第13話 命名

 神狼の誤解は解け、マルコ達が…主にマルコが…神狼と話をしていると、台車を引いた掃除屋パーティーが戻って来た。

 掃除屋パーティーの面々は神狼を見て卒倒しそうになったが、どうにか持ち直して血目銀狼の解体を進めている。

 解体に集中する事で神狼を見ないようにする作戦だ。

 因みに新人冒険者3人組は、神狼の威圧にあてられて既に全員が失神している。


「アンアン!アーン!」


 神狼の幼体はディアナが地面に下ろしてあげると、楽しそうにマルコの周りを回り始めた。

 親である神狼を差し置いてのこの行動は神狼の機嫌を損ねるのではないかと案じたマルコだったが、意外にも神狼の目は優しい。

 その母性ある慈愛に満ちた目は、マルコが前世の両親や今世の母から向けられていたものと同じ目だった。

 それを見て胸を撫で下ろしたマルコが幼体を撫でてあげると、コロンと転がって腹を見せた。

 そんな幼体を見て神狼はマルコにとんでもない提案をした。


「随分と懐いている様だな。決めたぞ。この子は貴様に預けよう」


「へ?」


 神狼の発言の意図が理解出来ずに頭の中が疑問符でいっぱいになるマルコ。

 神狼は、我が子が成体になるまで母親の元で育てる魔物である。

 その神狼が子を預けるとは、一体どういった風の吹き回しだろうか。


「その子はとても手が掛かる子でな…そこが愛らしくもあるのだが…オホン。我の元で育てるよりも懐いている貴様に育てられた方が、その子の為になると我は考えた。勿論、時々様子は見に来るから、死んでいたら人族を滅ぼすかもしれんがな」


「いやいやいや。僕にはこの子を育てるなんて出来ませんよ。それに人類の命運を背負わされるのも…」


 それはそうだろう。失敗すれば世界中の人族が滅ぶかもしれない使命を突然に与えられても、マルコは戸惑うしかない。

 解体をしながら聞き耳を立てていた掃除屋達は卒倒しそうになっているし。

 クロムは頭を抱える程度に抑えているが。


「クハハ!冗談よ。魔物の世界は弱肉強食。我が育てていても子が死ぬ事はある。神狼だって無敵ではないからな。どんなに強大な魔物もいつかは死ぬ。貴様ら人もいつか死ぬ。大切なのは、その時が来るまで自分の選んだ道を歩み続ける事。そうであろう?」


 神狼の言葉に納得して深く頷いたマルコ。

 確かに前世のマルコは己の病弱さからそれを実現出来なかったが、今世では自分の選んだ道を歩んでいる。

 きっかけはディアナが与えてくれたが、それでも自分で選んだ道を歩くのが自分の成長に繋がると実感している。

 それと神狼の子を預かるのは、全く別の話ではあるのだが。


 どうしようか。どう断ろうかとマルコが思考を巡らせていると、子神狼の脇腹を両手で掴んでそっと持ち上げたディアナが言った。


「良いんじゃない?可愛いし」


 マルコにとって、ディアナは家族の様な存在である。

 姉の様でもあり、妹の様でもあり、マルコの足りない部分はディアナが補い、ディアナの足りない部分はマルコが補う。

 マルコ自身は自分の方が足りない部分が多過ぎて迷惑を掛けっぱなしだと思っているが、ディアナはそんな事を全く気にしていない。

 寧ろ自分に出来ない事が出来るマルコを尊敬しているし、それはマルコも同様である。


 話が逸れたが、要するにマルコはディアナに弱い。

 ディアナに目をキラキラさせて“飼いたい飼いたい”オーラを出されてしまえば、マルコはその意志を尊重してあげたくなる。

 それが誰かに迷惑を掛けたり、倫理的に悪い事であるならば止めるが、神狼の幼体を預かる事は誰に迷惑を掛ける訳でもない。

 色々な人を驚かせてしまうかもしれないが。


 マルコは小さく溜息を吐いて、神狼に返事をする。


「わかりました。お預かりします」


「そうか。頼んだぞ」


「やった!よろしくね!…この子、名前は何て言うの?何て呼んだら良い?」


 ディアナの疑問に神狼が答える。


「我らは子に名を付けぬ。我も名を持ってはいないし、殆んどの魔物は同様であろう。人と関りの深い魔物であれば別であろうがな。呼び辛いのであれば名を付けても構わんぞ」


「だってさ。マルコ、何て名前にするの?」


「え?僕が決めるの?」


 マルコは驚いている様子だが、ディアナはそれが当然だと思っているし、神狼も深く頷いている。

 ペットを飼った経験も無ければ、当然子供に名前を付けた経験も無いマルコにとっては難題である。


(神狼だからフェンとかリル?それじゃあ安直過ぎるかな。前世の日本語で神…シン、ジン、カミ、コウ…狼だとロウ…)


「ロウなんてどうかな?」


「ロウね!良いじゃん!」


「ロウか…悪くは無い」


 ディアナも神狼も納得した様子なので、神狼の幼体の名前はロウに決まった。


「これからよろしくね。ロウ」


「アン!」


 ロウも名前を呼ばれて嬉しいのか、満面の笑みを浮かべてブンブン尻尾を振っている。

 どう見たって可愛い小型犬にしか見えないが、これでも神狼の幼体である。


 その後、小さな剣は血目銀狼の解体が終わるまで神狼を交えてロウとじゃれ合い、素材で山積みになった台車を引く掃除屋達と共に村へ戻った。

 神狼は「また近い内に様子を見に来る」と言って森の奥へと消えていき、クロムはまだやるべき事があると言って、その場に留まった。


 家畜を襲われていたトマス村の村人達は血目銀狼が討伐された事に歓喜し、小さな剣は大変に感謝をされた。

 礼を言われるのはディアナばかりで、誰一人としてマルコに感謝を示さないのでディアナがキレそうだったが、マルコに宥められてどうにか手は出さずに済んでいる。

 血目銀狼と見た目が似ているという理由でロウが警戒されたが、ロウはどう見たってただの子犬にしか見えないので直ぐに警戒は解かれた。


 村人達は脅威が去った事を祝って、宴の準備を始める。

 リオナ村でもそうだったが、この世界の村では目出度い事があると村人が集まって宴を開くのだ。

 今回は多くの被害があったので、これからまた頑張っていこうという決起の意味もあるだろう。


 秘蔵の乳酒を持ち寄って開かれた宴会は、村の近くにテントを張っていた掃除屋達も巻き込んで行われた。

 主役の小さな剣と、いつの間にか村に戻って来たクロムは明日帰る事を考えて早々に離脱したが、馬鹿騒がしい宴会は翌日の明け方まで続いた。

 村人達の幸せそうな笑顔を作ったのは間違いなく小さな剣の、マルコという小柄で弱弱しい冒険者の功績である。


 そんな輪に入る事が出来ず、遠目から悲し気に見守る3人組がいるのに村人は誰も気付かない

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