第11話 神狼の幼体?
「お疲れさん」
「クロムさん、お疲れ様です」
「クロムお疲れ」
小さな剣がほんわかとした会話をしているのを遠目から見ていたクロムは、五分程待ってから二人に話し掛けた。
魔物は動物と比べて死後の劣化は緩やかだ。
しかし、そうだとしたって解体するのは早い方が良い。
「解体を始めて良いか?」
「はい、お願いします」
マルコの許可が下りたので、早速解体に取り掛かる。
「これから解体を始める。取り敢えずは俺が一人で進めておくから、掃除屋は一度戻って台車を取って来てくれ。血目銀狼の影響で魔物の気配が無い今なら、お前らだけで戻っても問題無いだろう。小さな剣は欲しい素材を言ってくれ。そこから先に外していく」
クロムの指示で掃除屋パーティーは台車を取りに行った。
「それじゃあ、毛皮と眼球を。で、良いかな?」
「あたしは良く分からないからマルコに任せるわよ」
「わかった。毛皮と眼球だな」
クロムは頷いてマルコの希望する部位の解体を始めた。
血目銀狼の素材で最も価値が高いのが毛皮。次が眼球である。
血目銀狼の毛皮は普通の銀狼と違って純銀に近い綺麗な銀色をしている。
毛を加工して服やアクセサリーの素材としても良し。フワフワとした毛並みの良いので、そのまま床に敷いて絨毯としても人気がある。
絨毯としては、かなり派手ではあるのだが。
眼球はそのまま素材となるのではなく、中の水晶体が素材となる。
血目銀狼の血の様に赤い瞳は、水晶体が赤く発光する事で瞳の色を赤く見せている。
この水晶体が宝石の様に硬く、美しく、微量な魔力も含んでいて魔法道具の素材として価値が高い。
「相変わらず正確に価値のある素材を…」
クロムはマルコとディアナに聞こえない様に呟いた。
マルコは若いのに魔物に関しての見識が異様に深い。
普通若い冒険者というのは、魔物の知識なんか後回しにして戦う事ばかりに目を向けるものだ。
それなのにマルコは、今回の様に話を聞いただけでどの魔物がいるかを予測し、森の様子から
魔物のいる位置を予想し、価値のある素材を正確に言い当てる。
これは冒険者として大きな価値を持っている。
時折発揮される異様な戦闘力を別にしても、マルコは十二分に有能な冒険者だ。
それと同時に、欲の無い奴らだともクロムは思う。
血目銀狼は毛皮と眼球以外にも価値のある素材は多い。
武器や装飾品として加工出来る牙と骨。味が良いと貴族の間で人気のある肉。肝は薬の素材として使われるし、その他の内臓も錬金術師が涎を垂らす素材だ。
一つ一つの価値は毛皮と眼球ほどではないにしても、全て売り払えば同等の値がついたっておかしくはない。
小さな剣のコーディネーターの仕事は、真面目に冒険者の仕事をするよりも圧倒的に金になる。
その理由はマルコ達が高価な素材に対して、あまり執着を見せないからだ。
クロムが肉から毛皮を剥がしていると、何かがコロンと地面に転がった。
「おい、これって…」
普段は表情を変えないクロムが明らかに動揺していると見て、マルコもそれに視線をやった。
それは血目銀狼のよりも更に美しい白銀色の毛並みを持つ生物だった。
普通に考えるならば、それは血目銀狼の子供と考えるのが妥当だろう。
血目銀狼は自らの子供に餌を与える為にトマス村の家畜を襲っていたとするならば話も繋がる。
しかし、マルコにはどこからどう見てもそれが血目銀狼の子供とは思えなかった。
ヘントから学んだ知識から心当たりを探るならばこれは。
「
「恐らくは…な」
「何々?神狼って、あの神狼?」
魔物の知識に聡いとは言えないディアナでさえも知っている神狼という魔物。
神狼はヘントの話す英雄譚にも度々登場する魔物で、時には英雄の仲間として、時には英雄に立ちはだかる強大な敵として物語を盛り上げる存在である。
成体の神狼は討伐推奨ランクがS。
これ以上は上が無い最高ランクの存在であり、神狼を怒らせれば街一つが壊滅すると言われるアンタッチャブルな魔物である。
この地面に転がった幼体にSランクの脅威は無いだろうが、非常に厄介な存在である事は間違いない。
どうするべきかと思考を巡らせるマルコとクロムをよそに、くーくーと鼻提灯を膨らませて眠っている神狼の幼体。
その様子を興味深そうに見守るディアナ。
数分後、鼻提灯がパチンと割れると、神狼の幼体は数度首を振ってから体を起こした。
後方に飛んでナイフを握り、警戒を示したクロム。
ディアナはどうしようかとマルコに目を向け、マルコは僅かに首を振った。
そして神狼の幼体はマルコの姿を視界に収めると、じーっと見つめ。
「アンアンアーン!」
楽しそうにマルコの周りをぐるぐる回り始めた。
その光景は、まるで飼い犬が遊んで遊んでと飼い主の周りを回っている様である。
「ええっと…これって、どうしましょう?」
マルコは拍子抜けして警戒を解いたクロムに尋ねてみたが、クロムは渋い表情を浮かべて大きく首を傾げる。
「強い魔物は強者に従うって言うからな。マルコの何かを感じ取ったんじゃないか?」
「ええ!?僕なんて全然強くなんてないのに…」
マルコは強く戸惑っていたが、神狼の幼体がいつまで経っても回り続けているので、試しに撫でてみるとゴロンと腹を見せて寝転がった。
子犬だ。もう完全にペットの子犬だ。
「ふわふわだー」
「マルコの次に可愛いわね」
「アン!」
ほのぼのとした雰囲気でお腹を撫でるマルコとディアナ。
気持ち良さそうに身を捩る神狼の幼体。
近くに血目銀狼の死体が転がっている殺伐とした絵面の傍で展開される和み空間に、クロムは呆れた様子で首を振った。
(神狼は人の言葉を操れる程に頭の良い魔物と言われてるけれど、ヘントさんから聞いた話だと赤子が独り立ちするまでは母親が面倒を見るんじゃなかったかな。だとすると、大変な事になりそうだけれど…)
マルコが考えた通りに大変な事が起こったのは、それからすぐ後の事だった。
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