある。


 冒険者ギルドは世界中の多くの街に存在していて、魔物討伐や素材採取の依頼を請け負っている。

 その影響力は絶大で、国や街から冒険者ギルドが撤退した場合、街周辺の治安は悪化して経済は上手く回らなくなり、やがて街を訪れる者がいなくなり、住民は飢えて街は廃れていく。

 過去には実際に冒険者ギルドを怒らせて撤退された街が破滅したなんて実績もある為、国や貴族と冒険者ギルドは持ちつ持たれつのバランスを保っているのだ。


 マルコからの説明を真剣に聞いて納得したディアナは、「つまりロウを奪おうって奴はぶっ飛ばせば良いのね!」と結論付けて腕をぐるぐると回した。

 マルコはいつもの様に「あはは」と笑っているが、ドミニクは頭を抱えて項垂れる。


「俺はお前らが心配で仕方がないよ…」


 こいつらの世話をしていたら近い将来自分の生え際が大きく後退するかもしれない。

 そんな不安に駆られるドミニクの後ろで、涎を垂らしながら手をわきわきさせるエレーヌなのであった。


 突如芽生えた母性とは、その者の人格を破壊する程に厄介なものである。

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