第14話 冒険者の心得

 時は僅かに遡る。

 血目銀狼の解体が終わり、村へと戻っていく小さな剣を見送ったクロムは、やるべき事を済ませる為にナイフを抜く。

 そして気を失って倒れている新人3人組の元へと足を運んだ。


「おい。おい、起きろ」


 恐らくリーダーと思われる男…ハンスに馬乗りになり、抜き身のナイフで頬を叩いてハンスを起こすクロム。

 ハンスは何度か呼び掛けた所で目を覚まし、頬を叩くナイフを見て小さく悲鳴を上げた。


「さて、俺も面倒な事はやりたくないから、さっさと済まそう。取り敢えず、そいつらを起こせ」


 頬を叩いていたナイフが、今度は首筋に当てられた。

 少しの感情の変化も見せずに指示を与えるクロムが、ハンスには不気味で恐ろしかった。


「二人とも起きろ!起きてくれ!」


 ハンスの呼び掛けに目を覚ました仲間の女二人。

 どちらもクロムがハンスに馬乗りになっているのを目にして、得物の短剣と杖に手を掛けた。


「待て!何もしないでくれ!殺される!」


 ハンスの慌てぶりに、視線を動かして状況を確認した二人。

 ハンスの首筋に当てられているナイフを見た二人の内、一人は杖を手放したが、もう一人は激昂してクロムに襲い掛かった。

 片手一本で一瞬で捻じ伏せられて転がされ、ハンスと同じく首筋にナイフを当てられる結果となったのだが。


「お前はまだ見込みがあるな。両膝立ちで座って両手を頭の後ろに置け。さて、どうして俺がお前らと話し合いをしに来たのか、わかるか?」


 クロムの問いに、ハンスは僅かに首を振った。

 結果として首の皮が切れて血が滲んだが、これはクロムの過失ではない。


「お前らはベルートホルンから小さな剣の後をつけて来た訳だ。バレていないと思ってたんだろうが、あいつらにも俺にも始めっからバレてる」


「そんな筈ないわ!わたくし達の尾行は完璧だもの!偶々油断して、偶々気を失ってるわたくし達を偶然見付けたんでしょう!」


 首筋にナイフを当てられている女の反論に、クロムは深い溜息を吐いた。


「こいつはまるで見込みが無いな。お前らに跡をつけられて気付かない冒険者など、ひよっこの駆け出し冒険者ぐらいだ。鬱陶しいと思っていても、あいつが何も言わなかったのは俺がお前らを見逃してやってたからだよ。そういうのは、俺の仕事でな」


 クロムの言った“あいつ”とはディアナの事である。

 ディアナはマルコの様に知識がある訳では無いが、野生の勘と言っても良い程に勘が鋭い。

 だから最初から跡をつける3人組には気付いていたし、移動中にするマルコとの会話のネタにもしていた。

 小さな剣のコーディネーターをしているクロムは、そういう手合いの対処も行っている。

 なので、クロムが放置している場合は放っておいて問題は無いとディアナは判断して、無視を決めていたのだった。


「正直言って、お前らがここまでついてくるのは想定外だったよ。途中で脱落すると思ってたからな。お前らでも知ってるよな?冒険者同士で探り合いをするのは御法度だ。お前らはあいつが、マルコが戦っている所を目にした。偶然見てしまったのではなく、跡をつけて自分達の意志で見た訳だ。お前らは、今日得た情報をどうするつもりだ?」


 冒険者ギルドで定められてはいないが、冒険者同士で互いの素性や戦い方…スキルや称号について…を詮索するのはマナー違反となる。

 冒険者は素性も戦闘面も、知られれば自らの命が脅かされる可能性があるからだ。

 誰かの恨みを買って、もしも素性が知られていれば家族を人質に取られるかもしれない。

 戦い方が知られていれば対策をされて殺されるかもしれない。

 故に冒険者の跡をつけて探りを入れる行為は、例えそれ自体が目的で無かったとしても好ましくないし、最悪相手に殺されても文句は言えない行為なのである。


 余談だが掃除屋に対して目溢しするのは、それが互いにとって利益があるからだ。

 掃除屋だって他人に冒険者の情報を漏らしたとなれば高ランク冒険者に追われる事になる。

 魔物と戦う危険無く金を稼ぐのを目的に掃除屋をやっている冒険者が魔物よりも危険な高ランク冒険者と事を構えようとは思わないし、長く生き残っている掃除屋は危険の無い冒険者を嗅ぎ分けるので、あまり問題は起こらない。


 話が逸れたが、そんな冒険者としての初歩の初歩を踏まえてのクロムの問い掛けに、3人を代表して見込みのない女が答えた。


「どうせ卑怯な手を使って倒したんでしょう?冒険者ギルドで言いふらしてギルドに不正だって認めさせてやるわよ!」


「おい、止め…」


「きゃぁぁ!」


 ハンスが女を咎めようとした瞬間にクロムは腕を上げて、そのままナイフを突き立てた。

 ナイフは顔を掠めて地面へと突き刺さったが、女は死んだと思ったのか白目を剥いて口から泡を吹いている。


「お前らの返答によっては一人ずつ殺していかなきゃならないんだが、お前はどうだ?」


 クロムは冷たい目でハンスを見下ろし、発言を促す。


「誰にも…言いません!絶対に!こいつが余計な事言いそうになったら、殴ってでも止めます!」


 ハンスの答えに小さく頷いて、視線で見込みのある女に発言を促す。


「私も言いません。私も一緒に止めます。魔法を撃ってでも喋らせません」


 女の答えに満足して、クロムはまた頷いた。


「くれぐれも良く言い聞かせておけ。俺はこれでも顔が広くてな。ベルートホルンだけじゃなく色んな所から情報が入ってくる。もしもあいつらに関する情報が漏れていたら、真っ先にお前らを探し出して殺す。お前らから情報を仕入れた奴も殺す。良い金を儲けさせてくれる俺の食い扶持を潰されちゃ敵わんからな。わかったな?」


 二人が大きく頷いたのを見て、クロムはハンスに当てていたナイフを下ろした。

 気を失っている女は別にして、二人とも汗だくになり恐怖で喉がカラカラになっている。

 弱い魔物を倒して冒険者として順調に成長していると思っていた新人にとって、初めて明確な死をイメージしたのだから当然だが。


「さて、ここからは先輩冒険者による教育的指導だ。お前らはあいつらの移動速度について来た体力と根性だけは、少しばかり見込みがある。しかし、俺や掃除屋の連中がいるからって不寝番を放棄して寝るのは論外だ。馬鹿過ぎて一度死んだ方が良い水準だ。それから、そもそもの話だが、小さな剣みたいに片方のランクが高くて片方のランクが低いパーティーは何かがあるんだと考えろ。ああいうアンタッチャブルな存在を嗅ぎ分けられなきゃ冒険者なんて簡単に死ぬぞ。それからなぁ…」


 この日、Fランクの新人冒険者パーティー紅蓮の凶槍は、クロムに泣くまで説教されて、肩を落としながらトマス村の外で一夜を明かしたという。

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